第二章

プロローグ

 雲一つ無い晴天の中、王都にある学園で卒業式が行われていた。

 卒業生代表のイザベルは答辞を述べながらその場にいる人々の顔を見渡した。卒業生や在校生の晴れやかな表情が目に入る。少しだけ感傷的な気持ちになり、視線を落とした……が、それも一瞬。すぐに顔を上げ、締めの言葉を口にする。

 一拍後、拍手が沸き起こった。その中でも一際大きな拍手が来賓席から聞こえてくる。自然な動作で顔を向けた。招かざる客ソレには気づかないフリをして、自国の王太子へと向かって微笑む。同様の笑みが王太子ヒルデベルトからも返ってきた。互いに微笑みあったまま抜け目なく周囲へと視線を走らせた。



 卒業式が無事に終わり、イザベルはこの後王城で開かれる卒業パーティーへと向かうため早々に人混みから外れようとした。だが、その先でさらなる人混みができているのを見つけて立ち止まる。周りにはバレないように嘆息し、その場で待った。

 生徒達が脇に避けると、その中心から大きな花束を抱えたヒルデベルトが現れた。本来ならば今すぐにも踵を返して逃げたいところだが、これもパフォーマンスの一環だと己に言い聞かせて耐える。


「イザベル。卒業おめでとう」

「ヒルデベルト様。ありがとうございます」


 ヒルデベルトが蕩けるような眼差しで花束を贈ると、イザベルは頬を染めて受け取った。様子を伺っていた生徒達が勢いよく手を叩き始める。盛大な拍手に2人は微笑みでこたえ、揃ってその場から立ち去った。興奮した生徒達が2人について話す中、招かざる客は舌打ちをして踵を返した。


 馬車に揺られながらイザベルは考えていた。おそらく目の前に座っているヒルデベルトも同様のことを考えているのだろう。

 これで、フリートラント王国内に広まっている『悲恋物語』も少しは落ち着きを見せるだろう。その代わりに飛び交う噂のことを思うと憂鬱にはなるが、よりはましだ。

 王城に到着するとイザベルは一旦複雑な感情を押し込め、ヒルデベルトから差し出された手に己の手を重ねた。



 計画は順調に進んでいると思っていた。————事件が起きるまでは。



 ————————



 イザベルは男の目を見た瞬間、本能的に感じ取った。殺意の欠片を。イザベルが男から視線を外せないでいる間、ヒルデベルトは普段とは違う様子の男に内心戸惑っていた。そんなヒルデベルトの心情を見透かしているのか、男が目を細め微笑した。ヒルデベルトの眉間に皺ができる。唸るように呟いた。


「————。本当におまえがやったのか?」

「王太子殿下がそう思うのならば、そうかもしれませんね」

「理由は? おまえがやったとして、その理由はなんだ?」

「理由? 理由ならありますよ。私は『私のお気に入り』に手を出されるのが心底嫌いなんです。……殺したくなるくらいに」


 そう言って、青と緑のオッドアイをイザベルへと向けた。

 その視線を遮るようにヒルデベルトがイザベルの前に立つ。だが、イザベルはヒルデベルトを押しのけ、男を見据えて言った。


「それが『動機』だと言うのですか?」

「ええ。『閃きの女神イザベル様』」

「確かに……嘘は言っていないのかもしれませんね」


 イザベルの言葉に男の片眉がピクリと動く。イザベルが続きを話そうとした瞬間、開く筈の無い扉が開けられた。


「そいつか? 俺を殺そうとしたのは」


 突如現れたのは、今回の事件の被害者本人だった。未だ顔色は優れないが、その顔には到底病人とは思えない醜悪な笑みが浮かんでいた。



「ヒルデベルト王太子。今回の事、どのように責任をとるつもりだ? ミュラー王国の第2王子であるこの俺が命を狙われたんだ。まさか生温い判断を下すつもりではないだろうな」

「……命を狙われたにしては元気が有り余っているようだが」



 心の声が思わず漏れ出たヒルデベルトの横腹にイザベルの裏拳が入る。それにしても、とイザベルは招かざる客シュテファン・ミュラーに視線を向けた。人払いをしていたはずなのに、どこから聞きつけたのか扉近くで警備をしていた騎士達を押しのけてやってきたらしい。

 ようやくイザベルと視線を交えることができたシュテファンの目が獲物を見つけた肉食獣のようにギラリと光った。


「話は聞こえていた。事の発端はイザベル嬢。どうやらあなたにあるようだ。罪深いあなたにも、をとってもらわないとな」


 そう言って欲にまみれた視線を隠しもせずにイザベルへと向ける。ヒルデベルトよりも先に男が口を開いた。


「どうやらアレでは足りなかったようですねぇ。次はもっと強いものにしましょう」

「なっ! お、おい、とりあえずこいつをまず処刑しろ! こいつが生きていたんじゃ、いつまでたっても俺が安心出来ないだろうが!」


 喚き騒ぎ立てる被害者に、嗜虐的な笑みを向ける被疑者。黙ってやり取りを見ていたイザベルは下唇を噛んだ。


 ————は本気なのだ。本気で……。


 そんなことは認めない。いくら彼がそれを望んでいたとしても。

 例え偽善者だと、余計なことをするなとなじられようとも、あの時のような後悔はもうしたくない。

 それに……おそらく彼は誤解している。


 イザベルが今度こそ真実を口にしようとした瞬間、またもや新たな人物が部屋に飛び込んできた。イザベル以外の皆が驚きの表情を浮かべる。イザベルは見逃さなかった。


 部屋に入ってきた人物はイザベルに不安気な表情を向けた。イザベルが頷くと強張っていた表情が緩む。反対に、先程まで飄々としていた男の顔からは余裕が消えていた。


 イザベルはその場にいる全員を見渡し、今度こそ口を開いた。

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