第3話 一人の部屋

「304号室の患者さんなら退院されましたよ」

再び病院を訪ねた瑞穂に婦長は言った。

「もう少し入院したほうが良いと言ったんですが、どうしても入院費が払えないって。ご家族も身内もいらっしゃらないそうでこれ以上休むと仕事がなくなるので退院させてくださいとのことでした」


山下との一件があってから瑞穂は柊子の噂を避けていたので、お互いの最近の近況も知らなかった。クラス会なども一度も行ったことがない。

(山下君や子供はどうなったのだろう。身内がいないってことは別れたのかしら)


瑞穂はどうしても気持ちを抑えきれず、病院で書いてある住所を調べて近くまで行ってみた。とても粗末なアパートの2階で家族がいるとは思えなかった。


やがて柊子がコンビニのビニール袋をもって帰宅し部屋に入って行くのが見えた。

瑞穂は物陰に隠れてそれを見守っていたが、訪ねる勇気はなかった。


「ただいま」

柊子はつぶやくと2間しか無い部屋の電気をつけ、奥の部屋の床に膝を付いてすわると、線香に火をつけ写真の前に手を合わせた。

「おかげ様で退院できたの」

写真の中で、男と子供がほほ笑んでいた。

「また、頑張るから。応援しててね。」


つぶやくと暫くぼうっと写真をみながら座っていたが、やがて大粒の涙が目からあふれ、柊子は肩を震わせて泣き崩れた。

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