狼とロマネスク





狼でも啼きだしそうな夜だった。






キャミソールの隙間を撫でるエアコンの風が

やけに強くて眠たくなる。







どうでもいいものは未来永劫どうでもよくて、安っぽい香水の匂いで擦り寄る能無しには与えるものなどひとつも無かった。





「嘘と真実、どっちにする?」

「キョーミない」

「それが俺のすべてだったとしても?」

「次は何くれんの」

「は、」

「金になるものしか要らない」

「サイテーだな」







浮気現場を目撃しようが、盗撮に気がつこうが、その秘密は事実であるから不利益だった。洞察力があれば盗撮に気付く。では事実をねじ曲げた嘘ではどうだろうか、そうなると場合によれば金になる。だがそれでは秘密にならない。




「秘密に価値があるなら」

「ン、」

「あたしと身代わりにしてもいーよ」




山手線が走るとき私は右肩を縁に預けて、外を眺めていた。ガラス窓に映る自身を跳ね返すようにして、向こう側に雑多なファッションビルが立ち並んだ。


電光掲示板で流れる動画とYouTubeのオススメに流れてくる動画は同じだった。



もう少し進むと一瞬でファッションビルがホテル街に変わった。同じ形してるのになんでこんな身代わり請け負ったみたいに姿が違うんだろう。


こんな部屋の一角で、明るさも暗さも求めてなくて、あの野良猫は多分血統書がちゃんとある。猫は啼くから泣かないのかもしれない。




「お前は明日もお前だろ」




そう言って、去っていった。

世界でいちばん寂しそうにみえた。


一切乱れないサラサラの髪の毛は襟足だけ跳ねていた。



それしか思い出せないけど、時計の針だけカチカチうるさかった。せめて狼の唸り声くらい聞きたい。人質に取られるのもごめんだし、どうせ私も貴方も明日以降変わらず自分だった。



生憎明日は月が欠ける。







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