第29話 さぁ帰ろう
求婚、愛してる、いったい何を言い出すのだろうか。
ターシャは誰がどう見ても、もうパースの恋人で妻となる人物。
彼女もまた、パースを愛しており割ってはいる隙間は無い。
第一、彼はパースに負けているのだ。
(――――でも、分かる気がするよ)
半泣きになって返答を待つコリウスの姿に、パースは深い理解を示した。
コールムバイン王の、言った通りかもしれなかったからだ。
(あの老王はさ、自分の研究の為に人の命も、国家さえ鑑みなかった最低の人物だった。……でも)
可能性はあったのだ、彼と戦ったパースだったからこそ分かる。
あの研ぎ澄まされた剣技、醜く太った様に見せかけて誰よりも鍛え上げられた体。
文字通り、死んでも諦めないその意志が生前から活用出来ていれば。
(僕はターシャと出逢わなかったかもしれない、それどころか帝国は征服されていたかも)
可能性、可能性だけはあったのだ。
だからこそ、パースは口出しせずに見守る。
「お願いだ、はいと言ってくれナスターシャ。オレのナスターシャ、貴様を愛しているのだ……」
「…………ごめんなさい殿下、わたしは貴方と結ばれる事は絶対にありません」
「どうしてだッ!! オレが死んでいるからか? だがこの力があれば、まだ生きていられる!! もし子供が欲しいなら何とかなる!! 何とかしてみせる!!」
「そういう事ではありませんわ、ねぇ殿下……わたし達はお互いに不器用でした、……だから、わたし達の間にある物は何も、何一つないのです」
「あるっ!! 貴様はオレの婚約者だ!! そして愛がある!! 貴様もオレの愛を欲していただろう!!」
「…………その言葉が、何年も早く出されていれば。わたしも違ったでしょう。わたしも愛されたいと貴方に素直に言っていれば、違ったかもしれません」
「だがッ!!」
「だが、もしも、そう言った言葉はもう手遅れなのですわコリウス殿下」
「それでもオレはナスターシャ!! 貴様を愛しているッ、愛してるんだッ!! 誰にも取られない様に貴様を隠していたのにッ!! 二人だけで遠くの地でやり直す準備だったあったんだッ!! だからナスターシャ!!」
どうか、どうかこの手を取ってくれ。
どうか、どうか側に居て欲しい。
その愛を請う姿を、誰もが笑う事が出来なかった。
否、しなかったのだ。
それは人間として、当たり前の感情で、誰もが理解できる想いだったからだ。
「…………伝わらない愛は、伝わらなかった愛は、愛ではありません」
「ッ!? そ、それは~~~~ッ、だが、だが~~~~ッ!!」
故にこそ、ターシャは伝えなければいけない。
己の気持ちを、その全てを。
「ごめんなさい、コリウス殿下。貴方の気持ちに気づけなくて、わたしを守ってくれて……ありがとう」
「言うなッ!! 言うんじゃないッ!! オレは感謝の言葉が欲しかった訳じゃないんだッ!!」
「ありがとうございます殿下、わたしを愛してくれて。きっと、わたしが生きているのも殿下のお陰ですわ」
「違う違う違うッ!! そんな嬉しそうに言うなァ!! 貴様が言っていいのは、結婚しますだッ!! オレを愛していますだッ!! それ以外は必要ないッ!!」
泣き喚くコリウスに、ターシャは歩み寄った。
瞬間、彼はビクっと後ろに一歩下がって。
「ち、近づくんじゃないッ!!」
「殿下……怖がらないで、もう、終わってしまったのです何もかもが、貴方の全てが終わってしまったのです」
近づく、一歩、一歩、ターシャは近づいていく。
「嫌だッ、嫌だ嫌だッ! まだ終わっていないッ!! 貴様が全てだったんだッ、オレの全てはお前にあったんだッ!! だから、だからさぁ~~~~ッ!!」
「怖がらないで、逃げないで、きっとわたし達は間違えた、でも最後だけは間違えないでくださいまし」
