第27話 しぶとい奴め



「こうなったら、力付くで――」「えっ」「とばりの王がっ」「つかえないっ!?」「ならば殴って倒すのみですわっ!!」


「思い切りが良すぎるよ君はっ!! 動いたら判別できなくな…………あー、もう。判らなくなったじゃないか……」


 即断即決とはこの事か、突如として始まった乱闘にパースは頭を抱えた。

 ターシャは増えた己を全員倒して儀式を再開するつもりだが、彼としては本当にそうなのか疑問があって。


「――よし。じゃあ君らはそのまま続けててよ、僕は義母さんに聞きたいことがあるからさ」


「あら、何かしらパースちゃん」


「この状況に驚いていませんね、ならもしかして…………」


「ええ、正解よ。アタシはこうなる可能性がある事を知っていた」


「知っていて何で警告を――いえ、もしかしてこれも儀式の一部ですか?」


「え?」「はい?」「そうなのですか?」「ちょっと待ってくださいまし」「という事は?」「どういう事です?」


 ピタっとターシャ達の動きが止まる、全員の視線を受けフィローソウはにんまりと笑って。


「アンタってば面白く育ったわねぇ……、その喧嘩早さはアタシの母、つまりアンタのお婆ちゃんそっくりよっ!」


「それは興味深い話だけどさ、儀式の中身を具体的に教えてくれないかい?」


「そうね、闇の中の時はアタシも結構ギリギリだったから。今なら余裕もあるし大丈夫でしょ」


「お母様」「なら」「最初に」「説明を」「して」「頂けませんか?」


「ふふっ、ごめんなさいね。アタシも始めてだったから、どういう反応するか興味あったのよ」


 悪びれもせずからからと笑うフィローソウの姿に、ターシャは己の母がどの様な性質なのか理解した気がした。


「さて、落ち着いた所で話しましょうか。――この儀式はアタシ達一族と同じく古代王国の遺産よ、彼らは長寿による伴侶との死に別れにも悩んでいてね、まぁこの儀式が完成する前に滅んだ訳だけど」


「目的はある意味、今の状況と同じという訳だね?」


「そういう事、そしてここからが肝心なのだけれど……、アンタ達、分裂した時点で本人じゃ無いわよ? この儀式は愛の証明、つまり二人で生きていく為の不安の解消でもあるのだから」


 ターシャ達は互いを困惑しながら見つめた、総勢五名、つまり五つの不安があるという事になる。


「――あれ? なら僕も分裂しても不思議じゃなかった?」


「本来なら、でもそうなっていないなら。パースちゃんにはターシャと人生を共にする上で不安は無いって事。……事前に何かあった?」


 彼女の質問に、パースには心当たりがある。

 そういえば全ての不安を、あの夜にぶつけた。

 その上で、ターシャの隣に居るのだから。


「ええ少し、僕は事前に解決してみたいだ」


「なら難易度は下がったわね、この儀式は愛の、そして伴侶としての儀式。――愛も、伴侶も、一人だけじゃ駄目でしょ?」


 妻となるヒト、夫となるヒト、二人で乗り越える愛の試練。

 それはまるで物語の様で――。


「――いや待って義母さん、これ昔の国家事業だったって、しかも未完成って言ってたよね?」


「ええ、こんなまどろっこしい事をしていられるか、とか。世界が滅ぶ危険性があるなんて聞いていないぞ、って開発が中止されたと資料にはあったわ」


「待って」「お母様!?」「今……」「世界が滅ぶって」「どういう事なのですかっ!?」「開発中止ってっ!?」


 もしや、これは危険な代物なのではとターシャとパースの顔が青くなる。

 だがフィローソウはケロリとした顔で、逆に問いかける。


「止める? そうすると死んじゃうけど良い? 今なら世界まで追加で滅ぶけど」


「なんでそうなるんだっ!? もしかして未完成なんですっ!? もしかしなくても未完成ですよねっ!?」


「未完成と判断したのは、当時の大臣達よ。我々の一族は完成とみなしたわ。――そもそも、命、寿命、つまり運命を人間という矮小な身で、世界の理を変えようってのよ? なら失敗した時の反動は甘んじて受け入れるべきでしょ」


