第23話 取り返せないモノ
(これが、ターシャのお父上か……)
壮年の金髪碧眼の男性、パースが想像していたより彼女と似ていなかったが。
その面影は、どこか彼女と重なる所があった。
(――しかめっ面だけど、ああ、うん。これはターシャと同じく仮面かな?)
端的に言って少し不器用そうな、そんな内面を秘めていそうな貴族。
彼はターシャに近づきもせず、視線はパースに向けて。
(僕には態と見ていない様に見えるね)
「――お久しぶりですわ、お父様」
「お前の口からお父様と聞けるのは久しぶりだな、どうだ? コリウス殿下とは仲良くしているか? お前が殿下達の機嫌を損ねたら我が家門は危ういのだぞ? 理解しているならもっと国の為に働くか、殿下の御子を早く孕むがいい」
「……申し訳ありませんお父様」
「謝罪は必要ない、お前はいつもそれだな。……陰気で、口数が少なく、しかも不吉な色をしている。そんなお前を妻に迎えてくださるのは世界広しと言えどコリウス殿下だけだ、その感謝の心を持ち合わせているのか?」
(お父様は、変わらないわね。……でも)
ターシャは、静かに父を見た。
父も、もしかしたらコリウスと同じように。
(早く排除しなければならない、しかし安易に動くと奥の二人に気取られる。慎重に行かなければならないわ)
「何だその目は、私の言うことに不服があるのか? ならば言うがいい。お前がどんな幼稚な事を言い出すか楽しみだな」
「…………お父様は、わたしのお母様を愛していたの?」
「――――――っ!? は、ははっ、なんだ? お前はそんな事を気にしていたのか?」
「ええ、聞かせてくださいまし。…………ここに居るのでしょう? お父様のお力で封印された状態で、生きていらっしゃるのでしょう?」
「…………どこから、いや殿下か。まったく殿下にも困ったものだ」
動揺を見せた父・ノーゼンハレン伯爵に、ターシャは問いかける。
聞きたい事があった、知りたい事があった。
「お父様は、わたしを愛しているの? お母様は愛しているのですか?」
「その前に答えなさいナスターシャ、お前は封印の生棺を見たのか?」
「いいえ、まだですわ」
「…………ならば答えよう。最初の答えは否だ、フィローソウはお前と似ても似つかぬ美しい女性であった。自由で、奔放で、強い女性であった」
「――――お母様の事は愛していたと?」
酷く冷たい声が出たと、ターシャは自分でも驚いた。
予想はしていた。
だが実際に言われると、堪える。
「そうだ、フィローソウはお前と違って美しい金髪で陶磁器の様に白い肌をした理想的な王国女性だ。――何故、お前の様な忌子が産まれたのか理解に苦しむ」
「お母様を愛していたから、封印したと」
「そうだ、残念ながらお前が産まれたと同時に死んでしまったがな。だがそれが彼女の望みでもあったのだ、体が残っているなら己の結界の力でお前を守れると。――良かったな、お前は母だけには愛されていたのだぞ」
「…………」
嘘だ、そうターシャは叫びたかった。
だが今は事を荒立てる訳にはいかない、奥には全ての元凶であるコールムバイン王と裏切り者のラウルス公爵がいるのだ。
それに。
(この部屋に来て、はっきり理解したわ。――お母様は生きている、生きて封印されている)
祝福者には、祝福者の力が感じられる。
そしてもう一つ、……母の力は結界ではない。
(お母様は身を守っている、威嚇しているのね)
恐らくはターシャに匹敵する強大な力の持ち主、
彼女だってやろうと思えば出来るのだ。
コリウスに捨てられた時は、追っ手を警戒してそうしなかっただけで。
考え込むターシャに、伯爵は溜息を吐き出すとパースに近づく。
「聞きたいことはそれだけか? 私も忙しいのだお前と長々と話している暇は無い、――そうだ、後で陛下にもご挨拶しなさい。我が家門の印象を良くしておくのだぞ」
「承知しておりますわお父様」
「しかし……これが帝国の第一皇子か。顔は思ったより良いな、――はぁ、我が国の王子らにも、この様な傑物が居れば……いや、聞かなかった事にしろ」
思わぬ言葉が出て、ターシャは思わず素で問い返した。
傑物、王国の者から出た評価では初めて聞く言葉である。
「どういう意味ですかお父様?」
「知らぬか、勉強不足だなナスターシャ。この者は戦の才こそ無いが、民の心を掴み、あちらの貴族の殆どが心からの忠誠を誓う人望の厚い人物だ」
「随分と好評価ですわね」
「才あり努力する人物には、それが他国の者であっても敬意を払う。貴族として当然だ。――本当に、この様な人物が我が国の跡取りであれば……、先を読む事に優れ、それを最大限に活用する才がある。放置すれば、我が国は戦わずに帝国に負ける程の政治の才もある。――――危険人物だよ」
父から評価に、ターシャは思わず喜びそうになった。
だからこそ、彼が呪われた理由も納得した。
それだけ言われるからこそ、こんな大がかりな陰謀まで仕組んで命を狙われたのだ。
「――――良くやったぞナスターシャ、いくらお前が失敗続きでも帝国の第一王子の捕縛とあれば。それまでの全てを帳消しにして余りある功績だ、…………そうか時にお前、殿下と肉体関係はあるか?」
「…………お父様? 何を仰っていますの?」
「早く答えなさい、お前は清い体か?」
「え、ええ……まだ清い体ですけれど――――」
「それは朗報だ、どうだ? 殿下との婚約を止めて王の妾として後宮に入るのは。私から話を通しておこう、ならばもう少し価値を上げる必要があるな」
(――――今、なんて?)
