第六話 これにて一件落着……?
イザベルが目の前に立っているというのに顔を上げる事は無く、ただ身体を震えさせている。
そんなに怯えるのならば、最初からしなければいいのに。まるで私が加害者のようではないか。
「そうですわよね……クラーラ様」
名前を呼べば大きく身体を揺らし、恐る恐るといった風に顔を上げる。普段は物静かで表情をあまり露わにしない彼女が今は縋るような表情を浮かべていた。
クラーラは一度口を開きかけたが、諦めたようにイザベルから視線を逸らし、辺りを見回す。
クラーラの母、カサンドラは予想していなかった展開に戸惑い夫を見たが、己の夫が冷たい視線で自分達を見つめていることに気が付き茫然とした。
すでに父親には何らかの情報がいっていたのか。そうだとしても、こうも簡単に家族を見捨てられるのかと思うと思わず同情してしまう。————許すつもりはないけれど。
「おかしいですわね。クラーラ様にハンカチーフをお渡ししたのは私が謹慎した後の事です。証拠として提出できるはずがないですわ」
「クラーラ嬢、イザベル嬢が渡したというハンカチーフは持っているのかい?」
「それは……」
「アーベル伯爵、クラーラ嬢の部屋を確認させてもらうが、いいね」
ヒルデベルトの言葉にクラーラの父、ヴォルフラムはちらりと己の娘を見た。娘は黙って見つめ返してくるのみ。ヴォルフラムは溜息を吐き一度目を閉じた。突如、クラーラが膝をつき勢いよく頭を下げる。
「申し訳ありませんでした! その証拠品をすり替えたのは私ですっ」
「なぜ、そのようなことを?」
「……最初に提出された証拠品がイザベル様のものではないとわかっていたからです。……その、明らかに素人がした刺繍でしたので」
クラーラの言葉にエミーリアが顔を赤らめて睨んでいる。
「それはつまり、イザベル嬢の罪を捏造したということかい?」
「はい……」
「イザベル嬢とあなたは友人だと聞いていたが」
「……。エミーリア様から言われたのです。イザベル様とラース様が婚約破棄すれば、エーミール様は返すと」
衝撃的な発言に皆の視線がクラーラからラースに抱かれているエミーリアに移る。
「な、なにを言ってるの?あ、あんた、頭おかしいんじゃないの?!」
エミーリアはクラーラを睨みつけ吠えるが、すでに己の末路を悟ってしまったクラーラは躊躇うことなく自白し始めた。
「エミーリア様に言われてイザベル様の髪色に似たウィッグを被って賊に会い、依頼しました。学園内での虐めの大半もエミーリア様に言われてイザベル様がしたように見えるよう私が行いました。学園内ではエミーリア様とは直接顔を会わせずに手紙でやりとりをしていました。その時の手紙は全て家にあります。部屋の机の引き出し二段目です」
それだけを告げるとクラーラは頭を下げ、沈黙した。
「至急手紙を取りに行き、筆跡鑑定にまわすように」
「っ罠よ! これは私を陥れるためイザベルとクラーラが手を組んだんだわ!」
「見苦しい」
今まで黙って聞いていた国王が嘆息しながら遮った。何とか弁明しようとするエミーリアの口を慌ててラースが塞ぐ。
「さすが複数の男達を手玉にとった女よ。引き際が相当悪いとみえる」
国王から指示された宰相が束になった書類をラースに渡す。ラースは嫌な予感がしながらもそれを受け取った。
「これは?」
「ラース様とイザベル様、それとそこの娘につけていた影からの報告です」
「は?」
「ラース様、イザベル様には元より学園内、及び公務の際には監視と護衛をかねた影をつけています。ラース様がソレと懇意になってからはソレにも素性及び素行を調べる為、影をつけていました」
「お前達が言っていた
国王に言われて、ラースは手にした書類に目を通す。エミーリアはその書類に必死に手を伸ばしたが、護衛に拘束され、ついでとばかりに猿轡もされてしまった。
書類の内容はラースにとって到底信じられないことばかりだった。
エミーリアから聞いた『イザベルの悪事』は見当たらず、反対にエミーリアの自作自演について詳細が記載されていた。何よりも衝撃だったのは……
「嘘だ、こんなのは、違う。こんなのはエミーリアではない。俺だけだと……俺だけを愛していると言っていたエミーリアが俺以外と……それも、おまえらと関係を持っていた? テストを融通してもらう度に教師に身体を売っていたなんて……そんな汚い……娼婦のような真似をエミーリアがするはずない! そうだよな?!」
ラースはエミーリアににじり寄り、捲し立てる。あまりの剣幕にエミーリアは怯え、身を捩って後ずさろうとするが拘束された状態では逃げる事も叶わない。エミーリアの取り巻きと化していた側近達も同じく衝撃を受け、ラースを止める事もできずに青ざめ立ち尽くしていた。中には自分だけではなかったのかと壊れた様にぶつぶつと呟いている者もいる。
イザベルは目の前で起きている修羅場を前に扇を広げ口元を隠すと、その場にいる全員をじっと観察した。
聞くに堪えなくなった国王の咳ばらいで一同が沈黙する。
ヒルデベルトは苦笑しながらも的確に指示を出した。
一連の当事者達はラースも含め、反省させる為王家の地下にある牢屋に一晩入れると告げ、衛兵につれていかせた。
クラーラは連れていかれる中、コリンナの前で一度止まると頭を下げた。コリンナが義理の妹となるクラーラを可愛がっているという噂はこの場にいる皆が知っていた。
コリンナは悲しそうに目を伏せ、クラーラとエーミールが連れていかれるのを見送った。
イザベルの前を通る際、クラーラは顔を逸らしたまま通りすぎていった。イザベルも声をかけることはしなかった。
沈黙が場を満ちたが王がこの場の解散と、今後の話をする為に当主は明日もう一度登城するようにと伝えた。
次々と退出する中、イザベル達もその場を後にしようとしたが、王に話があると言われ皆が出ていくのを見送る。
ヒルデベルトも残ると言い、先にコリンナを退出させた。ヒルデベルトは王族としてこの場に残って事の終わりを見届けるつもりらしい。
数歩下がった位置に控えたヒルデベルトに王は視線だけをやったが何も言うことはなかった。
王は改めてフィッツェンハーゲン家と向き合うと王妃とそろって頭を下げた。
「お、おやめ下さい! 王がそのように簡単に頭を下げてはっ」
父とイザベルが慌てるが、ゆるゆると王は首を横に振った。
「一人の親として言わせてほしい。このようなことになって、すまなかった。私は王としても一人の父親としてもイザベル嬢に申し訳ないと思っている」
「私も同じ思いです。イザベルの事は今でも本当の娘のように思っています。そのあなたを、自分の息子が傷つけてしまった。母親としてとても申し訳ないと思うと同時にあなたと家族になれない事がとても悲しいわ」
国王と王妃からの言葉にイザベルの涙腺が緩む。イザベルはラースとの未来を想像することはできなかったが、国王と王妃に対しては違った。それが自分だけではなかったと分かって、これまでの年月が無駄ではなかったのだと思えた。
王と父との間で正式にラースとの婚約解消が決まった。
ホッとしたイザベルは思い切って今後結婚しなくてもよいかと尋ねてみたが、王と父の表情をみてすぐさま取り消した。
ならば、と王城内にある図書館の自由閲覧継続の許可を申し出た。
結果、王はイザベルに結婚相手を自由に選べる権利(国内の相手に限る)と図書館の自由閲覧を許可した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます