第24話 どうして


 全ては終わった、だがパースが倒れた事により砦は非常に慌ただしくなって。


「衛生兵!! 衛生兵を呼べっ!!」


「ニカ隊長はまだかっ!! それから治療向けの祝福持ちがどっかの隊に居ただろうっ!! 誰か呼んでこいっ!!」


「駄目……、こんな所で死んでは駄目よパースっ! ねぇパースっ、返事をしてお願いパースぅっ!!」


 ターシャは半狂乱になって叫んだ、幾ら肩を揺すってもパースは起きない。

 それどころか、どんどん冷たくなって。

 心臓の音が弱まっていく、小さく、小さく、間隔が開いていく。


(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼っ~~~~~っ!!)


 どうして、どうして、こうなってしまったのだ。

 こうなるしかなかったのか、これが運命だと言うのか。


(すり抜けていく、こぼれていく、わたしの手から、大切な者が全て落ちていく――――)


 形はどうであれ、自分を思ってくれていたコリウス王子は死んだ。

 やり方は間違っていたかもしれないが、自分を愛してくれていた父は殺してしまった。

 喪う、また喪うのだ、ターシャは大切な者を守れなかったのだ。


「~~~~っ、こんな力があったって、誰も守れやしないっ!!」


 どんなに強大な力があっても、ターシャには誰も救えない。

 救えない、救えない、救えない、パースを助けられないのだ。

 心が冷えていくのを感じる、どうしようもない喪失感に粉々に砕け散るのを感じる。


「パース、パース……ねぇパース……お願い、お願いよぉ……目を開けて、ターシャって呼んで、お願い、お願いよ……」


「ナスターシャ様退いてくださいっ、衛生兵が来ましたっ!!」


「祝福持ちも来たぞっ、場所を開けてくれっ!!」


「さぁ、お早くっ! 助かる者も助けられません!!」


「いやぁ、いやよパースっ!!」


 ニカ達はパースにしがみつくターシャを、強引に引き剥がす。

 そして衛生兵と祝福持ちが、パースの状態を確認していくが。


「――――…………っ、こ、これは」


「おいっ、どうなんだ殿下は助かるのかっ!! はいと言えっ、言えっていうんだっ!!」


「申し訳ありません、私には手の施しようがありません……」


「ッ!? では貴様はッ!!」


「駄目です、体に異変は無いんですっ。まるで寿命だといわんばかりに、魂の腐食なんて聞いたことがありませんし、どうにも出来ないんですっ!! 畜生っ!!」


「~~~~~~っ!! 嗚呼、パースっ、パースパースパースっ!!」


「あっ、ナスターシャ様っ!!」


 どうにもならない、その絶望的な状況にターシャは再びパースに縋りつく。


「…………いや、お止めするんじゃない。~~~~っ、我らには、どうする事も出来ないのだっ!!」


「ああ、そんな……」「殿下……パースリィ殿下……」「こんな所で終わっていい方じゃないんだっ!!」「殿下」「殿下……っ!!」


 もう駄目だ、悲しみと諦めの空気が蔓延する。


(本当に何も出来ないの、どうにも出来ないの? わたしに出来ることはないの? あんな奴の訳の分からない野望の所為で、パースは死んでしまうっていうのっ!?)


 ターシャの臓腑に激しい火が灯る、何か出来ないかと記憶が脳裏に駆けめぐる。


「させない、させない、絶対にさせない、わたしは諦めない、諦めないの、絶対に、絶対に、絶対に……」


 涙を流し、狂った様にぶつぶつと呟きパースの頭を抱くターシャの姿に。

 ニカ達は悲痛な顔で目を反らした、こんな痛々しい光景は見ていられない。


「嗚呼、なんて言っていたかしら、あの王は何て――そう、魂という概念への、出来る筈、わたしなら、わたしなら出来る筈……」


 あの老人の言葉を信じる訳ではない、生涯を費やしたという高度な技、やり方だって分からない。

 ――でも、ターシャには世界の半分を司る力があるのだ。


「死ぬときは、わたしも、一緒よ…………うふっ、あははっ、あははははははははははは――――――っ」


 闇が、溢れる。


「ナスターシャ様、何をっ!?」


「黙ってっ、黙りなさいっ!! あの王がパースの魂を腐らせたというなら、わたしが包み込むっ!! わたしの闇で包む込むわっ!! だから、お願い戻ってきなさいパースっ!!」


 ターシャの体から、闇が広がる。

 部屋の中だけでは無い、廊下から父の遺体ある部屋へ、そして上も下も無く広がり。

 屋上のコリウスの遺体もまた、ターシャの闇に包まれる。


「まだ、まだ、まだよ、わたしの『とばりの王』よ、世界を夜で包んで、永遠に停滞する夜を――――」


 砦が夜の黒に染まる、地面が、死の森が、ラウルス公爵領が、王国も、共和国も、帝国も、大地も、海も、空も闇に染まる。

 世界から日の暖かさが消える、星が……闇に落ちる。


「生きなさいっ、生きなさいっ、お願いだから起きてよパースっ」


 ――――闇が、収束する。

 世界すら包む闇が、パースの体に沈み込む。

 心臓を無理矢理動かして、血管に血を巡らせて。

 ターシャは名前を呼び続ける、パースの名前を呼び続ける。


「お願い、お願いだからパース……」


 これ以上、喪いたくない。

 もっと、もっとパースと一緒に居たいのだ。

 だが、だが、だが。


「どうして、どうしてなのよぉ――――っ!!」


 パースは起きてくれない、体が暖かくならない。

 まだ、まだ命の最後の火は消えていないのに。

 これでお終いだと言うように、鼓動は遠くなっていく。


(パースは、助からない?)


 もう手立てが無い、諦めるしかない。


「――――――………………ぁ」


 その時、ターシャの心は折れた。

 激しい無力感が襲う、悲しみだけが満たされる。


「もう、終わり、……なのね」


 パースの頭を大切そうに抱きしめる、他に大切なものなど無いと。

 心が溢れていく、こんな世界なんていらないと。

 ターシャはもう、生きていたくないと。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 大粒の涙が、パースの頬に落ちた。

 その涙は黒く闇色に染まり、彼の体に沈み込んでいく。

 それだけではない、再び闇がターシャの体から溢れだして。


「――――ナスターシャ様っ!? お気を確かにっ! ナスターシャ様っ!?」


「たった一人だったの、わたしだけの、わたしにだけ、愛をくれた、愛したかったヒト…………」


 闇が広がる、今度は人々の感覚すら奪う様な、深く深く、重い夜が星を包む。

 それは、城で祈っていたアイリスにも例外なく届いて。


「ああ、恐れていた未来が――いえ、もっと悪い、世界が終わる、終わってしまいますお姉さま……」


 彼女の髪先が、指先が、黒く染まっていく。

 月の無い闇夜の様に、黒く、黒く染まっていく。


「でも」


 アイリスの瞳は輝きを喪っていなかった、数多見た未来はいずれも不鮮明。

 だけど本能が理解していた、まだ終わりではないと。


「条件は満たしている筈、だからお兄さま……最後になっても決して諦めないで――――」


 そして、世界は永劫の闇に包まれた。

 光は消え、音は消え、争いも営みも、全てが静寂の中に停滞する世界が訪れた。


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