「古代王国ってそんなんばっかりだったねっ!? そんなのばっかりだったから滅んだんでしょ絶対っ!!」


「流石は切れ者と知られる帝国の皇子、理解が早くて気持ちいいわ」


「いえ義母さん? 封印した時を考えたら僕はまだ赤子だったよね?」


「あら、じゃああれはパースちゃんのお父様の噂かしら?」


 首を傾げるフィローソウであったが、ともあれやる事は分かった。

 ならば、後はパースとターシャが頑張るだけであり。


「はいターシャ、一列に並んで。順番に話を聞いていくからね」


「ちょっとパースっ!?」「それでは」「あまりに」「情緒が……」「もう少し」「せめて甘やかな雰囲気で」


「ターシャ、良く聞くんだターシャ……、そして僕に続いて繰り返して欲しい。――不安には現実的で的確で素早い対処を、そこに情緒はあんまり必要ない」


 にこやかに笑みを浮かべてはいるが、そこに極めて冷静な眼差しが、有無を言わさぬ迫力があった。

 その様子に、ターシャ達も素直に頷くしかなく一列に並ぶ。


「ちなみに、僕はもう腹をくくったから。こんな事になった以上、話し合いで解決できない場合はみんなで空き部屋に向かうからね」


「…………その空き部屋で何をするのですか?」


 先頭のターシャが、冷や汗を流しながら聞き返す。

 するとパースは両手を広げて、座った目をした。


「全員を抱く、一人になるまで、僕の体力が続く限り抱き続ける。安心してくれ、実はまだ童貞だけどそういう教育は受けてるから」


「ひえっ!?」「あうっ!?」「はわっ!?」「ふえぇっ!?」「な、なななななぁっ!?」「どうしてそうなるのですっ!?」


「いやね、僕は思ったんだ。――君の不安とは僕への愛なんじゃないかって。それから伯爵やコリウス王子、……祝福の力の事や、今まで誰かを殺すしかない生活だった事とか、自分に自信が無いのもそうだよね?」


「的確過ぎるっ!?」「どうしてっ!?」「だからわたしはっ!」「でも何で」「抱くという話になるのです?」


「じゃあ聞くけどさ、今ここでそれっぽい言葉で君を慰めたとしよう。――……納得、するかい?」


 瞬間、ぽかんとターシャは間抜け顔を晒した。

 然もあらん、その通りであったからだ。

 確かに言葉は必要だ、一つ一つ、言葉という愛で包んで欲しい。

 でもそれで即座に安心出来るなら。

 納得する事が出来るなら。

 彼女はもしかすると――――、コリウスの子供をとっくに産んでいても不思議ではない。


「ちょっと」「時間を」「くださいまし」「わたし達だけで」「相談したいことが」「ございますわ」


「いや待たない、君の愛が得られないと世界が終わるという危機的状況だ。ならば僕は全身全霊で君を孕ませに、その体に僕の愛を刻み、君が僕を愛せるって体で証明しよう」


「…………」


「逃げないでよ、逃げるんじゃない、逃げるな、あと一歩でも足を動かして逃亡の意志を見せるなら。まず先頭の君を今ここで愛する。もし誰かが起きてきても止めない、そのまま全員愛する」


「っ!? ~~ぁ!?!?!?!?!?!?」


「――――帝国第一王子を舐めないで欲しいな、僕は君の不安なんて全部受け止めて消してみせる。…………、抵抗しないなら受け入れるとみなすよ? ふふっ、君が僕の事を愛していないなら仕方ない、僕は滅びを受け入れる、けどそうじゃないなら…………ターシャ、君自身の愛に気づく手助けをさせて欲しいな」


(嗚呼、嗚呼、ああ…………わたしは――)


 ターシャ達の心は今、一つになっていた。

 それぞれが違う悩みを抱え、それが発露した存在であったが。

 パースの堂々たる宣言、態度、そして……愛。

 愛、そう愛だ。

 己は今、確かに愛されている。


(言わない愛は、愛ではない……、こういう事なのですねお母様)


