第26話 復活した希望の花



 ターシャ達から経緯を聞いたフィローソウは、盛大なため息を吐き出した。

 然もあらん、あれから何年、そして彼女を封印していた当人は死んでいるのだ。


「本当に姉さんに似てるわねアンタ、まぁアタシの子ならそうなるか。――しっかし、おバカ可愛かった顔だけ伯爵が死んだのはともかくさぁ……」


「あの……お母様? 一応は情を交わした相手だったのでは?」


「は? 毎度毎度アタシにお金をせびって、挙げ句の果てにアンタまで奪った上に問答無用で封印して? むしろ良くやったわよターシャ、アイツの唯一の功績はアタシが付けた名前をそのままにした事ね」


「この名前はお母様が……、でもわたしは、わたしはっ」


「はいはい、泣かないのターシャ。アンタをアタシの手で育てられなかったのは残念だけど、こんなに素敵に育って玉の輿だって言うじゃない。――流石アタシの娘!! あっはっはっはっはっ!!」


 ターシャを抱きしめながら豪快に大口を開けて笑うフィローソウに、パースは問いかけた。

 ターシャでは無くとも疑問である、彼女は伯爵に愛情は無かったのだろうか。


「その……フィローソウさん?」


「これからは義母さんって呼んでよパースちゃん、いやぁアンタみたいな積極的な良い男に出会えてターシャも幸せ者だね」


「いえそうではなく、伯爵に愛情とかそういうのは……」


「……んー、確かにこの男との子ならって選んだけど、そもそもアイツは奥さんに浮気されて託卵されて家を乗っ取られそうになってもメソメソと賭場で遊んでた奴よ? 夫にするなら、積極的な性格が好みなのアタシ」


「…………何でしょうか、悲しんでいたのが少しバカらしくなって来たのは」


「いやバカでしょ、婚約してた王子も聞いた話じゃアンタに全然愛情を見せなかったんでしょ? 世の中言わなきゃ伝わらないし、分からない愛は、――愛情じゃない!! ただの独りよがりの自慰行為よ!!」


「凄く強いっ!? ターシャ、君のお母上ってば強くないっ!?」


 拳を握りしめて断言する姿に、パースは感心半分驚き半分。

 娘のターシャとしては、目から鱗が落ちた気分で。


「で、ではお母様っ!? 二人の愛情は――」


「アンタが気に病む事は無いっ!! 育てもしていない母だけど断言するわ!! そんなモノは愛ではないとっ!! ――――だからね、安心してパースちゃんと幸せにおなりなさいな」


「お母様……っ!! ありがとうございますっ、これからはずっと一緒ですよねっ!? ね、ねっ!」


「ええ、でもそれはパースちゃんの命を救ってからのお話。……この瞬間に目覚めた事は幸運だったわ。あのバカ男が死んだお陰で間に合った、アタシ達一族に代々伝わる儀式を伝える事が出来る」


 母の言葉に、ターシャは首を傾げて。

 そう言えば、母は旅人とばあやは言っていた。

 そして今、一族と。

 何処から来て、どんな一族なのだろうか。


「ね、ここは死の森なのよね? そして砦って言っていたわよね? 本当なのね?」


「そうですが、儀式と何か関係があるのですか?」


「はぁ……運命の悪戯、いやこの場合はアタシにも原因があるのか」


「お母様?」


「本来なら、子供の時から少しずつ教えていくつもりだったんだけどね。まぁ今の方が手間が省けるか、――――アタシとアンタは、死の森の一族の最後の生き残りな訳よ」


 その言葉に、ターシャとパースは顔を見合わせて。

 こんな所に、誰かが住んでいたと?


