第四話 イザベルVSラースと愉快な仲間達(一)

 数日後、フィッツェンハーゲン家に王城へと登城するよう召喚状が届いた。

 この日の為にとイルゼが専属のデザイナーに作らせたドレスを身に纏い鏡の前に立つ。新しいドレスは今までの年齢に合わせたふわふわひらひらとしたものとは違い、シンプルだが身体のラインを際立たせるイザベル本来の魅力を最大限に活かしたものだ。

 鏡に映り込んでいるイルゼは満足げに頷いていた。


 馬車の前にはすでにヘンドリックが待っていた。イザベルのドレス姿を目に入れたとたん険しい表情に変わる。今までとは系統の違う装いとはいえ、自分でもなかなかな仕上がりだと思っていたイザベルはヘンドリックの表情に戸惑う。

 もしや、男性受けはよくないのだろうか。


「……私が良いというまではこれを羽織っていなさい」


 執事長からストールを受け取ったヘンドリックがそっとかけてくれる。

 複雑な表情を浮かべているヘンドリックの気持ちが何となく伝わってきて、素直に頷いた。




 ————————




 王都内にある屋敷から王城まではわりと近い。最近話題になっているカフェについて話している間に到着してしまった。

 馬車を先に降りたヘンドリックが手を差し出し、イルゼを、次いでイザベルを順番に降ろす。

 イルゼは安心させるようにイザベルの背中に優しく手を当てると、進むよう促した。一見娘を心配する優しい母親だが、その目は今から獲物を狩るハンターそのもの。イザベルの顔が別の意味で引きつった。


「お母様。ここは私に任せてくださいね」


 念の為、釘を刺しておくとイルゼは一瞬きょとんとした後、普段の淑女らしいたおやかな微笑みを浮かべて頷いた。


 てっきり応接室にでも通されると思っていたが、そのまままっすぐに謁見の間へと通された。扉の前でヘンドリックにストールを取るように言われ、外で控えていた騎士に預ける。

 ……胸元に視線を感じたのは気のせいだと思っておこう。父の険しい目つきも気のせいだ。

 何とも言えない雰囲気の中、イルゼだけが満足気に微笑んでいる。


 扉が開けられ、室内をすばやく確認すると、なるほど、今回の関係者が全員すでに揃っていた。王座の最前列までの道がぽっかりと開いている。様々な方面から視線を感じたが、気にせずゆったりと足を進める。

 悔しそうな表情を浮かべているエミーリアが視界の端に映ったが、存外何も思わなかった。

 王と王妃に対面し、両親にならって挨拶をする。


「今回の召喚は公式なものではない。長ったらしい挨拶は省こう。第二王子から申告があった『エミーリア嬢殺人未遂事件』についてだが、エミーリア嬢が貴族裁判にはかけなくても良いと言っている。だが、イザベルに疑いがかかっている以上、真相を究明しなければならない。故に、関係者全員とその親には来てもらった。進行は王太子に任せる」


 王の発言に一瞬会場がざわりとなるが、鋭い視線を向けられ皆が黙る。一同が沈黙したのを確認すると王太子に視線を向けた。中央に王太子ヒルデベルトが進みでた。


「まずは、改めて今回の事件について確認しておこう。今回問題となっているのはエミーリア嬢が賊に襲われたこと、についてで良いね」

「はい。エミーリアは、イザベルが雇った賊により襲われました。偶々居合わせた私達の手により助け出せたものの……これは到底見過ごすことのできない犯罪です」


 ヒルデベルトからの質問に、ラースがイザベルを睨みつけたまま頷く。


「そうだね。特にイザベル嬢は王族の婚約者として淑女の見本とならなければいけない人物だ。もし、これが真実だとすれば当然婚約は破棄、さらには王家に泥を塗ったとして公爵家にもそれなりの対応をしなければいけない。しかし、もし、真実ではなかったとしたら……わかっているよね」

「もちろんです。我々は確たる証拠を手にした上でイザベルの罪を告発しています」

「そう。では、まずはイザベル嬢が犯人だという根拠を述べてもらおうか」

「それについては私が」


 宰相の息子であり、王太子妃の弟でもあるエーミールが進みでた。エーミールはエミーリアと視線を合わせると、大丈夫だというように頷く。それを見ていたクラーラが睨みつけんばかりの険しい表情をエミーリアに向けた。エミーリアがびくりと震え、ラースに身を寄せる。