 そう言った意味が、良く理解出来た気がした。

 だって彼女の腕を掴む彼の手からは、その愛欲に満ちた瞳からは。

 ターシャの言葉を待たずに、唇を奪おうとする行為が。

 ――――そっと、目を伏せてその時を待った。


「…………ん」


「ん、――――さ、どうするターシャ、一人づつか五人全員か、選んでく……れ? え? あ、ちょっとターシャ?」


「ああ、元に戻ったわね」


 口づけが終わり、ぽーっと赤くなった先頭のターシャを中心に分身達が重なっていく。

 そして程なく、一人になって。

 我を取り戻した彼女は、恥ずかしそうに自分の顔を両手で隠し早口でまくし立てる。


「う、ううっ、理解したわ。魂から理解したわ……これが愛、惚れた弱み……、こんな言葉だけで満足してわたしは……は、恥ずかしいっ、こんなはったりかもしれない台詞にわたしはっ!!」


「いや本気だから、今更お預けなんて耐えられないから。――申し訳ないんだけど義母さん、ニカ達に説明しておいてくれないかな? 三時間ぐらいは近くの空き部屋に近づかない様にって」


「ええ、ごゆっくり」


「ひえっ!? 肩を掴まないで、そんな所を揉まないでくださいましパースっ!? パースっ!? お母様も止めてっ!! ごゆっくりじゃありませんわお母様っ!? パースもよっ!! ここは一応敵地ですからっ!! パースを愛する事にもう不安なんてありませんからっ!! せめて体を洗って綺麗な夜着の準備とかさせて頂けませんかっ!!」


 慌てふためくターシャに、パースは至極まじめな顔で告げた。


「僕は有言実行する男だから、それにまだ儀式は終わってないでしょ? だから――――」


「終えますっ!! 今すぐ儀式を終えますわ! 今のわたしなら出来ますからっ!! お城に帰ったらわたしから押し倒しますからっ!!」


「言質は取ったよ、義母さんも聞いていたね?」


「ええ、勿論よ!!」


「~~~~~~っ!? ああもうっ!! 早く終わらせますわ!!」


 ターシャはぐいと彼の顔を掴むと、勢いよくキスをした。

 次の瞬間、地鳴りと共に二人を闇の光の柱が包み。

 それは天井を突き抜け、空高く伸びる。


(わかる、今わたしの魂が、寿命? いやこれは運命、わたしの運命がパースと混ざり合って溶けていく……)


(喪った何かを取り戻した……いや違うな、新たに得ているんだ僕は)


(愛が、パースの大きな激しい愛が流れ込んでくる)


(これがターシャの愛、嬉しいね世界より大きそうだ)


 闇の光柱が収まって、二人はゆっくりと顔を離す。

 終わってしまえば呆気ないものだった、でも確信がある。

 もう大丈夫だ。

 パースはターシャが死なない限り、死なないし。

 逆にターシャが死なない限りパースは、死なない。


「ターシャ……」


「パース……」


「――これは、何が」「おい見ろ殿下が起きているぞ」「本当だっ!?」「ターシャ様が二人っ!?」「いや違うだろ、もう一人は硝子の棺で眠っていた方だ」


 二人が見つめ合う中、ニカ達も起き出して。

 ならば、言わなければならない。


「良く聞け皆よっ!! ターシャの愛によって死の淵にあった僕の魂は復活を果たした!! 間に合った! そして成功した!! 全て終わったのだ!!」


 その言葉がニカ達に染み渡った後、一泊遅れて大歓声があがる。


「うおおおおおおおおおおっ!! 本当ですか殿下!! ありがとうございますターシャ様!! ――ところで、その綺麗な御仁は?」


「初めまして、ターシャの母のフィローソウよ」


「おおっ!! では生きておられたのですねっ!! これは目出度い!! 目出度いですぞ殿下!!」


「全員に号令をかけろニカ!! これより城へ帰還する!! ターシャを愛する為にも!!」


「ちょっとパースっ!? そんな大声で言わなくても――っ!?」


「帰ったら書類だけでも結婚を認めて貰うぞ!! 僕は皇帝に直訴するぞ!! 祝えみんな!! 今すぐ帰るぞ!!」


「今夜は祝いだ!!」「これで帝国も安泰……」「オレ、帰ったらあの子に告白するんだ」「あのメイドの子か、頑張れよ!」「帰ったら城下町のみんなにも言いに行こうぜ!」「故郷に手紙書くわ」「みんなで騒ごうぜ!!」