ターシャは耳を疑った、父は何を言っているのだろうか。
コリウスから、パースを呪い殺そうとしている王に乗り換えろと?
王子の想いに気づかず、ターシャの想いも気づかず、嘘を吐き。
(嗚呼、嗚呼、嗚呼……お父様は、自分のことばかり、二言目には家門、家門と……その上、パースまで殺すのですか?)
父への諦めが、ターシャの中に蔓延し始める。
そうとは気づかず、伯爵は兵に偽装したコンバ達に近づき腰の剣を抜き取った。
「お父様、お止めくださ「黙って見ていなさい、必要な事だ」
「陛下に引き渡すのでは? 殿下のご命令にはその様に……」
「それだけでは、お前を王の妾に推挙する手柄が足りない。ここは是非とも忠誠を見せる為に、王の望みを、皇子の首をお前の手で持って行くのだ。――ああ、案ずることは無い、顔の良い男を殺すのは勿体ないか? 私が殺す、この者も最後に女性の役に立つなら男として満足だろう」
とても良い考えだと微笑むノーゼンハレン伯爵に、ターシャの中に怒りが沸々を沸いてくる。
静かに事を運ぼうとしたのが間違いだった、こんな言葉を聞くぐらいなら問答無用で殺した方が良かった。
殺さなければならない、実の父を。
(期待した、わたしが愚かだったのね。少しは優しい言葉を期待したわたしが、――――この場に居たのが悪いのよお父様)
もし、この部屋に居なかったのなら。
いつかは孫の顔を見せる時が来たのかもしれない、だが。
ターシャに嘘を言い、母を封印した理由も話さず、そして今パースを殺そうとしている。
駄目だ、駄目だ、もう…………駄目なのだ。
「むーっ!? むー、むー、むーーーーーーっ!?」
口を塞がれているパースが抗議の呻き声を上げるも、伯爵が耳を貸す訳がない。
パースを拘束している演技をしているコンバ達にも、緊張が走って。
「悪く思うな帝国の、これが運命だ」
「悪く思わないでお父様、これが運命なのよ」
「――――ぁ? ………………っ!?」
(ターシャっ!?)
伯爵が剣をパースの胸に突き立てようとした瞬間、その背後からターシャが闇の剣で。
己の胸を貫通する黒き剣を、伯爵は信じられないものを見るように振り返り。
見た光景は、怒りに震えるターシャ。
(――――嗚呼、そうか、私はまた……)
理解した、ノーゼンハレン伯爵は彼女の父として理解してしまった。
もとよりコリウス王子との不仲は、彼がターシャを不当に扱っていたのは知っていた。
だから、王の妾にと思ったのは彼なりの思いやりだったのだ。
「…………私は、また、間違ったのだな」
最後の意地として、伯爵は手に持った剣を静かにターシャへ差し出した。
その穏やかな表情に、彼女は困惑しながら剣を受け取って。
「お父、様……?」
「これで良い……、お前が、選んだのなら」
「いったい何を言って……」
「我が、――さい、あいの……フィローソウを、頼む…………、わた、し……の、たった唯一、血、繋がった……いと、し……娘……ナスターシャ……」
「なんで……何故……、何で――――」
伯爵は力を振り絞って、胸の剣を引き抜くと。
よろよろとターシャに近づいて抱きしめ、その血塗れの手で己の娘の頬を優しく撫でた。
「ずっと……こうし…………天罰だった、の、だな……」
「~~~~~~っ、今更っ、どうしてお父様もっ」
「私とは違う、間違わない、後悔しない道を行けターシャ…………――――――」
そうして、ターシャの父・ノーゼンハレン伯爵は息絶えた。
幸せそうに、肩の荷を下ろした様にほっとした穏やかな表情で。
愛娘の腕の中で、死んだ。
(嗚呼、嗚呼、嗚呼、お父様、お父様、お父様――――――っ!!)
