第3話 そして伝説へいかない

 俺の期待はことごとく裏切られる運命らしい。通常の異世界転生であれば、象牛から俺を救うのは山男でなく美少女その1だろうし、魔王討伐の報酬にもらえる姫は般若ではなく美少女その2であろう。既に2女1男のプチハーレムが形成されてもおかしくはなかった筈なのだ。それがなんだ、これ。いまだ俺だけだよ。なめんなよ。

 しかもあの国王面した爺、さも国の秘宝を授けるかのように渡してきた剣、どう見ても銅の剣じゃねーか。こんな脆い、叩けば折れそうな武器でどうやって魔王倒すんだよ、テメーがやれや。

もうこの際武器はいいよ、買うから。5大国といわれる国庫、そこから勇者に賜ったんだ。相当な額に違いあるまい。この国の金は見た目が群青色の、きわめて艶やかな和紙に似た材質であった。それが9束になっている。黒のコインも10枚ぐらい貰えたが貨幣の価値がよう解らん。とりあえず、今日の宿屋を見つけようと町に出るが、王の謁見までに時間がかかり過ぎた為に日も暮れている。寝泊まりする場所ぐらい王宮で用意しろや、ホントに1000年も誕生を待った勇者なのか、俺は?だんだん不安になってきたぞ、盛大に担がれただけなんじゃないだろうな。疑心暗鬼に陥る中、宿屋前で呼び込みをする小さな女の子に気を惹かれ、今日の宿屋はここで決まりと入店する。店内の内装は可もなく不可もなく、清潔ではあるから問題はないが、異世界の宿屋にしては面白みにかけるのも事実である。こちらの不満を敏に感じたのか、女の子が不安げな表情で見上げてくる。大丈夫、お兄さんは女の子の味方だからね。

「いい場所だね、夕飯も食べられるのかい?」

 女の子には紳士的でありたい俺は、努めて笑顔で聞いてみた。女の子も、俺の心の不満が表情から消えたのを見て、さっと明るい笑顔になった。この子がヒロインでもいいのに。

 ここの宿屋では希望者に限り夕飯と、朝食がつくようだ。異世界の宿屋事情など知らないが、大概の店のシステムは同じらしい。また、風呂はないが温めたお湯で行水をするのが、この国での一般的な身体の洗い方らしい。行水できる場所は限られているが、だいたいはどこの宿屋にも一つはあるから衛生面での懸念も解消された。併せてトイレだが、俺のトイレ事情なんか聞きたいか?結果だけいうと、不満はない。

 さて、肝心のお代だが、この世界は前金制だという。金額を口頭で言われたのだが、この世界の貨幣観が解らない俺は財布をそのまま出して、ここから必要額とるよう伝えた。幸い、城からお布施が出ていて俺が異世界転生の勇者である事は、既に王都の人間の多くが知っていた。なので、俺が貨幣を解っていなくても、女の子は不思議な顔一つせず必要額だけ抜いてくれた。それは別段いいのだが、それにしても宿賃高くないか?持っている金の半分ぐらい消えているんだが。その群青色の紙幣は、現実世界では諭吉ぐらいの威力があるんじゃないのか?紙幣=高額ってのは俺の早とちりにしても、じゃあおまけついでに抜かれた黒いコインはいくらに相当するんだ?

 全く解らないが、まぁよかろう。この国にいれば国王に金の無心もしやすいだろうから気にするまい。

 部屋に通され、荷物(といっても、銅の剣と旅に必要な小道具一式を詰めたカバンだけだが)を置くと、俺は時計を見やった。良かった、この国でも時の流れが24時間で、現実世界と差はないようである。こういう細かいとこまで違うと、面倒なんだよな、いろいろ。

 18時から19時までが俺に充てられた行水の時間で、夕飯は少し遅めの20時からだった。小さな宿屋では、一時に全客の対応が出来ないための措置だという。もともと夜型の、しかも金欠生活で1日1食だったのだから別段不具合は感じない。風呂だって3日に1回入れば十分すぎるぐらいだから(しかも水道代滞納で風呂なんて最近は入っていなかった)この異世界は、現実よりも健康的といえる。

 さて、この異世界に転生してやっと嬉しいハプニングがあった。指定時間になったので行水していると、なんと女の子が入ってきたのである!これはこの世界の常識で、湯屋の女性が男性客の背中を流すのだ。なんて素晴らしい文化だろうか。だが、肝心なのはそこではない。女の子は俺のワガママボディがたまらんようで、おずおず伏し目がちになっている。いや俺も若い(表現によっては語弊があるので、ここでは若いを使うのが最適解)女の子に自分の生まれたままの姿を見せつける事に、どこか嗜虐的な性的快感を覚えたのも事実なのだが、それにしても良い表情するなぁ、この娘は!

