七
計画通り作戦は着々と進んでいった。日々、友人としてイザベルと過ごしながらも影ではそのイザベルに罪をなすり付ける為にエミーリアの手足となって動く。まるで、思い通りに動く人形のように。
ラース達はエミーリアの嘘を呆気なく信じ、イザベルをあからさまに敵視し始めた。一人くらいは疑いを持つ者が出てくるかもしれないと思っていたが、杞憂だった。
一方で、イザベルが彼らのことを気にしている様子もなかった。よほど、ラース達に興味がないのだろう。
それならばイザベルにとっても今回のことはプラスになるのでは……なんて都合の良い考えが浮かんで、消えた。
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断罪当日。
「イザベル・フィッツェンハーゲン! 貴様との婚約を破棄する! そして、私の最愛であるエミーリア・ロンゲン嬢殺害未遂についての罪をここに告発する!」
ラースの突然の発言に周囲が騒めく中、イザベルは狼狽えることなく見据えていた。騒ぎを止めにきた教師達が関係者達を別室へと連れていく。クラーラは普段と変わらないイザベルの様子に正直安堵しながら彼女の背中を見送った。
だが予想に反して、謹慎がとけた後もイザベルが登園することはなかった。ラース達は当の本人がいないことをいいことにイザベルが犯人だと決めつけ、周囲に触れ回っている。
クラーラが落ち着かない日々を送っていたある日。エーミールに出会い頭、昼食に誘われた。驚いたものの、快諾する。
連れ立って歩き、食堂へと向かった。たまたま目撃した生徒達は、初めて見る組み合わせに思わず顔を見合わせる。皆、エーミールはエミーリアに傾倒しているものと思っていたからだ。だが、先程の二人を見る限り、
食堂の空いている席にクラーラを座らせると、エーミールはその向かいに腰を下ろした。食事をとりつつ、たわいもない会話を交わす。
食べ終わり、話が途切れたタイミングでエーミールはクラーラに確認して欲しいものがあると告げた。
テーブルの上に箱を置き、蓋を開く。
「クラーラには迷惑をかけないようにします。なので、これが、イザベル嬢のものかどうかだけ教えてください」
そう言って、箱から取り出したのは白いハンカチーフ。クラーラがそっと手に取る。広げてみるとそこには確かに見覚えのある家紋が縫い付けられていた。ハンカチーフ自体はフィッツェンハーゲン家が取り扱っているお店で買える代物。それにエミーリアが刺繍を施したのだろう。
ちらりとエーミールの顔を見るが、気付いてはいないようでホッとする。だが、見る人が見ればわかるような物をそのまま提出されては、冤罪をかけるどころではなくなる。
一瞬後、クラーラは戸惑った表情を浮かべながら口を開いた。
「こちらのハンカチーフ、イザベル様の物と似ている気もします、が。正直、他家の家紋にそれほど詳しい訳ではありません。ちょうど、イザベル様のところにお見舞いに行く予定があります。その時に確認してきます。その後にもう一度見せてもらっても良いでしょうか?」
エーミールは一瞬迷ったものの頷き、差し出されたハンカチーフを受け取った。だが、クラーラは差し出した手をそのままに戻そうとはしない。どうしたのかと見れば、クラーラの視線が己の手首に注がれている事に気がついた。
不思議に思い首を傾け、ふとあることに気づき、血の気が引いた。
クラーラとお揃いのブレスレット。実家に帰っている時に外して、付け直すのを忘れていた。わざとではない、が……気づいた後もそのままにしていたのは故意だ。
何かを言わなければいけないと焦り、口を開く。
「これは、その。実家に忘れてきて、なかなかとりに行けなくて。決して、わざとではなく」
「大丈夫です」
「え?」
「大丈夫です。
クラーラは努めていつものように微笑んだ。語尾が少し震えてしまったが、エーミールに気づかれる程ではない。
「もちろんです。次は必ずつけてきますから」
エーミールが安心した様子でクラーラに笑いかける。それだけで、クラーラの心に温かいものが広がった。最近読んでいる本について語るエーミールの話に耳を傾けながら、貴重な彼との時間を愛しんだ。
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久方ぶりのイザベルとの対面を前にクラーラは緊張していた。普段通りの自分を思い浮かべ、何度もシュミレーションをした。
けれど、実際に窶れたイザベルを前にすると、言いようのない罪悪感に襲われた。
できることなら今すぐ膝まづいて謝りたい。震える手を誤魔化すようにイザベルの手を握った。
「体調は、大丈夫ですか?」
「ええ。それよりもクラーラ様。学園での皆様の様子を聞かせてくださらない?」
儚げに微笑むイザベルに言葉が詰まる。クラーラは頷き、話し始めた。
最初は当たり障りのない話を選んで話していたが、気づけばラース達の愚行について語っていた。自分でも気づかないうちに溜まっていた鬱憤が次々に口をついて出る。イザベルは話を遮ることなく、時折相槌をいれては、最期まで話を聞こうとしてくれている。
ああ、そうか。私はこうして、誰かに話を聞いて欲しかったんだ。
結局、余計な情報まで織り交ぜて話してしまう……という失態を犯してしまったが、後悔はなかった。
後になって思えば、気づいてほしいという気持ちもあったのだと思う。
本当はこんなことをしたくないのだと。ただ、私はエーミールとイザベルと三人で笑っていたかっただけなのだと。
「イザベル様、私は悔しいですわ……」
無意識にそんな言葉が涙とともに溢れ出てくる。
あんなにも人前で泣くことを避けていたのに、コリンナとのことがあってタガが外れてしまったのだろうか。止まらない涙を必死に拭っていると温もりに包まれた。
イザベルが黙って、クラーラの背中を撫でる。さらに涙は止まらなくなり、嗚咽までも漏れ始めた。
どうして、こんなにも私は無力なのだろうか。
どうして、私は大切な友人を裏切らなければいけないのだろうか。
どうして、私は……
どうして、と心の中で繰り返していると、突如フラッシュバックした。
『
ビクリとクラーラの身体が震える。ぎゅっと目を閉じ、息を吐くと、イザベルから離れた。
そうだ。ここまできて、やめるわけにはいかないのだ。
ゆっくりと瞼を開き……眼前のハンカチーフに驚いた。
イザベルがそっとクラーラの涙を拭い、手に握らせる。
「そのハンカチーフはお貸し致しますわ」
「ありがとう、ございます」
手にしたハンカチーフへと視線を落とすが、すぐに我に返りイザベルを見た。心配げなイザベルに決心が揺らぎそうになり、立ち上がる。
別れの挨拶を告げるとイザベルは残念そうにしながら頷いた。見送るというイザベルの申し出は断り、逃げるようにフィッツェンハーゲン家を後にした。
家に戻るとすぐさまメイドにハンカチーフを渡し、スピード仕上げで洗濯をするように頼んだ。二時間後くらいには戻ってくると見越して、その間部屋には誰も近づかないように言付ける。
シワひとつないシーツに顔を押し付け、抑えきれなくなった衝動をぶつけた。
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