第7話 失楽園の戦士たち

 治水を司る町、プランチャ。南北に流れる川を中心に発展した、水の都ともいうべき町で、中心には巨大なダムが建設されていた。現実世界におけるヴェネツィアをイメージして貰えれば、この町の景観を想起するのも容易いだろう。小舟の往来を眺めながら、俺たちは喫茶店で一休みしていた。

「町に着いたところで、今後の……いいや、目下の話をしよう」

 給仕された黒い飲み物(コーヒーのような見た目だが、味は甘酸っぱかった)に口をつけ、美しい街並みにも無感動のパーティーを見ながら言った。

「ご存知のように金がない」

 俺の宣言に、誰も何も答えない。

「宿屋にも、泊まれない」

 その言葉を聞いてナーリアの眉がひくついたのが解ったが、もはやこいつの機嫌にいちいち伺いを立てるのも億劫なので、気にすべきではない。

「俺はこの町への移動がてら、襲い来る魔物を迎撃しつつ、倒したお金が貯まるものと思っていたが、現れた魔物は鎧竜のみ。しかも全滅・逃走という体たらくだから、RPGの法則に従って当然のように所持金も半分ときている。まぁ、もとより少ない所持金が半分になったところで痛くも痒くもないのだが、なかなかの窮状である一事は、浅学非才な諸君らにおいても理解頂けたと思う」

「何よそれ、嫌味のつもり?」

「そうだよ、嫌味だよ!」

 今後のことなど考えたくもないが、現状が酷いのでそうもいくまい。そしてこの時初めて知ったのだが、この異世界では敵を倒してもゴールドを落とさないらしい。

「は?なんで魔物がゴールドなんて持っているの?あいつらが店に来て薬草下さい、なんて言うとでも思っているわけ?現実世界からいらっしゃる勇者さまは想像力が豊かなんですねぇ、そのまま笑わせ師にでも転職したら?そっちの方が向いているんじゃないかしら」

 心頭滅却。ナーリアの小言に逐一反応してやる必要はない、人間の格からいっても俺が上回っているのだ。わざわざ犬猫獣の土俵に降りてまで相撲を取る必要はない。俺は人間なのだから。

 この世界で金を得るには、冒険者であれば物々交換や依頼を受けるのだという。どの町にも掲示板のようなものがあり、そこに依頼者が張り紙を出すのだ。例えばドラゴンの肉10㎏、1000ゴールドか精錬された鉄と交換、みたいな感じである。他にも近くを荒らす山賊や魔物の討伐など特殊なものもある。

「それじゃ、一仕事してくるべや」

 山男はさっそく一枚の張り紙をはがすと、町の方へ歩いていった。貴重な鉱物を探している依頼者がいるから、町の近くにある炭鉱へ行って採掘してくるという。明日の夕方には帰ってこられるから、またこの喫茶店で落ち合おうという話になった。実に頼もしい限りである。問題は、俺を含む残された三人だ。勇者の俺。戦士ナーリア。自称武闘家のもょもと。自活力など欠片も感じさせないメンバーである。

「最初に聞いておきたいんだが」

 少し間を置いて、居並ぶ無能を見据えながら俺は言った。

「キミたち、何が出来るの」

「「……」」

 沈黙である。まあそうであろう。期待して聞いた訳ではない。積年の恨みを少しばかりでも晴らせれば、溜飲も下がるというものだ。

「俺は実家が金持ちだから云々!」

 はいはい、もょもとくん。実家が金持ちならパーティーの窮状を訴えて出来る限りの融資をして貰えるよう頼んで来てね。もう一言付け加えておくなら、今は貴様の戯言に愛想笑い浮かべてやれる程の余裕はない。

 一方のナーリアは、コーヒーもどきの飲み物を飲みながら一言だけ呟いた。

「……裁縫」

 えぇ!?そりゃ出来るかもしれないけども!意外だ。この筋肉達磨にそんな芸当が出来るとは。しかも、衣服はもちろん甲冑や武器の打ち直しなども出来るという。ナーリアよ、君は戦士よりも鍛冶屋にでもなった方が良かったのではないか。

「洋服の繕いは出来ても、装備品の調整なんかはおいそれと出来ないからね。丁度武具の新調依頼が出ているし、私はこいつで稼いでくるよ」

 飲み物を全て飲み干すと、自分の飲み物代だけを置いてナーリアも町へと消えてしまった。

「こいつはいよいよ困ったぞ」

 残された俺、そしてもょもと。この二人に果たして何が出来るのだろうか。いや、この際、ホントにもょもとの実家が金持ちであると信じて催促に行くか?勇者の俺が?見るからに放蕩息子のコイツを連れて?考えるだけでも身の毛のよだつ話である。両親にしてみても良い迷惑であろう、だってコイツ、見るからに勘当されてそうだし。