これは後日知ったのだが、湯屋で女性が背中を流すのは一般的だが、行水で全裸はダメらしい。みんな行水時には水着みたいなパンツを着用するのが習わしのようだ。あの女の子も戸惑っただろうが、現実世界からきた俺に異世界の常識を押し付け非難するのも悪い気がしたのだろう、恥ずかしいながらも、目線を伏せながらそのまま行水してくれたのだ。実に健気である。また無知を装って行水に行こうと心に誓ったのは言うまでもない。

次の日。実に快適な目覚めだ。思い返せば山男との一週間は山に川辺にと適当なところで寝ていたので、都会育ちの身体には酷だったのだが、久々のベッドで寝れたことで心も体も全快したようだ。朝食を終え町に出たところで、昨日の国王との会話を思い出す。この町には旅の仲間を募集出来る酒場があるそうだ。そこに登録されている一騎当千の豪傑達から、選りすぐりのメンバーを集めるのが勇者としての第一歩らしい。俺はこのイベントを一日千秋の思いで待っていたんだ。だって、このシステムを使えば強制的にハーレムパーティーを編成出来るんだろ?もはや弱くてもいいから、可愛い幼女だけで旅したい。いっそ魔王なんかどうでもいいから異世界中をハーレムプレイで行脚したい。

そんな野望を胸に秘め、目的の酒場へとたどり着いた。地下1階、入口のランプが怪しく光り、樽に詰めた酒の匂いが狭い入口付近の空間に漏れ漂っている。

 ……なんか、この時点で相当怪しいぞ。少なくとも幼女パーティーの夢から大きく後退している気がする。そんな一抹の不安を感じずにはいられない門構えだ。だが背に腹かえられぬ差し迫った状況だ。なんちゃってではあるが勇者の矜持を頼りに、その重い鉄製の扉を開けたのだ。金具と石畳がすれる不協和音、粗野で粗暴な客層、下品な音楽。そのどれもが俺に合わないものだ。

「おい、そこのクソ野郎!寒いからはやく閉めろ!」

 店先で茫然と立ち尽くした俺に、客の一人が怒号をあげる。その啖呵に便乗して罵声を浴びせる輩の多いこと。ネットでイキるやつを具現化したらこうなるんだろうな、醜いのう。もう、こいつら土下座してもパーティーには入れてやらん。最初から入れる気ないけどもう絶対入れてやらん!

「はあい、ボク。何の用事で来たのかしら?」

 カウンターでグラスを拭いているセクシーギャルが、俺に声をかけてくれた。

「い、いえ……はい、そのう……お、王様に言われて、そ……それで……」

 俺は嘘は交えない主義だ。だから起こった事をありのまま伝えている。だって、友達すらいないコミュ障童貞の30歳、おまけに異世界転生した勇者なんて肩書の奴が、セクシーギャルと普通に会話なんて出来ないよ。そんな俺の様子を見て下卑た笑い声をあげる客たち、貴様らは絶対に許さん。魔王をぶちのめしたら次は貴様らだからな!

「あら、じゃあ貴方が噂の勇者様なのね?どうぞこちらに記入して。要件に合う人を探してあげるわ」

 このセクシーギャル、こんな俺とも対等に会話してくれて嬉しいなあ。言われるまま、用紙に必要事項を記入した。

 新谷剛毅。30歳。職歴なし、現在勇者。メンバーへの希望欄にはとりあえず幼女……っと。

「はい、ありがとう。最後に身分証明出来るものとかあるかしら?勇者様だから顔パスしたいけれど、これも国の規則だからね」

 力こそが正義の異世界では、悪人も多い。信用出来る証書がなければ、こうして他人を信じてパーティーなども組めないのだろう。事情は分かる。むしろ、いきなり裏切られたりしたら異世界恐怖症にでもなりかねない。だから、そこらへんがしっかりしているのはありがたい。ありがたいが、証書なんてないぞ?現実世界での障碍者手帳でいいのかな?

「ごめんなさい、王様から交付された正式なものとか持たされなかったかしら?」

そんなものないぞ。あの爺がくれたのは価値不明の貨幣と銅の剣だけだもの。

「あら、その剣が証明になるわよ、王家の紋章が入っているでしょう?」

 なるほど、剣の側面には雷を模したような紋章がある。これが証明証代わりなのか、あの爺、絶対伝え忘れたな。てゆーかこの剣、武器ですらないのかよ。知らねーよ、今日言われなかったら魔物ぶっ叩いてさっそく壊して捨ててたわ。ってか、証明証にしちゃ邪魔くせーわ。嫌がらせか、これ?あぁ、こんな重いだけの証明証、早く捨ててしまいたい。

何はともあれ、俺の申請は正式なものとして受理された。募集からだいたい1週間もすれば適当なメンバーが揃うということだったので、一先ず俺は店を出た。

大変な、それでいて大きな、確かな一歩である。ここからが、本当の異世界転生物語だ。どんな幼女が揃うのか、期待に胸を膨らましながら、目下の不明な貨幣の価値を知っておこうと道具屋によってみた。

