第十五話 まるで悪役のような

 コリンナは執務室に通されると部屋の中を見回した。室内にはティモとヒルデベルトしかいない。執務机で書類整理をしていたヒルデベルトが一旦ペンを置いてコリンナを見た。


「イザベルなら今日はいないよ」

「あら……特別なモノを手に入れたのでイザベルと、と思って持ってきたのですが。残念ですわ」

「特別なモノ?」

「ええ、こちらですわ」


 まだ休憩をする様子のないヒルデベルトに近づいて見せる。手にしていた包みをほどいた。中から出てきたのはまるで宝石箱のように装飾されたシュガーポット。蓋を開けると中にはバラの砂糖漬けが入っている。

 コリンナは一枚つまむとヒルデベルトの口元に運んだ。

 コリンナらしくない行動にヒルデベルトは一瞬目を瞬かせたものの口を開いた。舌の上に転がした瞬間、甘みとともにふわりとバラの香りが広がる。


「いかがですか?」

「女性受けする味だね」


 遠回しな回答にコリンナはクスリと笑う。


「コレはまた後日イザベルに渡すことにしますわ」

「それがいいね……そういえばオーマンはどうしたんだい?」

「オーマンは休みですの。何やら用事があるとかで……」

「かわりの護衛はつけていないのかい?」

「城内を歩くだけなら大丈夫かと思い、断りました」


 ヒルデベルトの目が諫めるように細まる。コリンナが気まずげに視線を逸らした。


「あのような事件があったばかりだ。万が一何かあってはいけない。ティモ、手配してくれ」

「承知致しました」

「もう、そんなに心配されなくても……。ヒルデベルト様がそうおっしゃるのなら従いますが。それよりも、今日も遅くなりそうなんですか?」

「ああ。まだしばらくは無理だろう」

「そう、ですか」

「コリンナ?」

「いえ、それではこれ以上邪魔をしてはいけませんので私はこれで」


 コリンナが出ていき、気配が遠ざかるとヒルデベルトは立ち上がった。


「行ってくる。ティモは先程言った通り手配を」

「護衛無しで行くつもりですか?」

「今回はバレたくないからね。ノインと行ってくるよ」

「仕方がないですね。無理はしないでくださいよ」

「ああ」



————————



 ヒルデベルトが城を抜け出すよりも少し前。イザベルは先日の非礼を詫びたいというナターリアの申し出を受けてユルヒフ邸を訪れていた。

 

 今回は前回と違い庭園に通された。バラモチーフのガーデンテーブルとチェアが二脚用意されている。すでに、ナターリアが座って待っていた。イザベルが現れると素早く立ち上がり頭を下げる。


「イザベル様、お越しいただきありがとうございます。先日は申し訳ありませんでした。コリンナ様から叱られて私も反省致しました。コリンナ様が認めた方になんて非礼をしたのかと……」

「まぁ、顔をお上げになって。間違いは誰にでもあるものですわ」


 どちらも白々しいトーンで述べる。互いに探りながら微笑み合う。ナターリアはイザベルの胸元のネックレスを見て強張った表情を見せたが、すぐに笑顔を浮かべイザベルに椅子に座るよう促した。


「そうだわ、お詫びも兼ねて珍しい紅茶を取りよせましたの」


 ナターリア自ら給仕をするようで紅茶の用意を始める。その手際は正直あまりいいものでは無い。ティーポットを支える手はよく見れば震えている。

 目の前にティーカップが置かれ、イザベルは勧められるままカップを手に取った。

 口につける寸前手を止め、じっと見つめるナターリアに首を傾げる。


「どうかされました?」

「あ、いえ、美味しく淹れることができたか不安で」

「でしたら、先に飲んでみてはいかが?」


 イザベルに提案され、ナターリアの笑顔が固まった。

 さぁどうする? と見つめていれば意を決したようにナターリアがカップを持ちグイッと飲んだ。しばらく間を置くとホッとした表情を浮かべ、イザベルに笑みを返す。

 飲むように促されたイザベルは再びカップを口元近くに運ぶ。覚えのある匂いがした。カップには多めの量が注がれている。コクリと一口飲む。ナターリアはイザベルが飲む間息を呑んで見つめていた。


「ずいぶんと、刺激的なお味ですわね」


「え……」

「あら、こう見えて私味覚には自信があるんですよ?普段試しているからか些細な味の変化にも気づいてしまいますの。この隠し味にも覚えがあります」


 途端に青ざめるナターリア。しかし、まだ勝算はあるはずと思い、立ち上がって叫んだ。


「気づいたところで飲んでしまえば同じよ。オーマン様!」


 背後に気配を感じて素早く立ち上がる。振り向きざま、異空間から取り出した銃を突きつけた。


 予想していなかった状況にオーマンは狼狽え立ち止まる。イザベルが手にしているのは最近正式に軍で使用され始めたばかりの魔道具『銃』だ。魔力を玉に変換して撃つことのできる殺傷能力の高い武器。オーマンは己の懐に手をいれたままイザベルと睨み合う。


「なぜ、おまえがそのようなものを持っているかは知らないが、ソレは素人が扱えるものではないぞ」


 あからさまな挑発にもイザベルは動揺しない。むしろ不敵に笑ってみせた。


「フィッツェンハーゲン家を甘く見ないことですわね。それに、コレは私用に作ったものなので心配ご無用ですわ。この距離なら間違いなく当てることができますから」


 オーマンの片眉がピクリと上がる。イザベルの言葉が真実か測りかねていた。

 沈黙が場を満たす中、最初に動いたのはナターリアだった。イザベルに捨て身で飛びかかろうとして、足を取られて転ぶ。

 イザベルの視線が一瞬ナターリアを捉えた。イザベルの隙を伺っていたオーマンが懐から短剣を取り出すと一気に距離をつめた。


 イザベルは躊躇なくトリガーを引いた。


 オーマンは何が起こったのか理解できなかった。気がついたら身体に衝撃を受け、床に転がっていた。身体中が痺れて動かない。

 少し離れた場所にある短剣に向かって懸命に手を伸ばすが、視界に入ってきたつま先に蹴り飛ばされた。


 続いて呻き声と倒れ込む音が聞こえる。顔を向けると自分同様に転がるナターリアが見えた。


 ヒールで地面を抉る足音が近づいてくる。

 見上げると一切の表情を無くしたイザベルがいた。その瞳の奥に浮かぶ明確な殺意にオーマンは己の死を感じた。


「その手で……殺したのね」

「な、にを」

「あなたが殺したんでしょ? クラーラ様達を」


「はっ……俺は当然のこ、とを」

「当然のこと? 彼女達が殺されて当然のことをしたと?」

「コリンナ様、の邪魔になるものは、俺が排除、する」

「そう……それが、それだけが理由? なら、あなたも殺されても文句は言えないわよね?」


 オーマンの頭部に銃口を向ける。


「そんな、玩具騙しで、殺せな」

「これは本物よ」


 オーマンが目を見開き視線を彷徨わせると、イザベルの左手にも銃があるのが確認出来た。

 嫌な汗がこめかみを流れる。

 イザベルの人差し指がトリガーにかかった。

 オーマンが死を覚悟して心の中でコリンナの名前を唱えた瞬間、慌ただしい足音が聞こえてきた。


「イザベル!」


 使用人が止めようとするのを無視して飛び込んだ先では、ヒルデベルトの予想と全く違う光景が繰り広げられていた。

 転がる男女二人に銃口を向けるイザベル。

 一見するとイザベルが悪役にしか見えない状況。


「一体何が…」


 ヒルデベルトが呆然と呟くと、後ろから追いかけてきた使用人がこの状況を目にして叫び声を上げた。

 イザベルは溜息を吐き、銃口を下ろした。

 その表情は残念そうにも、安心したようにも見えた。

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