第28話 ノーマンズ・アーミィ
復活したコリウスの宣言に、ターシャ達は即座に対応した。
「護衛騎士団総員抜剣せよッ!! 残りは援護しろッ!!」
「パースっ! お母様と避難を!」
「分かったっ! 義母さんは――」
「――立て直す暇なんて与えねぇよ!! 再び立ち上がれ我が軍団よ!!」
コリウスがそう叫んだ途端、黒い靄が彼から発生する。
その靄は倒れた兵に取り付き、兵はのろのろと立ち上がった。
それだけではない、その場に体を見つけられなかった死者は、透けた姿で姿を現して。
「…………いやバカ殿下? 私達は従いませんよ?」
「は?」「え?」「うん?」
数々の戸惑いの声があがる、幽霊兵に切りかかろうとしていたニカも剣を止めて。
「ちょっと待てテメェら!! 誰のお陰で復活した思うんだ!! この場でパースリィを殺すんだよッ!!」
「殿下? 殿下はバカなのですか? こんなに徹底的に負けて、しかも相手は王国を救ったイキシアの死神、いやイキシアの戦女神ですよ? 彼女の功績には誰もが感謝しています。その彼女と、夫となる帝国の皇子を殺せなどと……なぁお前等、戦いたいか?」
仮初めの復活をした指揮官は、同じく幽体の部下達に問いかける。
すると彼らも、コリウスに呆れながら頷いて。
「そもそも、戦女神様を追い出した殿下が悪いのですし」
「殿下が、ちゃんとナスターシャ様を捕まえていればなぁ……」
「そうだそうだ、そうすればボクらだって死なずに故郷に帰れたのに」
「というかさ、この期に及んで力の差を理解してないのか? 俺達の練度じゃ帝国兵でも精鋭揃いの皇室護衛騎士団に勝てる訳ないじゃん」
「だって俺達って殿下の祝福の影響を受けてるじゃん、ならナスターシャ様のお力に触れただけで天国行きさ」
「~~~~~~~~ッ!? テメェら何をぬかしてるんだッ!! 戦えッ!! 戦うんだよッ!! どうして命令を聞かないんだッ!!」
地団駄を踏むコリウスに、フィローソウが興味深そうに言った。
「そういう事ね、ええっと……アタシの可愛いターシャを虐めていたバカ王子だったかしら? アンタ勘違いしてない?」
「オレが勘違いだとッ!?」
「そうよ、アンタの力は死者の魂に関わる事かもしれないけど……死者だってこうして一時的にでも蘇れば意志が戻るのよ? その力は支配する力じゃなくて、死者と交流する為の力よ。その上で戦って貰えるかどうかって話よ」
「何だとッ!?」
「あー……、残念だったね? じゃあ死者達よ、誰かコリウス王子に協力しようって人は? 誰か一人ぐらい居るでしょ、忠誠を誓った部下とかさ」
パースの問いに、彼らは顔を見合わせる。
そして指揮官を中心に囲み、ひそひそと話し合うと。
「我ら一同、王国の民の為に剣を捧げた存在ならば。王国に害をもたらす殿下の為に戦う事は出来ません」
「帝国侵攻も虐げられる民を、王国の力によって解放し安寧をもたらす事を聞いておりました。――それがこの様な悪辣な陰謀だったとは…………我らの目が曇っていた様です」
「ナスターシャ様、どうか王家や貴族、そして我らが同胞である王国軍は如何様にしても文句はありません。我らは敗者でありますれば、……ですが民は、王国の民は何とぞ…………!!」
「ええ、安心しなさい。そうよねパース」
「勿論だ、そして誤解を許してほしい誇り高き王国兵達よ。……僕は君らが皆、コリウス王子やコールムバイン王の様に私利私欲で侵略を企んでいるのかと思っていたよ」
「謝罪は不要ですパースリィ殿下、我らは結果的にその私利私欲に荷担してしまったのですから。――そうそう、王国は立場が上になるほど腐っておりますので。大半は処刑した方が良いでしょう。まともな者は辺境に飛ばされるか、こうして捨て駒にされているのですから」
全員の視線がコリウスに注がれる、復活して力を得てなお彼は無力であった。
完全なる、道化であった。
「畜生!! 畜生畜生!! どうしてこうなるんだッ!! オレはナスターシャを取り返すんだッ!! たった一人でも戦う!! 役立たずは消えろ!! 消えてしまええええええええええええええええ!!」
「ふむ、どうやらお別れの様ですな。――最後に話せて良かったです。パースリィ殿下、どうか王国の民とナスターシャ様をお頼み申し上げます」
「…………ああ、必ず幸せにする。そして君たちも全員故郷に帰そう」
「望外の喜びでございます、嗚呼、王国にも貴方の様な方が居れば…………それでは、これにて」
「さようなら、安らかに眠ってくださいまし……」
亡霊兵達は、ターシャに朗らかに微笑むと皆一様に満足そうに消えていった。
残るは、コリウス一人。
彼は怒りに震えながら、腰の剣を抜き。
「まだだッ!! まだ終わってないッ!! ナスターシャ! オレの手を取れッ!! 帝国の皇子など所詮テメェの力がなければ死んでいた存在だッ!! オレがッ、オレだけがテメェを幸せに出来るんだッ!!」
その言葉に、ターシャは悲しみを携えた顔を向けた。
