第4話 導かれない者たち

 あぁ嫌だ。なんでこんなちんどん屋みたいなやつ等を引き連れて歩かねばならないのだ。戦士のくせに重装備不可、誰も喜ばん破廉恥極まりないグラドルみたいな鎧を装着し、人の多い街中を平気の平左で練り歩くナーリア。1週間キャンプにでも行くのかってぐらい、常に鬱陶しいリュックを背負い込み、そのいで立ちは異世界に来ている事を忘れてしまいそうにさえなる山男。格闘家よりも病人にしか見えない武闘家もょもと。

 悪夢の出会いから既に2週間が経過している。幼女を期待していた俺にはこの面子のショックは些か大きすぎて、柄にもなく寝込んでしまったのだ。その間、誰が看病してくれる訳でもなく、ただただ穏やかに天井と睨めっこする日々であった。くそう、こいつ等に対する仲間意識などはなから無いが、これを機会に心の溝は一層深まったと断言出来る。

 だれも訪れないまま緩やか平穏に時は過ぎていたのだが、昨日ナーリアが突如部屋にやってきて、やっと様子でも見に来たのかと身体を起こす俺に対して、

「宿賃今日までしか支給されないから」

 業務的な態度でそれだけ告げると、目も合わせず出て行ってしまった。

 ……解っていたけど、俺はこいつが嫌いだ。

 そんな訳で、俺の体調がどうだろうが全くお構いなしのこのメンバー、目下の関心事は宿に泊まれなくなった事だけに向けられている。王宮に行っても国王どころか、大臣まで居留守を決め込む有様で、俺の

財の供給源は実質無くなったと言ってよい。士道を重んじる礼節の国じゃねーのかよ。国王と大臣がこれでは、この国の未来もそう明るいものではあるまい。だが今は、こんな他所の国の未来なんかを案じている場合ではない。現実世界でも家賃滞納により、いつ住む家を失うか心配したものだが、まさか異世界に来てまで住む場所に困るとは。何の因果だ?こういう不条理を味わうことなく、最初から最強で歩けば蜜に群がる虫みたいに女が近付いてきて股を開く。それが異世界転生ってもんだろ?勇者なんだから秘められし力があるのかとも思っていたが、転生してから今に至るまで、その片鱗は影すら見えない。ならば知識で圧倒しようにも、この世界の住人は普通に俺より頭が良い。そもそも、勉強もろくにしていないから科学で無双なんか出来ない。もう俺が強くも頭良くもなれないんだから、異世界の奴らを虚弱体質にするとか火も起こせない馬鹿にするとか、そういう方向で調整してくれないと勇者としての帳尻を合わせられなくなってきている。もっとも、こんなところでわが身の不幸を嘆いたところでこいつ等(仲間とは呼べん)はおろか、不条理異世界に俺を投げ込んだ疑惑の神さえ聞いてはいまい。

「先ずは町の人に話を聞いてみよう、何か分かるかもしれないぜ」

 たまに話せばこの通り、テンプレみたいな発言しかしない山男。ナビかなんかなの、キミ?俺が寝込んでいる間に情報収集しようとか思わんのかね。

「俺は昔、ドラゴンを素手で仕留めた事があんだよ!」

 聞いてもないのにイキり倒すもょもと。コミュニケーションに障害しかない俺を含む4人の中でも、断トツでコミュ障はもょもとだ。会話の全てが一方通行なので、もはやもょもとに意見を求める事はない。

「今日の宿どうする気なの⁉」

 宿に泊まれない全責任を俺に転嫁するナーリア。更年期障害かなんかなの、この婆。たびたび俺にだけヒス起こすのやめろや。

 憂鬱だ。こいつ等と同じ空間にいるだけでも心労が絶えない。俺が寝込んでいる間にレベ上げでもしてこいよ、2週間経ってレベル1ってなんなん?そもそもレベル1でなんで職業戦士とか武闘家気取っているんだ?SNSで少しいいね!がついただけで芸能人気取るぐらい頭おかしいだろ。無職の俺が飲食経験者ですとか職歴詐欺して面接に行ったぐらい悪質だろ、こいつ等の所業は。いかんいかん、こいつ等の事で頭を悩ますのは無駄だと心に誓ったではないか。今は何より金が欲しい。冒険をするにしろ宿屋でゆっくりするにしろ、何においても金が必要である。