 兵達は喜び叫んで部屋を飛び出して、その様子にターシャは思わず笑みをこぼした。


「ふふっ、では帰りましょうかパース、お母様」


「そうだね、君頼みで悪いけど帰りもお願い」


「……もしかしてターシャ、アンタの力で軍団を引き連れて来た訳? これはまた豪快に力を振るったわねぇ」


 三人は、談笑しながら砦の外に向かう。

 階を降りるにつれ、外への扉が近づくにつれ騒がしくなって。

 ターシャは、笑顔で砦の外に出たのであった。



 ○



 時は、少し前に遡る。

 ターシャが二度目に、世界を闇で浸した時であった。

 ――屋上のコリウスの遺体に、異変が起きて。


(……………………バカな、オレは死んだ筈だぞ?)


 なのに、意識がある。

 体の痛みも、疲れもなく、はっきりと意識がある。

 それだけではない。


「これが――――オレの力、オレの祝福ッ!! カカカカカカッ!! そうか、そうだったのかッ!! 道理で発現しない訳だッ!! 自らの死こそ、祝福の発生条件だったとはッ!!」


 皮肉なものだ、あれだけ欲しくてやまなかった力が。

 諦めて、愛も、己の命も喪った後に得るとは。

 コリウスは、邪悪に口元を歪め体を起こそうとし。


「…………む、上手くいかないか。少し時間がかかるようだな」


 力の使い方は理解できる、だが初めての経験だ。


「体が馴染むまで、色々試しておくか。――この、死者の魂を操る力をなァ!! ハハハハハッ! カカカカカカカッ!! いいぞいいぞォ!! まだ終わってない、オレはまだ終わってないッ!! ナスターシャはオレのだッ!!」


 今のコリウスには、普通の人間とは違う光景が見える。

 そこら中を漂う死者の群が、今にも天に昇りそうな兵達が魂が見える。

 その中に、見知った魂を見つけて。


「――親父、公爵も……、伯爵まで居るじゃねぇか!? 全滅っ!? 負けたのかオレ達はッ!?」


 力を使って感じ取れば、死者は全員が彼らの兵。

 そう、皇子の兵は誰一人として欠けてないのだ。

 己達は、完膚無きまでに敗北していたのだ。


(嗚呼、嗚呼、嗚呼――これが才能の差かッ!! パースリィ皇子!! やはり貴様は危険な存在だッ!!)


 かの皇子は戦争には向かない、だがそれは直接指揮をする、直接戦う、そういう表面的な意味でしかない。

 盤面を読み、本質を突き、適切な対処と奇想天外の手を打つ才。

 それが、パースリィ第一皇子という存在だ。


「そこにナスターシャの力があれば、こちらの地の利すら奪って完全な勝利を――――クククッ、だがそれもこれまでだッ、このオレの力でッ!! 不老不死の軍団で滅ぼしてくれるッ!! そしてナスターシャも取り返してやるッ!!」


 体が跳ね起きる、溢れ出る気迫が力となって突き動かしたのだ。

 負ける気がしない、もう体力を気にする事も、負傷の心配もなく戦えるのだ。

 しかも己の自由自在とる手足、軍団があるのだ。

 ――気づけば、下から歓声が聞こえてきて。


「チッ、このまま帰させるかよォ!!」


 コリウスは砦の屋上から飛び降りた、そして兵を整列させている皇子達の目の前に着地して。


「――――っ!? コリウス殿下っ!?」


「バカなっ!? 殺した筈だっ!?」


「へへっ、ここまでだ帝国の皇子。テメェが殺してくれたお陰でオレの祝福が開花したのだッ!! 死者の魂を操る力!! そしてナスターシャを目の前で奪われる絶望を思い知ると良い!!」


 最終決戦が、今始まったのであった。


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