 貴族女性達が思わず顔を顰めるが、エミーリアはそちらには気がついていない。

 ラースはクラーラを睨みつけ、安心させるようにエミーリアの肩を抱いた。その様子を見ていたヒルデベルトは薄く笑みを浮かべる。


「イザベル嬢は常日頃、学園内でもエミーリア嬢を目の敵にして虐めを行っていました。例を挙げますと取り巻きを使いあらぬ噂を流し、ノートや衣服を破損させ学園生活の邪魔をし、さらには直接呼出し暴力をふるったこともあるようです。腹立たしくも、どれも目撃者はおらず証拠不十分とはなっていますが、実際に被害が出ているのは教師も確認しています」

「証拠不十分ならばイザベル嬢がしたとはわからないよね」

「はい。ですが、エミーリア嬢に暴言を吐いていたところは多くの生徒が見ていました」

「ほう、暴言を?」

「ヒルデベルト様、発言してもよろしいでしょうか」

「ええ、どうぞ」


 イザベルはヒルデベルトに許可をもらうとエーミールの方に向き直し、小首を傾げ言った。


「私が言った暴言というのは『婚約者のいる男性とばかり一緒にいるのはエミーリア様の為にはならない』と言ったことでしょうか」

「え、ええ、そうです」


 いつもとは違う妖艶な雰囲気を纏っているイザベルに見惚れたエーミールは一瞬言葉に詰まりながらも頷いた。貴族女性達が再び空気をぴりつかせる。だが、エーミール達はそのことに気づかず、未だ不敵に笑っている。


「それのどこが暴言なのでしょうか。どちらかというと悪くて忠告。よくて、助言だと思うのですが」


 彼らの母親達もその通りだと頷いているが、彼らはまたもやそのことに気づかない。

 エーミールが口を開くよりも先に、ラースがイザベルに向かって吐き捨てるように言った。


「暴言だろう! 私が許可したことに異を唱えているのだからな!」

「……なるほど。つまり、ラース様はエミーリア様がそのような女性と見られても良いとお考えでしたのね。それならば、たしかに私の言ったことは余計な事ですわね」


 ラースのあまりの言い分にこめかみを押さえたくなるのを我慢して、溜息交じりに言う。同様にヒルデベルトも溜息を吐いていた。王も王妃も苦虫を噛んだような表情をしている。


「ラース。それは王族としても、一人の男性としてもどうかと思うよ」

「兄上。何を言っておいでですが、私がいいと言ったのだから」

「それが問題なんだよ。それではエミーリア嬢があまりにも可哀相だ。皆から娼婦を見るような目で見られても喜ぶような子ならそれでいいかもしれないが……。これでは虐めにもあうのも仕方がないね」

「なっ!? 私はそんなつもりはっ」

「だって、そうだろう?学園は学ぶ場であり、社交を繋ぐ場でもある。平民の彼女の立場ならば将来の為にも建設的な関係を結ばなければならない。お前達と関わるのはとても建設的とは言えないね。むしろ、将来は無くなったと言ってもいい」

「そんなはずはありません! 私たちの立場があれば彼女には良い思いをさせてあげられるはずです!」


 ラースは依然として自分の非を認めようとはしない。ヒルデベルトはそんな弟に対して険しい表情を向ける。


「愛人として? 君たち専属の娼婦とでもするのかい? ……婚約者を奪った女性という立場は敵をつくりやすい。これから彼女は例えおまえ達の誰かに嫁いだとしても社交の場で受け入れてもらえないだろうね」

「そんなことはありません! 彼女はとても素敵な女性でっ」

「それをおまえ達以外の誰が知っている?」

「それはっ」

「彼女の将来を思うのならば、彼女を囲うのではなく、他の者達とも仲良くするように上手く誘導してあげるべきだった。エミーリア嬢も婚約者のいる男性ではなく、婚約者のいない商会の跡取り息子あたりと仲良くするのがベストだったと思うよ」

「でも、そうだとしても! 彼女の命を脅かしていい理由はない!」


 周りの冷たい視線をようやく感じ取ったラースが焦ったように叫ぶ。ヒルデベルトは険しい表情を和らげ、頷いた。


「その通りだ。それで、イザベル嬢が犯人だという証拠は?」

「これです」


 勢いを失った彼らの中から、エーミールは何とかこの劣性な雰囲気を壊そうと起死回生となる決定打モノを差し出した。

 ヒルデベルトが白いを広げるとそこにはフィッツェンハーゲン家の家紋が縫い付けられていた。

 イザベルの片眉が上がる。ようやく反応を見せたイザベルを目にし、ラースの顔に笑みが浮かんだ。



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