第十二話 四面楚歌なお茶会
ナターリア・ユルヒフ伯爵令嬢は、数年前まで自他ともに認める『地味で冴えない少女』だった。
当時の彼女にとっては、小柄な体型も癖の強い髪もそばかすもコンプレックスでしかなかった。いくら周りが気にするなと言っても彼女の心には響かず、どんな誉め言葉も曲解してしまう。最初は同情心や親切心から声をかける者もいたが、頑なに心を閉ざす彼女に付き合いきれないと結局は離れていった。
しかし、そんなナターリアに転機が訪れる。コリンナとの出会いは、ナターリアが社交界から遠ざかろうとした頃だった。
ナターリアは『地味で冴えない少女』から『純真で可憐な少女』へと変わった。
狂信的なコリンナ信者となったナターリアは、非公式のコリンナ親衛隊を発足させ、日夜彼女の素晴らしさを布教させるべく紛争している。
そんな彼女にとって突然降って湧いた
――――――――――――――――――――
ナターリア主催のお茶会はほぼイザベルが想定していた通りのモノだった。
案の定、コリンナ親衛隊のメンバーばかりが揃っていた。
敵意剥き出しの視線を一身に受けたイザベルは、笑みを深めるとひとりひとりの顔を覚えるようにゆっくりと見回した。反応は面白いくらいに様々で、目を逸らすものもいれば、嘲笑で返す者、睨みつける者もいた。
ナターリアに
この中で一番爵位が高いはずのイザベルに話しかける者は誰もいない。お茶会はナターリアを中心に盛り上がっている。特段自分から会話に入る気もないイザベルは紅茶と食事を堪能していた。
痺れを切らしたナターリアがイザベルに話の矛先を向ける。
「イザベル様もそう思いませんこと?」
話題は『理想の夫婦』について。まさしくヒルデベルトとコリンナだ、とイザベルに認めさせる流れがすでに出来上がっていた。イザベルは否定することなく、にこやかに返す。
「ええ。私もそのように思いますわ」
「そうよね! なら、何故イザベル様は無粋な真似を続けているのかしら」
「まぁ……無粋な真似とは?」
ティーカップを置いてイザベルはまるで心当たりがないと首を傾げる。途端に鋭い視線がイザベルに突き刺さった。ナターリアは残念だと首を振る。
「イザベル様はもっと聡明な方だと思っていましたわ。ねぇ?」
ナターリアが周りに同意を求めると、水を得た魚のように彼女達は頷き、丁寧な物言いで包んだ嫌味を次々にイザベルへとぶつけた。一人を複数の力で叩き潰そうとする彼女達を前に、ふと前世の記憶が蘇った。こういうのって世界共通なんだなぁ……と、つい遠くを見る。
気も
「イザベル様聞いているんですか!? あなたのせいでコリンナ様が傷ついているって言っているんですよ!?」
「聞いていますから、どうか落ち着いてくださいませ。……聞いてはいましたが、あまりにも無意味な話ばかりをなさるのでどう返そうかと迷っていたのですよ」
わざわざ返事をするのも馬鹿らしいといった様子のイザベルにナターリアの目元が赤く染まる。
「なんですって?! あなたなんて、
「むしろこちらが言いたいですわ」
笑みを消したイザベルに先程まで騒ぎ立てていた令嬢達が固まる。いち早く我に返ったナターリアが負けじと口を開いたが、イザベルが先に言葉を続けた。
「
しばらく待ってみたが誰一人として反論するものはいない。ナターリアでさえ、悔し気に口を開いては結局閉ざしている。イザベルは溜息を吐いた。
「あなた達の理想をお二人に重ねるのは結構だけれど、それを押し付けるのはどうかと思いますわ。……度を越えた考えは身を滅ぼしますわよ。よくよく考えて発言なさることをオススメしますわ」
皆が沈黙し俯いている中、イザベルはケーキスタンドに乗ったチョコレートケーキを二切れ己の皿にのせる。実は最初から狙っていたのだ。今のうちにと堪能する。
イザベルが食べ終わった頃、ようやく令嬢の一人が口を開いた。
「ご、誤解ですわ。私はイザベル様の事を心配して言いましたのよ」
「私の心配?」
「え、ええ。第二王子に引き続き、愛の無い婚姻を押し付けられて辛いのではないかと心配でしたの」
令嬢が手を叩いて、あたかもイザベルの味方だと言うように友好的な笑みを浮かべる。いや、今更だろうと思ったが、何故かその令嬢にのるように数名の令嬢たちが同意し始める。
挽回しようと必死なのだろうが、フォローどころかさらにまずい発言をしている……とは気づいていないのだろうな。いっそ、未だに敵意を露わにしているナターリアの方が好感が持てる。
思わず淑女らしからぬ不快さを顔全面に出してしまう。こんなことまで指摘しなければならないのか。イザベルはそろそろこの場にいるのに辟易してきた。
「あなた方は未だに現実を見ていないのですね。政略的な婚姻になぜ愛を求める必要があるのかしら? 貴族でさえ政略結婚をするのが大半というのに、王家はそれが許されるとでもお思い?ましてや、決定権があるのはあくまで王家だというのに、一臣下が