道具屋では冒険に便利なアイテムが多数揃っているらしい。さらにここ、エルサドールの道具屋では世界でも珍しい扉の鍵が売られている。ご丁寧に道具屋には鍵付きの扉があったのでRPGの基本として一つ鍵を買ってみて、中の宝箱をあさってみる事にしたのだが、この宝箱、パチンコとかベーゴマとかヨーヨーとか、異世界の定義が根幹からグラつきかねないアイテムばかり入っていた。銅の剣よりも役にたたないであろう一事は、今更説明するまでもない。更に言えばこの鍵、宿屋で残った半分の金額を、更にもう半分も使うほどに高い。挙句の果てには1回使うと使用不能になる。なんで1回で壊れるんだよ……この道具屋でだいたいの貨幣感は分かった。武器とか道具とか、現実世界には換算し辛いのでもう有名RPGをベースにするが、王様が俺にくれたのは100ゴールドぐらいだ。以降、金額を表記するときはこのRPGのゴールドを価値観の基準にしていくが、それにしたって少ない。武器屋で調達出来るのはせいぜい竹竿かこん棒である。これが勇者の扱いか?RPG界における歴代勇者や王子の冷遇ぶりを、よもやこんな形で痛感することになるとは。

こんなんで勇者なんかやってられんと、国王に直訴しに行ったのだが、奴め、この事態を見越してか別の大国へ会議だとか言ってとんずら決めおった。許すまじである。

だが大臣が中々物分かりの良い人で、もう更に100ゴールドくれたうえに、パーティーが集まるまでの宿を手配してくれた。この措置により、一先ずの溜飲は下げられたので、後は幼女が集まるのを、今や遅しと待ち受けるのみである。

運命の日。

酒場の重たい鉄製の扉も、今や空気のように軽い。野盗崩れみたいなこの屑共も路傍の石だ、もはや目にも入らん。耳障りで仕方なかった喧騒も、一周まわってハープの音色にさえ聴こえる。それぐらい俺の精神は高揚している!

酒場のセクシーギャルも俺を見とめると、手招きをしながら眩しい笑顔を振りまいた。まるで輝かしい前途を祝福する女神のようだ。

「待っていたわよ、勇者様。この人たちが貴方の旅を支えるパーティーよ」

 ナーリア。女。レベル1。45歳。職業戦士。モブキャラその1。帰れ。

 山男。男。レベル1。52歳。職業登山家。モブキャラその2。帰れ。

 もょもと。男。レベル1。23歳。職業不定、自称旅の武闘家。モブキャラその3。帰れ。

 以上。

 ……ちょっと待て。なんだ、このクソ面子は。想像しうる限り最悪のパーティー編成じゃねーか。ポジティブな発言で誤魔化してきたけど、もうこれまでの経験からどうせ幼女どころかろくでもない奴ばかり集まってくるのは目に見えていた。だが、それにしたって酷くねーか。職業の組み合わせもなんだこれ?脳筋パーティーじゃん。バスケでメンバー全員センターぐらい歪だわ。この世界、まだ言ってなかったけど普通に魔法とか存在するからね?戦士、武闘家はまだいい。登山家ってなんだよ、お呼びじゃねーよ。ってか山男、貴様はとっくにモブキャラとしての役目を終えて物語から消えた筈だろ、わざわざ再登場してんじゃねーよ、悪いけど再登場しても出番ねーだろ。この際こいつは無視だ、無視無視!

 で、唯一の紅一点が中途半端な婆じゃねーか。男3、女1のオタサーの姫展開にでもする気か、無理だろ。このナーリアとかいう熟女、俺の守備範囲の外角高めどころか完全にアウトだわ。幼女の対局だろ、この筋肉女。しかも出会って最初の第一声が、

「私、既婚なんで」

 知らねーよ、聞いてねーよ。そもそもお前が既婚だろうが独身だろうが興味ねーよ。

 最後にお前、もょもと。現実世界の日本語じゃ発音出来ねーよ。職業も武闘家自称なのかよ。そりゃそーだろ、どう見てもお前、もやしの虚弱体質だもん。なんだったら無職の俺でも勝てるぞ。

 なんなんだ、こいつ等は。これなら一人で旅した方がまだマシだろ。

 しかもこいつ等、揃いも揃って武器防具を何も装備していないし、とどめとばかりにレベルは1だ。山男、お前は象牛を退治した時に装備していた弓を、ご丁寧にもどこかへ捨ててきたのか?

笑顔の素晴らしかったセクシーギャル、ひょっとして、誰とも組んで貰えないこいつ等を抱き合わせで俺に押し付けてきたんじゃないだろうな。そう考えると、前途を祝福する女神どころか、冥府へ誘う悪魔に見えてきた。やはり幼女以外の女は信用出来ん。

憂鬱だ。魔王討伐?好きにやれや。いつ旅に出るのかって?1年後ぐらいに、もしかしたら気が向くような、もしかしたら向かないような……しかもこの町に滞在していて気付いたんだが、俺以外にも自称勇者がけっこういるぞ。

なんだこれ?勇者のバーゲンセールなの?だから国王も100ゴールドしかくれないの?下手な鉄砲数撃ちゃあたるじゃねーんだよ、俺たち勇者は特攻隊か?

こうして俺の異世界転生は始まった。いや、もう宿屋出る気ないから始まらないんだけど、物語の幕は国王によって切って落とされたのだ。

いやほんと、このまま最終回でダメかな。

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