第5話 陽炎
「いらっしゃい」
「陽炎」と大きく書かれた看板を抜けると、奥の部屋から入り口に向かって大声で出迎えた柊子の目に、身なりの良い美しい女性が飛び込んできた。
柊子は一瞬たじろいだが、そのまま笑顔に戻り女性を招き入れた。
「おしぼりをどうぞ。何になさいます?瑞穂さん」
「ええ、何を頼んでいいのかわからないけど・・赤のワインをグラスでお願いします」
カウンターの向こうで赤ワインを用意して持ってきた柊子に瑞穂は言った。
「もっと驚くかと思ったわ」
「こんな仕事してたら、いずれ誰かに会っちゃうだろうと思ってたから。私も飲んで良い?」
柊子は慣れた手つきで自分の分のグラスも用意して持ってきた。もうかなり酔っているようだった。
「山下君、亡くなったんですってね。」
瑞穂はそう切り出したが、柊子はその返事もせずに言った。
「再会を祝して乾杯しましょうよ!みなさーん、この美しい女性は私の高校時代の同級生なんです。皆さんも乾杯してください」
陽炎にたむろしていた数人の男たちが、こぞって陽気に声を上げた。
「乾杯!」
「柊子、まじめに聞いてね。今日私が来たのは、ちゃんと精密検査を受けたほうがいいと言うことを言いに来たの。先日運ばれた病院は実は夫の病院なの。すぐに退院しちゃったけど医師や看護婦さんたちがちゃんと検査を受けないといずれ大変な事になる可能性があると。都合もあるでしょうけどこのままでは良くないわ。」
「ありがとう。心配してくれたんだ。でも大丈夫、大袈裟よ。私は不死身。あの事故でも私だけが助かったんだから。気にしないで」
立ち上がりかけて柊子はよろけてもう一度座った。
聞き耳を立てて聞いていた脇の席の男が言った。
「この間だって急に倒れて心配したよ。大丈夫って言って戻ってきたけど、やっぱり大丈夫じゃなかったんだろう。検査したほうが良いよ。」
別の男が言った。
「検査費用のことを心配してるんだったら、俺たちがカンパするよ。なあ、みんな。安心して行って来な」
「有難う」
と柊子は涙を拭くしぐさを見せると
「でもいいのよ。大丈夫よ!」
と大きく笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます