第109話

 入室と同時にシュミレーションルームが起動する。何度見ても本物としか思えない景色、風の感触。烏川の髪もサラサラと風に靡いている。


 その姿に見惚れている時だ。


『今回の敵は少し強いのを用意した』


 傘草先生の声が鳴り響く。クラスメイト全員への一斉通信だ。


『いかに隣の仲間と連携を取るかで勝敗が決まる。気を引き締めろよ』


「(連携、か)」


 よし、と意気込むが言ったそばから烏川は僕に背を向け歩き出す。


「え?ちょ、烏川?」

「今回は貴方が倒しなさい。どうせ大した獲物は出てこないわ」


 烏川からしてはそうでも、僕にとっては強敵だったりする。それを分からない烏川では無いと思うのだが。


「最低限の援護はするわ。無理そうだったら私が片づけるけれど、それで成長を実感できる?」

「それは、そうだが」


 とにかく完全放置では無いらしい。それにいざと言う時は助けてくれるとの事だ。それなら安心して戦える。


「分かった。なら、行ってくる」

「ええ。ちなみに連携の練習をしたいなら私以外を選びなさいね」

「……?どうしてだ?」

「あまり実力差があると足並みが崩れるから。それじゃ、適当な高台を見つけたら私も連絡するから」

「ああ」


 そう言って烏川はどこかへ跳び去る。


「よしっ」


 まだまだ僕は保護対象ってことか。ならもっと頑張らないとな。気合入れていこう。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜






「ここら辺かしらね」


 広く見渡せる高台を見つけ、そこに荷物を下ろす。それにしても


「随分とお暇なのね、貴方」


 横目を向けるとそこには跡をつけてきたであろう大江山が。


「今度こそ殺してやる」

「バーチャル空間でかしら?笑えるわね」

「減らず口を!!!」


 斬撃を蹴りでいなす。相変わらず動きがいい。しかし、私の敵ではない。


 すかさず飛び退きながら狙撃する。狙いはもちろん心臓。


 それ対し大江山は被弾覚悟で突貫する。亜人ならではの身体能力を活かした戦法、初見なら焦って判断を誤るかもしれない。


「でも」


 アンカーを射出し天井に逃れ、大江山の斬撃は虚しく空を切る。


「スナイパーに接近戦で有利を取れないなんて恥よ、剣士さん」

「クソっ、どうなっている……?」


 どこの回し者か知らないけれど、随分と雑魚ばかり相手にしてきたみたいね。


「今の貴方は流氷の上のアザラシ」

「なんだと……?」

オルカの餌ってことよ」


 ある程度髪への貯蓄に回せるほどエレミュートが回復したため、私はある罠を仕掛けていた。


 私の毒はこの床全体を濡らす様に広がっている。


 フォリンクリに比べて体内のエレミュート量が少ない亜人は急激に侵食される事はない。


 触れてもちょっとした体調不良になって動きが鈍くなる程度だ。しかし


「うっ、うぼぇっ」


 触れ続ければ話が変わる。腐っても純性エレミュート。徐々にその身体を蝕む。

 

「もう限界みたいね。ま、現実世界に戻ればソレも治るから。心配しないで大丈夫よ」

「バカに、しやがって……」


 グシャッ


「ああああああああああああああああああっ!?」


 叫び声が響き渡る。


「何か、言ったかしら?」

「あ、悪魔が……」

「素敵ね、その表情。もっと見せて」


 そう言って足を振り上げる。その時


『そこまでです、オルカさん』


 傘草から通信が入る。まあまあなタイミング。少し遅かったけれど良しとしましょう。


『大江山、最近のお前の行動は流石に目に余る。今回も前回も前々回もだ。実技の課題をそっちのけで他の生徒たちの妨害行為を確認した。身に覚えがないとは言わせんぞ』

「っ……」


「ならコイツは『烏川は俺から頼んだ。お前の監視をする様にな。そして必要とあらば無力化しろとも』……クソッ」


『なんの理由があっての行動か知らんが、今日はお前を強制的に退室させてもらう』

「………はい」


 そうして大江山の仮想体が消失する。


「さて」


 そろそろ桐堂の手伝いでもしようかしら。




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