何なんだ、何なんだろうかこれは。
ターシャは取り戻しに来た筈だ、夫となるパースの、ターシャに幸せをくれる、ターシャが幸せにしたいパースの命を取り戻しにきた筈だ。
なのに、何故。
(わたしは、また喪って――――っ!!)
気が狂いそうになる、怒りと悲しみで叫び出しそうになる。
どうしてこうなったのだろうか、どうして何も言ってくれなかったのだろうか。
どうして己は、もっと良く知ろうとしなかったのだろうか。
後悔は尽きず、ぐるぐると回る。
(でも)
立ち止まる訳にはいかない「行け」と父は言ったのだ、まだ母の命は喪われていないのだ。
パースの命を、取り戻さないといけないのだ。
「…………安らかに、お眠りくださいましお父様」
涙を堪えて、でも頬を伝う熱い何か。
ターシャは父を床に丁寧に置いた後、コリウスにそうした様に瞼を優しく閉じる。
(王国が……王がっ!!)
そして立ち上がった彼女の顔は、憎しみに燃えて。
全てを滅ぼしてしまう様な、怒りに満ちて。
――その姿に、パースは酷く不安を覚えた。
「……君が望むなら、お父上を連れて先に帰っても良いよ。後は僕らでやる」
「いいえ、いいえパース。わたしが殺します、貴方を蝕む全てを、殺してみせますわ」
「ターシャ…………」
君のそんな姿を見る為に来たんじゃない、親を殺させる為に来たんじゃない。
パースには、口が裂けても言えなかった。
これはパースの責任だ、パースに力が無かったからこの様な悲惨な光景が産まれたのだ。
(僕は――っ!!)
だからこそ、進まなければ。
「行こう、まだ残ってる。ラウルス公爵は殺そう、だがコールムバイン王は手足を切るだけにしてくれ、最後に聞きたい事がある」
「分かったわ」
二人は進む、後に続くコンバ達も険しい表情で歩き出す。
そして奥の部屋に続く道に入ると、向こうからラウルス公爵が来て。
「――――なっ、貴様「死んで」
公爵は死んだ、ターシャが殺した。
有無を言わさず首を刎ねて、死んだ。
とさっ、と体が倒れ首が転がり、血溜まりが静かに広がる。
「案外あっけなかったものね、祝福による偽物だと思ったのだけれど」
「でも、これで分かった。コリウス王子と王は不仲で、公爵もまた素直に従っていた訳じゃない。だからターシャへの事が伝わっていなかった」
「もし伝わってたのなら、もっと厳重な警戒だったでしょう……三人とも、この部屋にいない可能性すらありました」
「残りは王一人、続けよう」
ターシャ達は進む、そしてすぐに例の部屋に出て。
そこには、事態を察知していたのか険しい顔の老王が生棺の上に座り待ち受けていた。
「これで詰みだ、コールムバインの老王よ」
「…………儂も耄碌したものじゃ、こんな小僧にしてやられるとは」
「お覚悟は宜しくて? 貴方には個人的な恨みも産まれましたの」
「そうか……あのバカ者は死んだか、帝国を征服した暁には後継者として正式に任命してやろうと考えていたものを」
「言いたいことはそれだけかい?」
ターシャ達が取り囲む中、老王は動揺ひとつ見せずに大口を開けて嗤う。
「カカカカッ、王国が潰えるとはなッ!! 嗚呼口惜しい、口惜しいッ!! 帝国を手に入れ大陸を統べる計画がッ、こんな所で頓挫するとはッ!!」
「――そんな事でッ、何人の者が犠牲になったと思うのっ!!」
「…………ほう? お前は……誰だったか? いや、思い出したぞ教会が作り出した生贄か、なんだ、まだ生きておったのか?」
「眼中に無かった、そういう事ですわね。でも、ええ、まだ生きているお陰で貴方の野望はここで潰えるのですわ」
「貴様が?」
「そうだ王よ、ターシャが僕の側に来たから貴方は今ここで死ぬのだ」
すると老王は、ターシャを凝視すると口元を釣り上げる。
そして生棺から降りると、手を叩いて喜んだ。
「これは傑作じゃッ!! カカカカカカカッ! こんな傑作な事があるか? いや無いッ!! やはり儂は間違っていなかったッ!! 祝福ッ!! 神の授かり物という間違った認識ッ!! そんな物で人の価値は決まらんッ!! 早く走れる者がいる、政治に向いている者がいる、祝福とはその様な普遍的な特徴の一部しか無いのだッ!!」
