第五話 イザベルVSラースと愉快な仲間達(二)

 フィッツェンハーゲンの家紋が刺繍されたハンカチーフは一同に衝撃を与えた。

 手ごたえを感じたエーミールは、演説さながらの語りでイザベルを追い込んでいく。



「そちらの家紋はヒルデベルト様もご存じのとおりフィッツェンハーゲン家の家紋。そのハンカチーフはエミーリア嬢を襲った賊が持っていたものです。依頼を受けた際、身分証明の代わりにとそちらを渡されたそうです。その賊から聞き出した依頼人の特徴もイザベル嬢と一致していました」



 ふむ、とヒルデベルトはハンカチーフを片手に思案する。

 周囲はイザベルも含め、沈黙を保ったまま二人の話を聞いている。



「一致するその特徴というのは?」

「『紫がかった銀色の髪』です。瞳の色はあいにくフードを被っていたので見ていないそうですが、容疑者の中でその特徴と一致したのはイザベル嬢以外いませんでした」



 イザベルの髪色はフィッツェンハーゲン家の血筋に現れる特殊なものであり、この証言を聞いた時からラース達はイザベルが犯人で間違いないと確信していた。



「髪色とハンカチーフか、確かに『証拠』と言ってもいいかもしれないね。イザベル嬢は何か反論はあるかな?」



 イザベルは狼狽えることなく、むしろ、薄く笑みを浮かべ頷いた。イザベルを追い詰めたと思っていたラース達に動揺が広がる。

 そんなラース達を横目にイザベルは持っていた扇子を閉じ、ハンカチーフを示した。



「反論、ありますわ。そのハンカチーフ私のものではありませんもの」

「何を戯言を! そのハンカチーフの持ち主は間違いなく貴女のはずです! そのハンカチーフを証拠品とは伏せてクラーラ嬢に見せたところ、確かにイザベル嬢の物だと頷いたのですから!」



 エーミールの発言により、一斉にクラーラに視線が集まる。クラーラは思わず一歩後退った。慌てて隣にいた母親が背中に手を当て支える。

 イザベルはクラーラを一瞥しただけで何も言わず、再びエーミールに向き直ると否定の言葉を口にした。



「そうは言われましても、違うものは違います」

「なぜそう言い切れる!」



 痺れを切らしたラースがヒルデベルトの手から強引にハンカチーフを奪い取り、イザベルの目の前に家紋が見えるように突き出す。イザベルは仕方がないというように首を横に振ると説明を始めた。



「これは我がフィッツェンハーゲン家のみで行っていることなのでラース様が知らなくても仕方がないことですが、……フィッツェンハーゲン家が魔道具専門の商会を立てていることはご存じですよね? 常に新しい魔道具を開発していることも」

「馬鹿にしているのか?! 知らないやつの方が少ないだろう! それとこれと何が関係あると言うんだ!」

「フィッツェンハーゲン家は他商会はもちろん、多方面から探りを入れられ、常に狙われていますわ。盗難にあうなんてしょっちゅうですの」


 イザベルはほとほと困っているのだというように頬に手を当て、溜息をつく。ラースはそんな言い訳を通用しないと鼻で笑った。


「これが、盗品だとでもいうのか」

「いいえ、そうではありません。つまり、何が言いたいのかといいますと、我が家の持ち物にはいつ盗まれても良いように盗難防止の魔法をかけているということです。例えば、私や母が持っているハンカチ―フはただのハンカチーフではなく物理・魔法耐性がかかった物なのですが」


 話を聞いていた王妃が興味深げに前かがみになる。気が付いたイザベルは思わず説明の途中にも関わらず商売用の笑みを浮かべ頭を下げた。


「なお、今のところ商品化はしていませんので、個人的に入用の方は後程お声掛けください。……話を戻しますが、盗難防止の魔法というのは自分の意志で手元に戻すことができるものです。つまり、もしソレが本当に私の物であるならば証拠が残るように放置はせず、手元に戻しています。ちなみに、ハンカチーフに使用している刺繍糸は魔法糸なので、見る人が見れば含まれている魔力で誰が縫った物かもわかります」


 ヒルデベルトに渡して見せれば、家紋に使用されている糸を鑑定して納得したように頷いた。


「確かに、これには魔法がかけられているね。魔法糸に含まれている魔力もイザベル嬢のものだ」

「ええ。ですからラース様が今持っているソレは私の物とは違いますわ」


 ラースは自分が持っているハンカチーフを慌てて確認するが、その刺繍は普通の糸にしか見えない。何度確かめてみても魔力は一切感じられないただのハンカチーフだった。


「そ、そんなはずは「ですが」」



 狼狽えるラースの言葉をイザベルの鋭い声が遮る。



「私、そのハンカチーフ……不思議なことに心当たりがありますの」

「そうなのかい?」



 ヒルデベルトに発言を促されたイザベルは一度言い辛そうに目を閉じた後、細く息を吐き出すとまっすぐにヒルデベルトの目を見つめた。



「先日、孤児院の子供達が見舞いに来てくれましたの。その時に、フィッツェンハーゲンの家紋を縫ったハンカチーフをいただきました。以前、刺繍の練習用にと我が家の家紋を縫うやり方を教えたことがあったのですが、上手にできるようになったからと報告もかねて持ってきてくれたのです。孤児院では練習用のハンカチーフには端の方に白の糸で作成者のイニシャルをいれています。ほら、こちらにもありますわ。そして……このハンカチーフは、先日ある方にお貸ししたはずなのです」

「ある方?」



 ゆっくりとイザベルは一同を見渡して、ある人物の方へと足を進めた。



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