また一歩、また一歩と近づいて、彼女の眼差しにコリウスはその目に悲痛な色を写す。
終わりたくない、まだ何も得ていない、なのに、なのになのに、もう終わってしまう。
「わたしを、守ってくれてありがとうございました。だから、もう良いのです。もうわたしを愛さないでください、貴方への感謝が憎しみに変わらない内に……もう逝ってくださいまし殿下」
「あ、ああっ、~~~~~~ぁ、ぁ――――…………」
わなわなと震え唇を噛みしめるコリウスを、ターシャは初めて抱きしめた。
彼女より小さな背丈、逞しく……そして冷たい体。
僅かでも温もりが移る様に、強く、強く抱きしめる。
「貴方を、好きになりたかった。愛して、幸せな夫婦を夢見ていましたわコリウス」
「ああ、あぁ……ターシャ。オレもそうだった、愛していた、でも……全ては無駄だったんだな。いや違う、ターシャはこれから幸せになるのだな、オレを置いて幸せになるのだな」
「はい、わたしはパースを愛しています。彼と共にあれて幸せなのです」
「――――――そう、か。残念だ、本当に……残念だが、こうして終われるなら、悪くない、のか」
「ありがとう、わたしを愛してくれたヒト」
「ありがとう、オレを愛さなかった者よ…………」
そうして、コリウスは再び死んだ。
無念そうに、しかして少し幸せそうに瞼を閉じて死んだ。
今度こそ、その魂は天に昇って。
ターシャは、彼の遺体をそっと地面に置く。
「もう、良いのかい?」
「終わりました、……コリウス殿下は天に召されましたわ」
「…………二カ、彼の遺体を丁重に包んでくれ。後日葬儀を執り行う、勿論叔父さんとコールムバイン王のもだ」
「はっ!! その様に手配致します!!」
「帰ろうターシャ、僕らの家に」
「はい、パース。……でも、今は少し、少しだけこうさせてください。」
ターシャは、パースに抱きついて顔を胸に埋めた。
彼の温もりが欲しかった、そして泣き顔を見られたくなかった。
……他の男の為に流す涙を、見られたくないと想ったからだ。
(コリウス……嗚呼、嗚呼、嗚呼、……コリウス――――っ!!)
啜り泣く声が聞こえる、フィローソウや二カ達はそっと離れる。
パースが、ターシャを優しく抱きしめる。
それが、何より嬉しくて余計に涙が流れた。
(ずっと、ずっと貴方を名前で呼べればって思っていたの。殿下なんて付けないで名前で呼べれば、貴方と仲良くなれるかもって、でも……でも、わたしは踏み込めなかった。拒絶されるのが怖くて、呼べなかったのよ…………)
伝わらない愛は、無いのと同じだ。
だからきっと、ターシャのコリウスへの好意も無いのと同じだったのだ。
「好き、好きよパース。好きなの、愛しているのパース」
「僕もだ、愛してるよターシャ。一生離さない、もう一生離れない、毎日でも愛を囁くよ。どんな君でも愛してる、……だから、今は心の赴くままに君は泣いていい、悲しんで良いんだ」
「ぁ、~~~~っ! 嗚呼っ、嗚呼っ、嗚呼――――コリウス、コリウス、ごめんなさい、そしてありがとうコリウスっ!!」
彼が切っ掛けで、ターシャは兵器から人間になった。
彼のお陰で、ターシャは愛するヒトと出会えたのだ。
彼はターシャに辛くあたった、だがそこには愛があって。
(さようなら、わたしの夫になるかもしれなかった。でも、そうならなかったヒト。……コリウス・コールムバイン第二王子、わたしの王子様だったヒト――)
全ては終わった、これからは幸せが待っているのだ。
でも今は、今だけは。
ターシャは泣いた、愛する男の腕の中で他の男を想って泣いたのだった。
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