「意味が分からないわ」
「分からぬか世界を統べる者よッ、神などおらぬッ!! 儂はそれを証明し神を作り出す為に、世界を手にしようとしたッ、つまりは手段じゃッ、偉大なる実験の手段ッ!! 教会など、貴様の様な魂まで祝福で染まった者を見つけ、手駒にする手段であったッ!! ああ、耄碌したわいッ、儂が望む答えが足下にあったのだとッ、この小さき矮小なる祝福が恨めしい……神よ、もし存在するなら、何故儂の祝福は腐らせるだけなのですッ!! さぁ小娘よ儂の手を取れッ!! 共に神を作り出すのだッ!! 教会の嘘ではない、正教会のまやかしでもないッ、本物の神じゃッ!! 手を取れッ、手を取るなら王国や帝国なはした金も同然よッ!! いくらでもくれてやるわいッ!!」
狂った様にまくしたてる姿に、己の理想しか写さない哀れな姿に、誰もが絶句した。
(こんな、……こんな男の所為で母も父もパースまでもっ!!)
彼の存在を許してはいけない、この者は決して、王になるべきではなかった。
ターシャの全身が訴える、聞く価値も無い。
今すぐ、殺すべきだと。
「殺すわ」
「待ったターシャ、最後に一つ聞きたい事がある」
「…………分かったわ」
パースの真剣な瞳は、少しの悲しみと諦観の光が混じって。
ターシャは困惑と共に、嫌な予感に強い不安を覚えた。
「ほう、ほう? 儂に聞きたい事じゃと?」
「狂気に犯された王よ、正直に答えて欲しい。――――貴方に呪われた僕の魂、元に戻るのか?」
「愚問じゃな、その顔だと分かっておるだろう? ……一度腐った物は二度と戻らない、もっとも、腐った物を戻す祝福があれば別じゃがな。だがもし存在しても無理じゃろう、祝福を概念にまで通用させるのは儂でも生涯をとして成功させたのじゃ」
「見つかっても、時間は無いか。――どれだけ持つ」
「ふぅむ……その奇妙な鎧が儂の祝福を拒んでおるが、それでも長くはあるまい。――否、何故死んでおらぬのだ貴様? その魂は腐りきって、無事な部分を探すのが難しいぞ? とっくに死んでいて不思議では無い、どれ儂に研究させてくれぬか?」
「それは断る、貴方はここで死ぬのだから」
「残念じゃ……本当に残念じゃ、世界の真理に届く所であったのに、もうすぐ新しき真理を作り出せるとこであったのに……本当に、残念じゃ」
淡々と行われる確認に、ターシャの脳は理解を拒みそうになった。
老王はなんと言った? パースは何と言ったのだ?
助からない? もう死んでいて不思議ではない? どういう事だろうか。
それでは、この戦いの全てが――――。
震える声で、信じたくないと彼女は問いかける。
「…………パース? ねぇパース? それって」
「確証は無かったんだ、理由も分からない、ごめん。でも終わったから、コールムバイン王を殺そう」
「ふむ、それには及ばん。――――これで儂は終わりじゃ、野望が潰えた今、儂が生きている意味は無し、誰かに殺されるのならば死を選ぼうぞ」
止める事が出来なかった、その必要も無かったが何より誰が想像出来ただろうか。
こんなにあっさりと、老王が死を選ぶなど。
コールムバイン王は、懐に隠していた短剣で胸を一突き。
その人生を、終えた。
(――――ああ、成程ね。彼も気づかなかった訳だ、まさか自分の呪いで魂を腐さらせた状態を保ってたから、僕が生きながらえてたなんて。…………でも、それだけじゃない、嗚呼、僕は君に愛されているんだね)
瞬間、パースの視界がぐらりと傾いて。
床に倒れた筈だが、痛みなんて無く。
「パースっ!?」
「ごめんターシャ、もう限界みたいだ」
「しっかりしてパースっ!! 終わったのっ、全部終わったのだからっ!! だからしっかりしてっ!!」
「…………愛してるよ、ターシャ」
そうして、パースは急速に死へ向かっていった。
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