第十八話 イザベルVS…(三)

 コリンナに引っ張られたネックレスは引き千切れることはなかった。ただ、コリンナが力を入れた分だけイザベルの後ろ首にチェーンが食い込んでいく。

 急なコリンナの動きに対応できずにいたイザベルは顔を歪ませた。

 これ以上引っ張ってもネックレスのチェーンは切れないと判断したコリンナはそのままチェーンを横に引いて握ると首を絞めるように力を込めた。


「ぐっ」


 これにはさすがのイザベルも危険を感じ抵抗する。姉の凶行を茫然と見ていたエーミールは我に返り、コリンナの背後に回ると引き離そうとした。


「姉上! やめてください!」

「離しなさいエーミール! この女は……この女は妄言を吐きました。ヒルデベルト様を侮辱したも同然。不敬罪です!」

「ちがっ」

「何が違うのですかっ、あなたが言ったことは絶対にありえません! あの方は……ヒルデベルト様は女性を抱くことができないのですから!」


 コリンナの言葉が耳に入り、思わずイザベルの抵抗が緩んだ。その隙にコリンナはグッとさらに力を込める。

 瞬間、ネックレスから閃光が走り、コリンナはエーミール共々はじけ飛ばされた。


「ッゲホッゲホッ…ッ!」


 咳き込むイザベルの周りには薄い防御魔法が張り巡らされている。ヒルデベルトが贈った魔道具ネックレスが発動したようだ。もう少し遅かったらやばかった……と心の中で冷や汗をかきながらイザベルはコリンナを探した。

 壁にぶつかった衝撃で唸っているコリンナを抱きおこそうとするエーミールが視界に入る。心配して手を貸そうとしたエーミールだが、苛立ちを隠せなくなったコリンナにその手は振り払われた。

 コリンナは未だ憎悪を宿した目でイザベルを見据えている。床を這うようにしてイザベルへ近寄ろうとした時、制止する声が響いた。


「そこまでだよ、コリンナ」

「……ヒルデベルト様」


 イザベルが思わず名前を呼ぶと、部屋の入り口に背を向けていたコリンナがゆっくりと振り向いた。

 ヒルデベルトがいつになく冷たい視線をコリンナに向ける。


「ヒルデベルト様、これは……あの、不敬な発言をしたイザベルを諫めようとしただけで」

「言い訳はいらないよ。全て別室で見ていたからね」


「……え?」


 コリンナが何を言われたのか理解できない表情でヒルデベルトを見上げた。

 エーミールが青ざめた表情で「まさか……」と呟く。


「イザベルに渡したネックレス、私は防御魔法しか施してなかったんだけどね。さすが『閃きの女神』だ。さらに、映像・音声記憶魔法を施して、先程渡してもらった鏡にリアルタイムで共有できるようにするなんて。おかげで……別室からでも君たちの発言や行動全てを見させてもらうことができた」

「そんな……」


 エーミールが絶望した顔で膝をつき、ゆっくりとコリンナへ視線を向けた。コリンナもまた青ざめた顔で唇を震えさせていた。


「私は、ヒルデベルト様のためを思って……」

「私がいつ、そんなことを頼んだのかな」

「それは……」

「それと……で公爵家の令嬢……『閃きの女神』として国に貢献している人物を手にかけようとしたことも重罪だよ」

「勘違い? そ、それではやはりヒルデベルト様はこの女の相手などできなかったのですね!」


 今はそんなことを気にしている場合ではないのにコリンナは喜びを前面に出してヒルデベルトに詰め寄った。ヒルデベルトはそんなコリンナを一笑する。


「今自分が何を発言しているのかわかっているのかな? そう簡単に国家機密にかかるようなことを話さないでくれる? ……確かに私は今までどんな女性相手にも反応したことはなかったが……機能自体は問題ないとヒューイからもお墨付きはもらっている。それに、」

「ヒルデベルト様。話が脱線しています。というより、自分からさらに暴露してどうするんですか」


 すっ、とヒルデベルトの斜め後ろからティモが声をかけた。


「……あー……二人とも、わかっているよね? 何も……聞かなかった、そうだね?」


 しまったと口を押えて、エーミールとイザベルに圧をかける。もちろんだと二人は何度も頷いた。

 イザベルを見て一瞬恥ずかしそうな、それでいて気まずそうな……そんな複雑な表情を浮かべたが、すぐに表情を戻してコリンナに告げた。


「コリンナ、君の処遇は父上が決める。けれど、ね。せめて今は私の手で幕引きをしてあげようと……こうして私だけが来たんだよ」

「私の処遇……?」

「そう、別室で見ていたのはね……私だけじゃなかったということだよ。後日、国王から正式に下されるだろう。君は……やり過ぎた。多くの人の将来を奪い、命までも奪った」

「私は直接手を出したりなんてしていませんわ!」

「確かにそうかもしれない。……だが、ソレで許される範疇では無いんだよ。君のやり方は国王の思想から逸脱している。この先何度も同じことが起こる可能性があるというのなら……元凶を取り除くほうがはやいと国王は判断した。それと、直接手を出していないと言ったけれど……君はついさっきイザベルに手を出していたよね?」


 先程ヒルデベルト自身が目にした凶行を今更違うとは言えなかった。別室にいる国王にも見られていたのなら尚更。とうとう青を通りこして真っ白になったコリンナは静かに項垂れた。

 ヒルデベルトが部屋の外で待機していた護衛を呼ぶ。コリンナはおとなしく捕縛されるとイザベルを一度も見る事無く、足元だけを見つめて部屋を出ていった。


 呆気ない終わり方にイザベルは床に座ったままその背中を見送った。コリンナがいなくなるとヒルデベルトがイザベルに手を差し出した。ぼんやりとその手を目で追う。ヒルデベルトが仕方がないとイザベルの脇に手をいれると持ち上げた。


「ぅわっ! ちょ、立てます! 自分で立てますから!」

「はいはい」


 はいと言いながらもイザベルをそのまま二人掛けソファーまで持っていき、座らせた。その隣に自分も座る。後ろには気配を消していたティモと、いつの間に現れたのかユリアが立つ。ユリアはじっと憎々し気にイザベルの首元に残る痕を見つめた。そのことに気が付いたイザベルが大丈夫だと笑いかけるが、ユリアはわざとらしく深い溜息を吐くと首を横に振った。


「ああ、そうだね。ティモ、ヒューイを連れてこい」


 ティモの眉間の皺が一瞬でありえないほど増えた。顔全面に嫌悪感が出ている。それでも、ヒルデベルトの笑みは消えない。

 しばしの沈黙の後、ティモは渋々部屋を出ていった。


「さて、エーミール。君も座ったらどうだ?」


 エーミールはこの数時間でさらに憔悴したように見えた。緊張した面持ちで向かいの席に座る。

 王太子妃が処罰される。ならば、元々やらかしていた自分の処遇はもっと酷いものになるかもしれない。自分はこの先どうなるのか……。

 今までのエーミールならば何とかしようと必死に言い繕っていたかもしれない。けれど、今のエーミールはどんな罰が下されようとも甘んじて受け入れる心づもりだった。

 それだけのことを自分がしたのだからと、むしろ、少しでも彼女への償いになればいいと思っていた。

 エーミールの気持ちを何となく感じとったイザベルはやるせなさと苛立ちと自己嫌悪がないまぜになり、そっと目を伏せた。

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