ようやく理解した令嬢たちが青褪め震え始める。
「……それとも、ナターリア様がおっしゃったの? 『愛されもしない側室は可哀相』だとでも。貴方たちを通して私に伝えたかったということかしら」
イザベルの言葉に顔を真っ赤にしたナターリアが立ち上がる。イザベルの前まで歩いていくと仁王立ちになって叫んだ。
「あなたはコリンナ様のことを何も知らないからそんなことが言えるのよ! コリンナ様は女神のように優しい方なのよ! あなたのような下賎な考えを持つわけないじゃない! あの方は……いつも他人のことばかりで…そればっかりで……ふぇえぇえええん」
勢いで頬くらいは叩かれるかと思っていたが、まさか泣き始めるとは予測できずギョッとする。他の令嬢が集まってナターリアの背中を撫でる。
「そうですわ。あの方がイザベル様を悪く言うなど決してありません。だからこそ、私達が言うのです」
「あの方にこそ幸せになってほしいのに」
「コリンナ様は今もクラーラ様が亡くなったことを引きずっていらっしゃいます。もっと自分が気にかけていればと……しまいにはヒルデベルト様にも粉をかけていた女のことまで気に病まれて……。何故コリンナ様があんなに苦しまなければならないの? これ以上、あの方を傷つけないでよ!」
泣き叫ぶようにつめよるナターリアの勢いに負けてイザベルが1歩足を引いた。
冷静ではない彼女に今は何を言っても通じないだろう。どうするべきか。
ナターリアを囲んでいる令嬢達から再び非難の目を向けられる……これでは完全に私が悪役だわ。とりあえずこの場をなんとかせねばと打開策を練っていると凛とした声が聞こえた。
コリンナがティモを連れて現れた。これにはイザベルも驚く。
動揺したナターリアは青を通り越して真っ白な顔になる。
「コ、コリンナ様何故?」
「とある方からあなたがイザベルを茶会に招いたとお聞きしたの。もしやと思ってきたのだけれど……ナターリア、私は怒っているわけではないのよ。皆のことも。あなた達の気持ちは嬉しい。けれど……こんなことをしてはいけないわ。私がはっきりと言わなかったから悪かったのね。私はね、他の誰でもなくイザベルが側室になって、ホッとしているの。彼女となら
コリンナがイザベルの横に立ち微笑みを向ける。コリンナにそう言われてしまえばナターリア達が言えることは何もなかった。イザベルに小さく謝罪を述べ、頭を下げる。
「イザベル。このようなことになって申し訳なかったわ」
「いえ」
「ティモ。彼女を先に馬車へと連れて行ってあげて」
ティモに促され、イザベルはお茶会を後にした。部屋を出る際、後ろを振り向くと隙間からコリンナに抱きしめられているナターリアが見えた。
イザベルは馬車に乗るまで終始無言だった。
馬車に乗り、ティモが鍵をかけるとようやくイザベルは張り詰めた空気を口外へと吐き出した。
「見事だったわね」
「さすが王太子妃様といったところでしょうか」
ティモと頷き合いながら、そういえばと疑問を口にする。
「オーマン様は?」
「今頃ヒルデベルト様に適当な仕事を押し付けられているはずです」
「なるほど、ヒルデベルト様の差し金だったわけね。……酷な事を」
「最適任者が彼女でしたからね……それとも、ヒルデベルト様を連れてきた方がよかったですか?」
「まさか! さすがにそうなったら私はあの場から逃げ出していたわ。そうね、あなたを連れて駆け落ちでもしていたかもね」
「それは私も嫌なので止めておいて正解でしたね。……で、どうだったんですか?」
「んー……色々あったけれど、参加した甲斐はありましたわ。コレ、お留守番中の方にお土産」
「それは……楽しみですね。ああ、こちら主からです」
イザベルが胸元のブローチをティモに渡す。ティモから渡されたモノをイザベルが素早く異空間へと放り込むと同時に馬車の扉が開いてコリンナが入ってきた。コリンナが座りやすいように少し横にずれる。前に座っているティモと目が合った。
ティモの前で異空間を開いてしまったことに気が付く。――――やってしまった。
イザベルは公爵家に送られる道中、コリンナとたわいない会話をずっと交わしていたが、その間中横顔に穴が空くのではという熱視線を受けて内心泣いた。
フィッツェンハーゲン家に到着すると、挨拶も早々にイザベルは馬車を降りて足早に帰宅した。
着替えもせずダイブしたベッドの上でイザベルは唸っていた。
ティモから渡された手紙には、お忍びデートのお誘いが書かれていた。おそらくそこで情報のすり合わせでもするのだろう……。
「これ、逃げられないやつ」
パタリ、とイザベルはそのまま力尽きたのだった。
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