第十六話 イザベルVS…(一)
この世界に転生してから十数年。チートみたいな魔法に触れて、憧れだった探偵道具を具現化させて、毎日が順風満帆……というわけではなかったけれど、それでもこの世界に生まれ変わったことは『前世で頑張った自分への神様からの贈り物』のように捉えていた。冤罪をかけられた時ですらそれは変わらず、『謎』を解くことをまるでゲームのように感じていた。
それはあまりにも都合の良い妄想で、この世界はそんな生易しいものでは無いと、そう気づいた時、今まで見えていた世界が一変した。
————————
扉が開く音が聞こえ、イザベルは顔を上げた。
ヒルデベルトがテーブルを挟んで向かいの席に座る。まるで今から取り調べが始まるようで少し緊張する。イザベルは先に自分から声をかけた。
「どうでした?」
「二人とも真っ先に自分達が被害者だと言っていた。まぁ、
暗にやりすぎだと言われ、イザベルは反省したような表情を浮かべる。反省はしているが、後悔はしていない。あの時、数秒でもヒルデベルトが来るのが遅かったらトリガーを引いていただろう。さすがにそれを口に出すのは止めておいた。
「そうですか。お二人の今後は決まったのですか?」
「オーマンは処刑。ナターリア嬢は例の修道院に入れることになったよ」
「妥当ですね」
「ああ。……後は彼女と話すだけだね?」
「はい、お願いします。……それと、できればもう一人一緒に呼んでいただきたい人物がいるのですが」
「もう一人……というと誰だい?」
ヒルデベルトにその名を告げる。しばらく黙った後、わかったと頷いた。
部屋を出ようと背中を向けたヒルデベルトを慌てて呼び止める。
「ヒルデベルト様。こちらを……例のお礼ですわ。ギリギリでしたので無骨な仕上がりになりましたが」
四角い大きめの箱を手渡す。ヒルデベルトは一度箱を開け、中を確認すると、感謝を述べ部屋を出ていった。
しばらくして、扉をノックする音が聞こえた。
返事をするとエーミールがコリンナを伴って部屋に入ってきた。エーミールを見るのは随分久しぶりな気がする。しばらく牢内にいたせいでやつれているように見えた。しかし、その表情はどこか憑き物が落ちたようにも見える。
最初にエーミールが口を開き、頭を下げた。
「イザベル嬢。今回は大変ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
イザベルの持っている扇子がみしりと鳴った。その表情は険しい。
「言いたいことは多々ありますが……まず何故、今回のことをあなたが謝るのかしら」
エーミールは己の発言がイザベルを不快にさせるとは考えもしなかったのだろう。エミーリアに夢中になるまでは冷静沈着が代名詞だったエーミールが狼狽えている。その態度もイザベルの癪に障った。
「それは……オーマンとナターリア嬢の犯行動機が姉上を思ってのことだと聞いたからです。あの二人が勝手にしたこととはいえ、こちらの事情であなたに迷惑をかけたことは間違いない。いや……迷惑なんて簡単な言葉で済ませられるものではない、と思います。なので、ゲデック家を代表して自分が謝るのが筋だと思いました」
一瞬エーミールがコリンナに視線を送り、まっすぐにイザベルを見据えた。コリンナは黙って口元を押さえたまま伏し目がちになっている。視線は合いそうにもなかった。
「そう。……はぁ。ふざけないでもらえるかしら」
イザベルの剣呑な視線と聞いたことも無い低い声にエーミールは固まった。何も知らない目の前の男の横っ面を張り倒したいのをグッと我慢する。
「あなたからの謝罪は聞かなかったことにします。直接関係の無い方に謝ってもらっても私は許す気にはなれないので」
イザベルの突き放すような言い方に戸惑いを見せるエーミール。イザベルはわざとらしく再び溜息を吐くとこれ以上話すのは無駄だとばかりに、エーミールから視線を外してコリンナを見た。
コリンナがゆるりと顔をあげてイザベルを見つめ返す。普段気丈にふるまっている彼女にしては珍しく弱々しい表情だ。イザベルは努めてやんわりとした声色で話しかけた。
「コリンナ様。オーマン様達の事残念でしたわね」
「ええ、本当に。まさか二人がこんなことをするなんて………イザベルになんて謝罪をしたらよいのか」
「姉上」
気づかわしげにエーミールがコリンナの背中を撫でる。イザベルもコリンナを労わるように言った。
「心中お察ししますわ。……まさか、一度に二人の駒を失うとは思っていませんでしたよね?」
残念でしたね? と小首を傾げて告げた。一瞬沈黙の後、コリンナは小首を傾げた。
「何のことでしょう? まさか、私が二人に命令したと思ってらっしゃるの?」
「まさか、違いますわ」
「よかった。イザベルとはヒルデベルト様をともに支えることになるのですもの。変な軋轢を招きたくはないわ」
「安心してください。誤解何てしていませんから……ただ、コリンナ様が
ふふとイザベルが笑うと、一瞬コリンナの顔からすとんと表情が抜け落ちた。瞬きをする程度の時間だったが、イザベルは見逃さなかった。イザベルに詰め寄ろうとするエーミールを制し、コリンナは戸惑いを浮かべながら尋ねた。
「やっぱり……何か誤解されているのね。何故そのように思ったのか聞いてもいいかしら? 私に直接言うくらいなんですもの。よっぽど自信があるのよね?」
先程までの弱々しい印象は消え、全く隙を見せなくなったコリンナに内心感心しながらもイザベルはもちろんと頷き返す。テーブルの上にあるものを置く。
「私が確信したきっかけはこのハンカチーフです。これのおかげで、全ての裏にあなたがいることが確信出来ました」
それは白いハンカチーフ。フィッツェンハーゲン家の紋章が刺繍され、Oのイニシャルが縫い付けられた物。
エーミールももちろんそのハンカチーフに見覚えがあった。クラーラがイザベルの罪を捏造しようとした証拠品。ただ、それがどうして己の姉と関係するのか全く見当もつかなかった。
イザベルはハンカチーフを手に取りイニシャルが見えやすいように広げる。
「一見するとわからないでしょうね。このOの文字をよく見ていただけるかしら?」
エーミールとコリンナが前傾して、食い入るように観察する。それでもエーミールにはイザベルが何を言いたいのかわからなかった。しばらくして、コリンナが思わずといったように息を洩らす。
「さすがコリンナ様、おわかりになったようですわね? このOの文字には一本だけ白とはほんの少し色味が違う糸が上から縫い付けられています」
言われてから再びよく見てみると、確かに違う色の糸が混じっていることに気がつく。
「この糸で縫われているところを見ると浮かび上がってくる文字は……」
「C?」
エーミールの口から零れた答えにイザベルが頷いて返す。でも、とエーミールは反論した。
「確かに姉上もイニシャルはCですが、それと直接繋げるのはあまりにも突拍子もない推論では? 他にも候補はいるはずです。そもそもこれが事件と関わっているかどうかも疑わしい」
「確かに、これだけの情報だとそう思えるでしょう。なので、黒か白かは、これから私が話す裏付けを聞いてから判断してください」
そう言ってイザベルはエーミールを、そしてコリンナを見て艶やかに笑った。
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