「見ろよ勇者、なかなか面白い依頼が出てるぜ」

 思案に暮れる俺を他所に、もょもとは求人ボードに目を向けていた。何気にこいつが俺を呼ぶのは珍しい、と言うよりも人間として最低限のコンタクトを取れたのは今回が初な気さえする。

 だが今はそんな些末な事に気を取られている場合ではない。面白い依頼とは?もょもとが選んだぐらいだ、どうせ面白くはないが、見るしかない。

 それは討伐依頼だった。北の山道を通り抜ける際に盗賊が現れ金品を強奪していくので、この賊を討って欲しいという依頼だった。報酬も破格の諭吉ゴールド。これはおいしい。今までは人外相手の無茶苦茶な勝負ばかりだったが、同じ人間なら勝機もある。後ろから殴って勝てない道理はないだろう。

 幸いこちらにはもょもとという人間柱もいる。いよいよとなればコイツを犠牲に俺が逃げれば良いだけの話だ。仮に思った以上の多人数でも、火責めするなりやり方はいくらでもある。これまでのストーリーと比較してもリスクは最小限。これは受けるしかない。

 依頼者はプランチャの町長だった。無装備の俺たちを警戒し、明らかに訝しんでいたがエルサドール国王から賜った銅の剣(勇者の証明証)を見せると一転、好意的な態度で俺たちを迎えてくれた。

 ここ最近で食ったものと言えば野趣溢れる野草に魚、タンパク質豊富な虫(この異世界では虫は常食である)ばかりなので、町長が用意してくれた豪勢な肉料理は、久方ぶりに食べる喜びを俺に与えてくれた。

 だが、後々に食べた肉料理が巨大な芋虫のステーキだったのを知ると、その喜びも吐き気となって俺を襲った。もょもとは元々異世界人だから芋虫のステーキも食いなれているだろうが、勇者初心者の俺にはまだまだ早い。

 あぁ憂鬱だ。躁鬱勇者と銘打っている割には、一向躁状態にならなくないか。もはや常時鬱、というよりも、もはやただの苦労人である。

 何が悲しくて異世界に転生してまで現実世界以上の苦労を背負いこまなければならぬのか。俺にばかり間断なく訪れる不条理の波。御しきれぬ、抗いきれぬ、さりとて身を委ね流され続ける訳にもいかぬ。

 考えるより先に身体が動いていなければならぬ以前の問題として、もはや理不尽にたいして熟考したところで余計なストレスを毛根に与えるだけだから、俺ともょもとはさしたる敵情視察も無しに盗賊討伐へと赴いた。

 プランチャの町を出て北の山道を見とめると、成程、伏兵には丁度良い立地である。まだ遠巻きで解らないが、既に哨戒の監視の目は俺たちを捉えていると考えるのが妥当であろう。

 さて、特に策なく出張ってきたが、流石にこのままおめおめ敵陣に突っ込むほど愚かではない。此方のアドバンテージは、俺たちが盗賊の潜伏している情報をつかんでいないと思われている点であろう。

 ならば無知を装い盗賊をおびき寄せ、何かしらの手痛いしっぺ返しを食らわせてやる事は可能な筈である。とはいえ、こちらの戦力と呼べるかも怪しい戦力は俺ともょもとの二人のみ。タイマンでも高確率で負けるのに、その上数の暴力で攻め込まれては一たまりもない。さて、どうしたものか。

「盗賊との索敵までそう時間もあるまい。もょもと、何か良い案があるか?」

 俺の問いかけに対して、もょもとは我が意を得たりという顔でこちらを見た。どうでもいいけど、こいつのドヤ顔かなりムカつくな。

「実は一つ、考えている手がある」

「そうか、俺も一つだけある」

「それじゃあ、お互いの手の平に書いて見せ合うとしよう」

「それ、面白いな」

 二人はそれぞれの手に何かを記すと、一斉に見せ合った。

 火

「奇遇だな、もょもとも同じ考えだったか」

「どうして中々、勇者も知謀に長ける奴よのう」

「「ワッハッハ!!」」

 こうして小学生でも思い付きそうな作戦は決まった。そもそも、物理の戦力が著しく乏しい俺たちが、火を使わず何を使えるというのか。

 お誂え向きに、山道を抜ける風も北西に強く吹き付けている。この風なら瞬く間に盗賊の根城と思われる山道北部も見事焼け野原に出来るだろう。哀れ盗賊の殆どは焼死体になる運命であろうが、悪事を重ねた報いであって、何ら俺が心を痛める理由にもなるまい。恨むなら、依頼を出した町長を恨むがよい。

 作戦も滞りなく決まり、さも自分達が大軍師にでもなったかのような錯覚を覚えつつ、後は決行の時世を待つばかりという高揚感を隠せずいると、件(くだん)の盗賊たちが焼かれるとも知らずのこのこ俺たちの前に現れた。その数は視認出来るだけでも10人。その中の頭領っぽい奴が、昔の武将に感化されたのかというぐらい立派な前口上で名乗りを上げると、その結びにお決まりな一言を添えて、俺たちを恐喝した。