町の外でいよいよモンスターを倒し日銭を稼ぎに行くわけだが、初めて遭遇した象牛みたいな強いやつでは困る。もっとこう、1ゴールドぐらいしか貰えないけど無装備レベル1でも倒せる、そんな都合の良い奴と遭遇出来るのが理想である。理想である、というか、そうでもしてくれんと俺の異世界転生は本当にゲームセットになる。まさか最初の町から出たとたん、物語終盤に出てくるような雑魚が配備されていたりしないだろうな?そういう雑な調整だけは止めてくれ、生死に関わるからな。なにせ俺のパーティーには人情味というものが欠損している。誰か死んでも教会で生き返らす金が惜しいから、棺桶ごと捨てて新しいメンバーを平気で募集とかしそうな奴等だ。俺が異世界で最も注意しなければならない事は、ある意味で魔王軍と戦うことよりも、この獅子身中の虫みたいな奴等に寝首を搔かれないよう細心の注意を払うことである。

「ここより先は町の外になります、くれぐれもお気をつけて」

 俺たちよりも明らかに強そうな王宮兵士に見送られ、俺たちは王都エルサドールを後にした。魔王城はエルサドールの目と鼻の先だが、大きな大河に阻まれていて、魔王の瘴気の影響か常に波が荒れ狂い凶悪な海の魔物が行くてを遮るのである。もっとも、そんな極悪な経路で魔王城を目指さずとも遠回りにはなるが安全な陸路で行けるので、今はその経路上にある最初の町プランチャへ向かっている。モンスターと遭遇するなど出来れば回避したいのだが、俺も含め全員レベルは1、宿賃は急務としてもある程度の装備品を揃えなくては冒険そのものが極めて厳しい。よって、序盤のうちに弱いモンスター(RPGの法則に従って弱いモンスターしか出ない事を切に願う)を乱獲しなければならないが、王都エルサドールを出発してから早くも3時間、モンスターはおろか動物さえも姿を見せない。

「少しは骨のあるやつがいねーのか?」

 基本誰も喋らないのだが、このようにもょもとだけは絶えず独り言をブツブツ呟きながら歩いている。早く黙ってくんねーかな、こいつ。最初のうちは聞き流していたが、3時間も歩き続け疲労が見えてくると急激にウザくなってきたぞ。

「ねぇ、こっちであっているんでしょうね⁉道間違えてない⁉」

 ナーリアも、たまに口を開けばこの始末である。異世界転生したばかりの俺に地理感なんかあるわけねーだろ。頭にボウフラでも湧いているのか?

「大丈夫だ、俺はここら辺の地理は心得ている。あそこに見えるパオズ山も、2ヵ月前に登ったばかりだ」

 なんだかんだでパーティー唯一の良心が職業登山家のひげずら山男である。他2人がキチガイなので、相対的に普通である彼が俺の数少ない心の拠り所となりつつある。まさか、一番職業として使えないと思っていた山男が一番頼りになるとは、人の有用性など解らんものである。

 結局魔物に出会うこともなく日は暮れ始めた。夜の移動は危険だと言うので、まだ日が差す間にテントの準備をしようという話になり、さっそく作業に取り掛かるが、王都エルサドールに向かうまでに山男と同行していただけに、自分で言うのもなんだがテントの準備などは手慣れてきたものである。俺と山男は慣れた手つきで早々にテントを張り、近くの川辺から水を汲んで夕飯の準備を始めたのが、動かないのはもょもととナーリア。もょもとは独り言を言いながらストレッチを延々しているだけである。作業を手伝わないのは業腹だが、手伝われたりすると却って目障りなのでそのまま放置している。ナーリアは苛立たし気な表情で、こちらを睨んでいるだけで特に害はない。もはや、俺の中のこいつらに対する期待値は自分にとって害か無害かの二択になりつつある。健全なパーティー関係とはとても言えないが、こんなやつ等に関わるだけ損なので、話しかけられない限りは基本無視でよかろう。

 夕飯の準備が整うと、そういう時だけはしっかり集まり、腑に落ちないモヤモヤを抱えながらもさっさと済ましてテントへ戻った。が、数分もしないうちに山男が困った顔で俺のテントに来た。どーせよからぬ話を持ってきたのだろうが、既に述べたように山男はパーティー唯一の良心、邪見には出来ない。