「かなり昔、帝国や王国、……あー、それと共和国もか。ともかくここら一帯は昔、一つの国だった」


「…………その話、帝室にも伝わって――――ああっ!? まさか、この死の森にその首都があったっ!?」


「察しが良いねパースちゃん。今では神の授けた祝福なんて言われてるけど、その昔は魔道、魔法、そう言った名前の技術だったのよ。でも高みを目指しすぎて大きな暴走を起こして滅んだ。――この森の獣が巨大で凶暴なのはその所為ね、何百年経った今でも影響が残っているの」


「お母様? 少し話が大きくありませんか? いえ、理解は出来ましたけれど」


 思わぬ己の起源に、ターシャはくらくらしそうだった。

 だが、母は続ける。


「今は覚えておくだけで良いわ、ともかくその生き残りはこの地を捨てて、今の帝国、王国、共和国を作った。我ら一族は留まる事を選んだって訳よ」


「何の為に残ったのです?」


「アタシ達が、魔法を極めてしまった存在が故に。大きすぎる力は争いと悲劇を呼ぶ。でも一族の中で繁栄を続けるには人数が少なすぎた、だから代々、族長となる者は外で子を作って連れて帰る風習だったんだけど……」


「伯爵に封印され、ターシャも取り上げられてしまった訳だね」


「まったく、寝物語で話すんじゃなかったわ。この砦はアタシ達の唯一の村で、代々受け継いできた魔法に対する様々な研究資料があるっていうのに……、まぁ、封印されて此処に居たお陰で結界も機能した様だし? 魔獣に荒らされなかったのは不幸中の幸いね」


「結界はお母様の力では無いのですか?」


「外ではそう偽っていたわね、アタシの力は光、だからアンタの闇に対抗出来てるのでしょうね。……ああ、そうそう、結界は技術でもあるからアンタにも後で覚えて貰うわよ、この砦に一族の者が居ると自動的に発動するけれど、結婚したら帝国で暮らすんでしょ?」


「え、ええ……そのつもりでしたが……」


 情報量が多く、整理しきれない。

 頭を抱えるターシャに、母は苦笑して。


「ごめんね、一度に説明し過ぎたわね」


「だから、本来は子供の頃から少ずつって言ったのですね義母さん」


「歴史が長いし、覚えないといけない技術も多いからねぇ……。その辺りは気長にやりましょ、時間も無い事だし、肝心な所だけ」


 フィローソウは真剣な、しかし優しげにターシャを見つめると。


「パースちゃんを助けようとした試み、アンタは半分は成功しているわ、だから自信を持ちなさい」


「半分は? どういう事ですお母様?」


「一族に伝わる呪いの儀式、己の人生を決断するその儀式を教えられずに手をかけるなんて、アンタは素質がある」


「呪いの儀式っ!? えっ、僕はまた呪いをかけられるのかいっ!?」


「また? ――ああ、国王とやらのは固有魔法を極めただけね。アタシ達の呪いはそれとは訳が違う、何せ…………、愛が必要なのだもの」


「愛が?」


「そうよ、愛。自らの命を伴侶と分け合い、寿命で死ぬときですら一緒。ええ、甘美で情熱的だと思わない? あーあ、アタシもそういう人と出会いたかったなぁ……」


 ボヤくフィローソウに、パースは慌てて問いかける。

 今、何かとても重要な事がさらっと流された気がするのだ。


「待って、命を分け合うって、寿命で死ぬときまでってどういう事? ――――僕の命はもう尽きたも同然、ならその儀式をしたら……」


「そうよパースちゃん、ターシャの命は半分になる。でも安心しなさい、アタシ達は普通の人間の倍以上の寿命があるの。力が強すぎる弊害ね」


「という事はっ!? わたしの命を分け与えても――――っ!?」


「っ!?」


 見えた、希望が見えたのだ。

 パースは生きられる、ターシャと共に長生き出来るのだ。

 それはそれとして、彼には疑問が一つ。


「そんなに長生きなら、他の一族の人は?」


「姉さんは、運命の恋人を作りすぎて普通の人以上に短命で死んじゃったけど。母さん達や祖母ちゃん達は生きてるわ、――アンタが産まれるかなり前に、世界一周するんだって冒険の旅に出ちゃったから。おそらく別の大陸に居ると思うけど」


「わたしには……お婆ちゃんや曾お婆ちゃんが居たのね……っ!!」


 己は一人ではない、母が居て、そして祖父母や曾祖父母達が。

 その事実に、ターシャは胸が暖かくなった。


(一人じゃない……わたしは、孤独じゃなかった……っ!!)