(何かが間違えば、わたしもこうして愛に狂った様に無様な姿を晒していたのかしら)
彼はきっとターシャを喪ったパースの姿であり、同時に、パースを喪ったターシャの姿なのだ。
己も、儀式が成功しなければこうなっていたのだ、と。
「なんだその顔はッ!! オレを哀れむなァ!! オレは貴様を哀れむ顔を見たかったんじゃない!! 貴様を哀れんで愛したいんだッ!!」
「捻れ曲がって、しかも伝えていなかった愛が今更届くと思っているのかいコリウス王子、自分で言っていて虚しくなってこないかい?」
「黙れ黙れ黙れッ!! 貴様の様に何もかも報われている存在にオレの事が理解できてたまるか!! ――――オレの力になれ! 親父! 公爵! 伯爵! テメェらには恨みがあるだろう!!」
「あっきれた……、アンタってそんなに小さい男な訳? 良かったわねターシャ、こんな男から逃げれて。パースちゃんに出逢って正解だったわ」
「お母様……そうですが、何も今言わなくても……」
「ちょっとターシャ? 止めを刺してやいないかい? 言葉が鋭くないかい?」
言葉の刃でコリウスは崩れそうになった、だが諦める訳にはいかない。
力を必死で振り絞り、三人を呼び出す。
彼らの魂が、朧気に輪郭を表して。
「ぬおおおおおおおおおおおろろろろろーーーん、フィローソウ!! フィローソウうううううううううう!! 私はっ、私はお前の事を~~~~~~!!」
「黙れアホ、このヘタレ。アタシが一緒に死の森に逃げようって誘ったのに断った挙げ句に封印して、しかもターシャをちゃんと愛さずに育てていない男に語る言葉は無いわ」
「ぐぅ」
「…………お父様が、一瞬で天に帰って行った…………はぁ、お母様の気持ちが分かった気がします。仮にも父なのですから、問答無用で抱きしめて愛してるって言って欲しかったですわ」
「どうしよう二カ、僕はなんて言えば良いんだろうか」
「私に言われても……」
フィローソウにばっさり切り捨てられて、ターシャの父は叫んだだけで天に帰った。
気まずい沈黙の中、二人目が、ラウルス公爵の魂が明確な形を表して。
「あ、叔父さん」
「言うまでもないだろうが、俺も貴様の手足にならないぞ。――――おいパース、言いたいことがある」
「何だい叔父さん、こんな形だけど最後に話せて嬉しいよ」
「ったくよぉ、テメェはこれだから……。ま、心の何処かで分かってたんだ、俺は皇帝の器じゃなかった。嫉妬したんだよテメェら親子によ。――俺の屋敷に王国の平定に役立つ資料がある、有効に使え。それから葬式はするんじゃねぇぞ、墓も必要ない、それから……、血縁としてそれなりに愛してた、テメェもアイツも。――――じゃあな」
「言いたい事だけ言って消えていった……、叔父さんらしいや」
「もう少し恨めよ!! 志半ばで倒れたんだろッ!? 死んでも諦めるなよッ!!」
地団駄を踏むコリウスに、もはや生温かい視線さえ注がれる。
そして最後に、コールムバイン王が現れて。
「親父!! 親父なら分かってくれるだろう!! オレと共に戦ってくれ!! 親父の力ならもう一度パースリィ皇子を呪い殺すぐらい――――」
「――――ふおおおおおおおおおおおおおおっ!! 儂は今っ、猛烈に感動しているっ!! 足りなかったのは愛かっ!! 儂の研究に足りなかったのは、愛!! 愛こそ世界の全てっ!! 愛が足りなかったんじゃな!!」
「お、おい親父っ!?」
「黙れ不出来な息子!! だが許そう、儂は愛を知ったのだからなっ!! ありがとう、ありがとう死の森の民よ……そして帝国の皇子よ……死後であるが良い物を見せて貰った……この事はもし死後の世界があるならばそこで研究を続けようぞ、儂は真理を得た、もう思い残す事は無い………………――――――」
「親父いいいいいいいいいいいっ!? テメェが全ての元凶だろうがよッ!? 満足して死んでるんじゃねぇぞおおおおおおおおおおおおおお!!」
「ふぉっふぉっふぉ……、でも貴様にも止める力が、その剣で止める事が出来たではないか。人間は剣で刺せば死ぬのじゃぞ? 間抜けめ、だから死ぬのじゃ儂も貴様も…………」
「頭が痛くなって来たわ、わたしは何を見せられているのかしら?」
ターシャの呟きに、全員が同意して。
早く終わってくれないかな、という空気さえ流れ始める。
そんな居たたまれない雰囲気の中、コリウスは動いた。
剣を捨て、歯を食いしばり決死の形相でゆっくりとターシャに近づく。
「ターシャを守れっ!!」
「いえパース、ここはわたしが。貴方が一度殺したならば、今度はわたしがやるべきよ」
「…………分かった、でも万が一の時は加勢するよ」
そして。
「――――――ナスターシャ・カミイラ・ノーゼンハレン伯爵令嬢よッ!! 貴様に結婚を申し込む!! 愛してるナスターシャ!!」
「………………えっ!?」
思わぬ台詞に、誰もが首を傾げたのだった。
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