第八話 王太子は侮れない

 通常の出勤よりも早い時間帯、国王を中心に内密な話し合いが行われた。

 国の中心を担う彼らの中に、己の子供という理由で甘い判断を下す者は一人もおらず、結論は早々に出た。


 ラースの王位継承権は剥奪。離反の意思は無いという意思表示の為、男爵位と王都の外れにある領地を与え、再教育が終わるまで王都への立ち入りを禁止。これを承諾しない場合は、離宮にて幽閉することが決まった。

 エーミールは現王太子妃の弟ということもあり、公爵家から籍は抜かないものの次期当主からは外し、生涯一文官としてこき使われる未来が確定した。

 他の取り巻き達は廃嫡とし、寮付きの傭兵として働くか、ただの平民として市井に下るかを選ばせることになった。


 今回の主犯格の一人、クラーラは事情聴取の際に自分から規律の厳しい修道院に入ることを申し出て、これを国王が認めた。エミーリアもクラーラと同じ修道院へ入れる予定だったが、反省の色が全く見られなかった為、罪人用の施設へ入れることになった。

 これらの決定はヒルデベルトから各々に告げられた。

 そして、その翌朝エミーリアとクラーラの死体が発見されたのである。

 学園にも捜査の手は伸び、そのため学園はしばらくの間閉鎖となった。また、ラース達も事件の詳細が明らかになるまでは牢内に留め置かれることになった。



————————



 第一発見者は日勤の牢番だった。

 交代の時間にいつも通り交代の場所へと向かったが、いくら待っても夜勤の牢番が来ないことを不審に思い、探すことにした。

 夜勤の牢番は女性用の牢の前で心臓を一突きされ死んでいた。周囲を確認すると、エミーリアの牢が開いたままになっていることに気が付く。中には誰もいなかった。慌てて他の牢も確認すると、クラーラの牢内で二人が死んでいるのを発見した。

 おそらく、エミーリアが牢番を誘惑でもして油断したところを剣を奪い刺殺。その後、クラーラの牢へ入り、刺した。しかし、クラーラはすぐには死なず、反撃にあいエミーリアも刺された。結果、出血多量で二人とも亡くなった。というのが、第一発見者の推論だった。


「昨晩、エミーリア嬢がクラーラ嬢に罵詈雑言を浴びせているのを聞いたという証言があった。辻褄があうといえばあうのだが……どうも、私は納得がいかない。この手紙のことを踏まえると尚更ね。イザベル嬢はどう思う?」

「そうですわね……直接現場を見たわけではないので確言はできませんが。エミーリア様が殺しに慣れていたとは思えません。そんな女性が、一晩で二人を殺すなど大それたことができるでしょうか。さらに言えば、一人目の牢番を心臓一突きで殺し、二人目クラーラ様には反撃にあい自分が刺された。というのもやはり、不自然さを感じますわね。考えれば考える程、私にはどうしても冤罪事件も含めて、裏があるように思えてなりません」

「その根拠、……手紙に書いてあった『気になる点』について聞かせてもらえるかな?」


 もちろんだと頷く。

 冤罪事件の際に、気になったのは二点。杞憂ならば良いと思っていたが……。


「一つは、エミーリア様とクラーラ様がやり取りをしていた手紙についてです」

「何か怪しい点があったかな? 筆跡鑑定では本人の直筆だと出たけれど……イザベル嬢はまだ実物を見てはいなかったよね?」

「ええ。私が気になったのは手紙の内容でも字でもありません。受け渡しのについてです」


 ヒルデベルトはイザベルの指摘に瞠目した。顎に指を当て思案する。ヒルデベルトの後ろでティモも何やら考え込んでいるようだった。


「……なるほど、確かにそうだ。学園で交流を持っていなかったはずの彼女達がどうやってやり取りをしていたのか……その点について調べはしなかったな。確か、影からの報告にはそれらしき動きは載っていなかったはず」

「けれど、実際に彼女らは手紙のやり取りをしていた。誰にもバレない方法が二人の間にはあったはずです。それと、クラーラ様を含む関係者の皆様の言動も気になりました」

「調書を読んだだけでも、頭がおかしいとしか思えなかった挙動のことかな?」


 ヒルデベルトの明け透けな物言いに、今度はイザベルが驚く。

 温厚で柔和な方だと思っていたけれど、やはりそれだけではないのね。

 元婚約者の事を安易に肯定するわけにもいかず、わざとらしく咳ばらいをして話の続きに戻った。


「(心辺りがありすぎて)どのことを言っているのかはわかりませんが…。『第二王子とその取り巻き達が自分達が次期国王とその側近だと吹聴していた』ことについてです。これまで、ラース様に傲慢な様子が全くなかったとは言いませんが、あそこまでではありませんでした。いくら恋愛に浮かれているからといって、一歩間違えれば反逆者になるような言動をするでしょうか? クラーラ様にしても、エミーリア様の申し出に簡単に乗るような方ではないはずです。彼女の恋慕が動機なのは事実だと思いますが、それ以外に何か加担しても良いと思えるような理由があったのではないか……と思うのです」


 イザベルはクラーラが冤罪事件に関わっていると気が付いた後も彼女の事を嫌いにはなれなかった。彼女が思う気持ちは理解できなくもなかったし、何か理由があるとも思えたからだ。

 エミーリアに対しても不快には思ったが、死んでほしいとは思っていなかった。


 ティモが新しく淹れてくれた紅茶を飲んで一息つく。ふと視界に入ったカップを握る手が震えていることに気が付いた。

 存外、自分は動揺しているようだ。恐怖からか、はたまた不安か怒りか……

 どちらにしろ、私は必ず————に辿り着いて見せる。そう思えば手の震えが止まった。

 カップをソーサーに戻し、ヒルデベルトからの視線を真っすぐに受け止めて返した。


「彼女たちの裏に別の誰かがいた可能性があると考えているんだね。そして、その人物によって彼女達は口封じにあったと」

「はい」

「わかった。その線で一度調べてみよう」


ヒルデベルトが後ろにいたティモに視線を送ると、ティモが目礼して返した。会話の終わりが見え、イザベルは慌ててお願いをする。


「私もその捜査に参加させてください。できれば、現場も見てみたいです」

「あまり女性が見るものではないと思うけれど」

「諦めてください。今回の件、私はもう引くつもりはありませんから」

「そこまで言われては仕方がないね。……まぁ、元よりそのつもりだったけれど、ね」


 ヒルデベルトのアルカイックスマイルがイザベルには腹黒いものにしか見えなくなった瞬間だった。同情するようなティモの溜息が耳に入り、イザベルは早くも少しだけ後悔しそうになった。

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