「命が惜しければ金目のものは全て置いていけ」

 もうね、恥ずかしくないんかと。よくぞ、そこまでお手本のようなセリフを威風堂々宣ったものである。頭領は自分の言葉に対して期待するような反応が得られないのを見て取ると、周囲の手下に合図を送り実力行使へ出る腹だった。だが、そうは問屋が卸さないというものだ。

「出番だぜ、もょもと!」

「おう!」

 盗賊たちが近づくよりも早く火打石で種火を作ると、脂をたっぷり浸み込ませた松明が瞬く間に燃え広がった。そして眼前の鬱蒼たる林目掛け放り込むと、乾燥した空気も手伝って炎はその火力を増大し続け、一面を燃やし尽くした。作戦は概ね成功したと言える。

 ただ一つの誤算は、風向きが変わった事だ。

「や、やばいぞ勇者!風が南に変わりやがった!奴等を燃やすどころか、俺たちが焼き殺されかねんぞ!」

「そんな事は言われんでも解っておるわ!」

 もはや火勢は留まる事を知らず、俺たちの退路を完全に潰したばかりか、その強風が火炎伴う竜巻となってプランチャの町へと行進しているのである。

「……まぁこれは自然の風が生んだ結果であって、俺の責任ではない」

 火炎竜巻という超常現象を前にして、一介の勇者の何たる無力なものよ。命を賭けるとか、全責任は俺が取るとか、ドラマの世界ではカッコいい事言えるけど、人ひとりが負える責任などたかが知れている。

 だから俺は、そんな取りようもない責任を負う気もないし、仮にこの火炎竜巻によってプランチャの住人に甚大な被害が及ぼうとも、仕方ないじゃんという諦念の重要性を説く以外に、必要以上の心労を負うつもりもない。

「お、お前ら自分達が何したか解っているのか!?」

 前門の盗賊後門の火炎竜巻と化した現状においては、前門の盗賊が実に可愛く見えてしまうから不思議である。何せ盗賊、この火炎竜巻の真犯人である俺以上に動揺しているのだから、案外肝の小さい奴よ。

「ま、町の一部が呑み込まれているぞ……!」

 なんなんだ、こいつはさっきから。この災害だって、本(もと)を正せばお前らの悪事から端を発しているのであって、俺はただ依頼に対して忠実に、職務を全うしようと努力しただけではないか。それをなんだ、こっちを極悪人みたいな目で見おってからに。プランチャの住人に非難されるなら、少しは道理も解ろうというものだが、腐っても勇者。貴様ら下賤な盗賊如きに説教受ける程耄碌しておらん!という心の声は、当然ながら盗賊の耳に聞こえる筈もなかった。

「俺たちの商売だって、町があるからこそ成り立つんだ。それを……文字通り灰燼に帰しちまって、貴様らのそれは悪魔の所業だ!」

 ギラギラ光るどんぐり眼で射竦めるように此方を見ると、頭領は右手を挙げて、手下達に襲い掛かるよう雷鳥のような声で指示を出した。

 無論、俺たちだってこのまま大人しくやられるほど聞き分けが良い筈もない。武器の打ち合いなど経験もないから無理。頼みの火責めも俺たちの退路を焼くばかりで何の役にも立たぬ。

 とすると、シンプルかつ原始的だが投石で反撃に出るしかない。俺ともょもとは手当たり次第に拾った石を、迫り来る悪漢どもへ投げつけた。

「イテっ!」

 ……反応、それだけ?いやいや、普通に考えて滅茶苦茶痛いでしょ、石投げられたら。確かにね、ゲームの中で石投げって特技があったとして、そんな強い印象は受けないよ。でもね、それは魔物相手の話であって、人間相手なら当たり所によっては致命傷だろ?

 なのに「イテっ!」って。俺がおかしいのか?試しとばかりもょもとに肩パンチしてみる。

「痛い!」

 なんでこっちの耐久力は現実準拠なのに相手の耐久力はファンタジー準拠なんだよ、ふざけろ!

 もうね、降伏ですわ。これ、ゲームだったらクソゲー確定だよ。魔物はべらぼうに強い。されど同じ人間ならば勝機有りと意気込んで討伐に来てみれば、俺と味方は現実のダメージが適用されて、敵はちゃんと異世界のダメージに軽減されるんだから。

 この日、俺ともょもとは捕まった。そしてあろうことか、勇者として転生した筈の俺は、明日にも奴隷競売にかけられる為に次なる大国グレイドックへ移送された。

 もう、何でもいいわ。もはや無常の神に何も期待しないし、俺の悲運を嘆くのも馬鹿らしいが、祈るのはタダだ。俺を買ってくれるご主人様が白髪サキュバスの洋ロリ少女である事を切に願う。

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