 ぽろぽろと涙するターシャに、母は柔らかく抱きしめる。

 その光景にパースは微笑むが、若干の嫉妬を感じている己にこっそり苦笑した。


「――――アンタをこうして抱きしめて育てたかった」


「まだ、遅くはありませんわお母様」


「そうね、だから今は泣くのを止めて立ち上がりなさいアタシの可愛いターシャ。――目覚める時よ」


「良い雰囲気の時に邪魔してなんだけど、現実に戻ったら僕はどうなる? 意識は取り戻せるのかい?」


「ま、大丈夫でしょ多分。もし意識が無くてもアタシが何とかするわ、こういうのは闇より光の領域だから」


「それなら安心だ、……現実に戻ろうかターシャ」


「ええ、分かったわ。――『とばりの王』よ、わたしの願いを今一度聞き届けなさいっ!!」


 そして、三人はターシャの作り出した永久の闇から抜け出して現実に戻った。

 彼女は慌てて闇を自分の中に戻し、世界がざわめき始める。

 闇が晴れたその時、硝子棺が中からバリンと割れてフィローソウが勢いよく起きあがって。


「あっはっはっはっはっ、アタシ復活!! お腹減った!!」


「お母様っ!!」


「おお~~、ターシャ!! 我が娘っ!! 可愛く可憐で男が飛びつくような良い女に育っちゃってっ!!」


「――――はっ!? 生きてるっ!? 僕まだ生きてるよねっ!?」


「パースっ!! パースパースパースぅ!!」


 元気に起きあがった彼に、ターシャは抱きついて。


「ありゃりゃ、やっぱ母親より自分の男よねぇ……。さ、とっとと始めましょうか!」


 仁王立ちで宣言する母に、ターシャは問いかけた。


「でも、呪いの儀式ってどうやって……」


「愛とは即ち、人生最大にして最高に幸福な呪いっ!! その想いを胸に、パースちゃんをアンタの闇で食らいつくしなさい!! 簡単に言うと、初夜に結ばれる事を考えなさいっ!!」


「は、はいっ!!」


「よし、僕の心の準備は万端だよっ!!」


「結構!! では始めっ!!」


 母が取り仕切る中、ターシャは勢いのままに闇をパースに注ぎ込む。


(愛……愛、パースへの愛……、初夜、わたしの初めてをあげる夜、二人とも全裸になって、そして…………~~~~っ!?)


 途端、ぼっと火が付いた様に顔が真っ赤になった。

 それはつまり、そういう事で、そうなってしまう事で。

 それは、それは、それは――――。


「え、ちょっとターシャっ!? なんか変な感じなんだけどっ!? 僕ちょっとぐるぐる目が回って来たんだけど?」


「はわっ、あわわわわわわわわっ!? ど、どうしましょうお母様っ!? わたしっ、わたし恥ずかしすぎて闇が制御出来ませんわっ!?」


「…………え、本当に? というか何? アンタ達ってまだ性行してなかったの? パースちゃん、アタシの娘に不満があるわけ? パースちゃんのパースちゃんは勃起するの?」


「不能じゃありませんよっ!? ターシャはその辺りの教育が不十分だし、結婚式をあげるまではって我慢してたんですってっ!!」


「しょしょしょ、初夜……っ!? わたわたわたし、わたしはっ!? ~~~~~~――――――あ」


「あっ、て何っ!? 何が起こったのターシャっ!?」


 するとターシャは青い顔で、涙目になって母と将来の夫に言った。


「『とばりの王』が暴走を始めて――――きゃあっ!?」


「ふわっ!? ターシャが分裂したっ!? いや…………これは『とばりの王』かっ!?」


 そう、ターシャの神陰は彼女とまるっきり同じ姿になって何人にも増えてパースを取り囲む。


「さぁ」「わたしを」「受け入れて」「ずっと」「一緒に」「わたしだけを……」


 次の瞬間、彼女たちはお互いの顔を見て。


「パースの隣は一つ!」「誰が本当のナスターシャか」「勝負」「しましょう!!」


「いえいえっ!? わたしが本物ですわよぉっ!?」


「ヘタレな」「本物は」「黙って」「指をくわえて」「見ていなさいな」


「どうしてこうなるんですかっ!?」


 もう訳が分からないが、ともかくこの期に及んでパースを盗られる訳にはいかない。

 ターシャだらけの戦いが、今始まったのであった。


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