第59話


 皆んなの僕を見る目が変わった。


 大多数の人間の耳には、成績優秀だともて囃されていた僕がもう一人の成績優秀者、大江山を恐れて危害を加えた。という話で伝わってしまっている。

 

 ………らしい。


 先生は「お前が悪く無いのはわかってる。だが……すまん」と苦い顔をするだけで事態は一向に好転しない。


「クソッ、クソッ……」


 噂が広まるのは早いもので、廊下を歩くたびにコソコソと内緒話が聞こえる。


「(なんで、僕がこんな目に)」


 意味がわからない。僕が何をした。僕があいつに何をした。



「桐堂様……」

「僕に近づくな。話しかけるな」

「っ………」


 突然攻撃され、止む無く交戦した結果このあり様。


 あの時、どうすればよかったんだ。されるがままただ惨めにやられるだけが良かったと言うのか。


 むしゃくしゃして廊下を駆け抜け、外に飛び出す。


「桐堂?」

「………」


 声の主を睨みつける。

 長い黒髪の少女。ここ暫く姿を見せなかった自称僕のボディーガード。


「チッ」


 沸々と黒い感情が芽生える。もう、抑えが効かない。


 何が護衛だ、何が対策部だ。肝心なときに居ないなら意味ないだろ。そんな八つ当たりとしか言えない言葉が次々と浮かび上がる。


「何があったの」

「お前には関係無い」

「どういう意味?」


 フンッと鼻を鳴らし、足元の石ころを烏川に向かって蹴り飛ばす。


「そのままの意味だ」

「っ」


 何かに気づいたように烏川は僕から視線を外す。その先には白いタキシードに白いハットの、一昔前の紳士のような格好の男性が。


「早速追っ手みたいね。桐堂、話はあとできっちり聞かせてもらうわ。今はそこで待ってなさい」

「断る」


 その瞬間、首元に刃を向けられる。


「今、何か言った?」

「っ………」


 また更に苛立ちが募る。ああ、なんで僕にはこんな力がないのか。


「(これだけの力があれば僕は、僕は……)」


「っ!?」


 烏川の目が見開かれる。


 いつの間にか烏川の刀を通り過ぎていた様だ。何が起こったのか理解できなかったが、まあ良い。


「おや、ターゲット自ら向かってきますか。……計画通りですよ、我が主よ」

「桐堂っ!」


 烏川の静止を振り切り、そのまま奴に飛びかかる。


「ぐおっ!?」

「ふぅーっ、ふぅーっ」


 右手にロッカを呼び寄せ、振り上げる。


「死ね」


 ドスッ


「ぐぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 男はのたうちながらタコのように変身し、手や足にしがみつくが、僕は攻撃の手を緩めない。


「死ね、死ね、死ね」

「桐堂っ、ソイツから離れなさい!」

「ブチュエッ、アビュッ」


 その時、完全にタコのように変身した男が僕の顔面に張り付く。奴の最後の抵抗か後頭部にズブズブと何かが突き刺される様な感覚。しかし、最早痛みは無い。全く気にならない。


「………死ね」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「クソッ……!」


 桐堂に張り付いている以上、小夜時雨を使えば触れている桐堂諸共殺してしまう可能性がある。そうじゃなくても切り札が消えてしまう可能性が高い。


 しかし苦無は今手元に無い。今使えるのはこの靴裏のブレードのみ。


「ソイツを」


 爪先から飛び出すように展開する。


「離しなさい……!」


 蹴り上げる様に爪先のブレードを突き刺す。そして更にその刃を高周波で振動させ、抉る。


 直後、奴は桐堂から離れる。


「ふっ!」


 そのまま振り上げた足を奴を突き刺したまま地面に叩きつける。


 バキンッー


 コアが砕け散る。桐堂は……


「チッ」


 舌打ちをして顔面に張り付いたままの残骸を投げ捨て、歩き出す。


「待ちなさい桐堂」


 そそくさとここを去ろうとする桐堂の肩を掴み、こちらを向かせる。


「どういう事か説明して。……っ」

「断ると言っている。ああそうだ、これからは護衛も結構だ」


 ハッとする。目が、桐堂の金の目が黒く濁っている。


「さようなら」


 それだけ言うと桐堂は私の手を振り払い、再び歩みを始める。その姿は私の小夜時雨からすり抜けた時と同じく、煙の様に消える。


 背筋が凍る様な悪寒。私はこの悪寒を知っている。


「(間違い無い。あれは……)」


 救済の力にして、破滅の力。

 

「【聖杯】……」




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