「どうしたんだ」

「それが困ったことになってな、ナーリアが自分のテントはどれだって怒って聞かないんだ」

「ガキじゃあるまいし、自分で用意しろと言えばいいじゃないか」

「そんなこと、あんな剣幕で来られたら言えねえよ。だから、じゃあ張ってやるからテントは何処だって聞いたんだ。そしたらそんな物は持っていない、登山家なんだからあんたが人数分用意するのが筋でしょ⁉って言われてしまってな。まさかテントも何も持たずにいるとは思っていなくてな、あいにく俺も自分の分しか持ち合わせがねえしで、結局俺のテントは取られちまった。だからどうしたもんかと、こうして頭を悩ましているって訳だ」

 ……なんなの、あいつ。マジでなんなの。人間なの、頭脳あるの?ないからそんな恥ずかしい事、厚顔無恥にもいけしゃあしゃあと言えるの?そうだよ、思えばあんな裸一歩手前の水着みたいな恰好で人前に出られる奴だもん、恥ずかしいとかそんな感性ないだろうよ。なんだよ、あれ。こっちの世界では普通にありえる格好なんかも知らんが、現実世界から転生してきた俺には、勘違い婆が痛すぎるコスプレしているようにしか見えないんだわ、もう逆セクシャルハラスメントだよ。害か無害の関係性?ナーリアに至っては有害通り越して公害だわ、一刻も早く消えてくれんかな。

「なんかもう、疲れたわ。仕方ないから、ここで寝よう」

ナーリアの理不尽はとてつもなくムカつくが、だからといって衝突しにいっても余計な二次災害を被る事は目に見えている。日和見の事なかれ主義である日本人の気質がナーリアの横行を助長しかねないのは分かっているが、だからといって奴を更生させるなど絶対無理だ。人間の言葉を解さない癖に一丁前に文句だけは条件反射的に出るような、そんな婆なのである。奴と会話するぐらいなら、まだサルと意思疎通する方が容易い。

関わりたくないから、狭いテントにおっさん2人、満月の美しい夜空の下で眠りにつくのだった。

はぁ、おかしい。絶対におかしい。折角の異世界転生、初めてパーティーを組んで最初の冒険に旅立ち、その初夜だというのに、何が悲しくてひげ面の山男と、狭いテントで一緒に丸まり寝なければならないのだ。俺は前世で何かよっぽど悪いことでもしたのか?現実世界でも、無職だけどよそ様に迷惑なんかかけたか?ひどいよ、この仕打ちは。異世界でも現実世界でも、どっちの世界に行ったところでダメな奴はとことんダメだという良いサンプルが取れたじゃないか。もう、枕元に死神が来てお前の余命はあと1日とか言われても、全然ショック受けない自信すらある。憂鬱だ。明日がこなけれいいのに、時間だけは早くも遅くもならず律儀に流れていく。

翌日。ナーリアによる「早く朝食の準備しなさいよ!」という、人生レベルでも最悪な寝起きを体験したあと、山男と二人で朝食の準備をした。そして、朝食を食べ始めてから数分、始めてもょもとが居ない事に気付くのだった。

「あいつ、何処行ったんだ?」

「さぁねえ、荷物も見当たらないし、夜逃げでもしたんじゃないかしら」

 夜逃げ!まだ何もしていないうちからパーティーから離散者が出るとは。しかしながら、居なくなったところで全く問題ない。むしろ心底どうでもよい。こういう状況を厄介払いというのだろう。なんなら、何気にナーリアとまともに会話が成立したことの方に驚いている節さえある。

 こうして、俺のパーティーは何かを始める前から既に空中分解し、その信頼関係たるや何百年も風雨に曝された城壁よりも瓦解している。こんなパーティーに討伐される魔王なんているのだろうか?仮に討伐されるとしたら、至上最弱の魔王という不名誉な称号は間違いなく贈られるだろう。まぁ、こんな捕らぬ狸の話をしたところで意味はあるまい。要点だけを語るならば、パーティーに早くも脱落者が出たこと、残るナーリアともさっさと別れたいこと、山男のグラフィックをロリの美少女にして欲しいこと、その3つだけが肝要である。

 よく仲間との出会いは偶然なんかじゃなく必然だなんて言うけれど、俺は断言してやろう。この出会いは偶然でありそれぞれを繋ぎ止める友情の糸も少し引っ張れば切れるぐらいの空虚なものである、と。そして願わくば、この関係をリセットして今一度パーティーガチャをぶん回したいと切望する。

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