第20話 容赦はしない


 その瞬間、パースからいつもの気軽さが消えた。

 笑みが抜け落ち、目は冷酷に、口元は引き締まって。


(――こんな姿、初めて見ましたわ)


 今すぐ飛び出す気でいたターシャは、思わず彼の顔をマジマジと。

 だってそうだろう、死の森で初めて会った時も、帝都までの旅路の中で襲われた時も。

 彼は焦ることや驚くことはあっても、敵意など見せた事がなくて。


(いいえ、これが本来の姿なのね)


 ここが家である城だから故に、ターシャに対して隠す事が無くなった故に。

 そして多分、希望が出てきたから。

 ――こんな顔も、格好いいと思える事は彼女もきっと彼の事を、多分、きっと、どうしようもなく。


「…………なぁニカ、我が帝国も舐められたものだね」


「はっ、殿下の仰るとおりでございますれば」


「随分と落ち着いている様だけれど、大丈夫なの?」


「君こそ大丈夫かい? 僕の事をじぃっと見てたけど」


「見惚れていた、と言ったら喜ぶかしら?」


「そりゃ勿論さっ! でも怒ってる姿に惚れられるなんて複雑だな」


「それだけ新鮮だったのですわ、――それで、何か考えはあるの?」


 この敵襲にどう対処するか、いつでも動けると視線で訴えるターシャにパースは頷いて。


「勿論、こんな状況は想定済みさ。役に立つ時が来るとは思わなかったけど。――ニカ」


「はっ! パースリィ殿下! 訓練通りに城内に残る兵力にて、非戦闘員の避難は開始しておりますっ! また、通路の封鎖及び誘導と攪乱により戦闘区域を限定。皇帝閣下と皇妃殿下はヤーロウ殿下と、アイリス様が孤立している様ですっ!!」


 ニカの報告に、ターシャは素直に感嘆した。

 帝国が強国であり続けている一因を、実感したからだ。


「――驚いたわ、即座に対応出来ているのね」


「でも完璧じゃない、アイリスの現在地は?」


「戦闘区域の右隣、金剛石の間! 敵祝福持ちが崩落させた天井により、出入り口が封鎖された模様っ!!」


「金剛石の間かぁ、じゃあダンスの練習でもしていたんだね。――上の階はどうなっている、敵は何処から来て、今何処にいる」


「上の階は今頃滞りなく避難が完了している見込みっ、敵襲は大門からっ! 数は不明っ!! しかし地上一階から制圧するのが目的かとっ!!」


「……これ以上は現場に行かないと無理か」


 パースは不敵に笑うと、皆に向かって声を張り上げた。


「外の敵軍はヤーロウが対処する、着いてこいニカっ! 我々は城内の敵を排除するっ!! ――さぁ、死の森に行く前に、足下の掃除をしようじゃないか!!」


 そうして全員は部屋を出る、外で警護していた護衛騎士の二人も合流して。

 ここから戦闘区域まで、建物が三つ、庭園が三つ、普通なら間に合うかどうか危うい距離。

 だがここには、ターシャが居る、規格外の大きな力を、応用性の高い祝福を持つターシャが。


「直線距離で行く。この廊下の突き当たり壁を壊して、その後は君の闇で道を作ってくれ。――出来るね?」


「ふふっ、誰に聞いているのですか? 同時にアイリスの所へ救援を、そしてわたしの直属の部隊にも声をかけましょう」


「理解が早くて嬉しいね、じゃあそこの二人は手分けして行ってくれ。ばあや達はアイリス達の方についていってくれっ」


 壁を壊し空中へ、闇を硬質化した道を一同は駆ける。

 直ぐに道は二つに別れ、ばあや達は騎士一名と、もう一人の騎士は慌ただしく人が行き交う兵舎へ。

 ターシャ、パース、ニカの三人が剣戟の音が五月蠅い中庭へ。


「君の力で作ったこの鎧みたいなの、凄く楽だね……自分で動いている気がしないよ」


「ええ、だって私が動かしていますもの」


「成程……、気遣いありがとう」


「突入しますっ! ――――貴様らっ!! 殿下とナスターシャ様の援軍だ、指揮下に入れっ!!」


 ニカの怒鳴り声に、衛兵達は喜びの声で返す。

 彼らも厳しい訓練を積んだ兵であるが、如何せん多勢に無勢で押され気味だ。

 三人は真上から飛び降りて。


「こちら第七警護班! 総勢五名欠け無し、喜んで指揮下に入ります!! ――待ってましたっ!!」


「よしっ、班長は報告! 残りは僕を守れ! ――行けるねターシャ!」


「お任せくださいましっ!! 数で来るならわたしにだってっ!!」


 ターシャは即座に、己の神影『とばりの王』を出現させる。

 それは大きさこそ人間そのものであったが、とにかく数が多い。


「後ろは任せましたわっ、何かご要望はありましてっ!?」


「倒せば消えるそうだよ! だから取り押さえて正体を暴いてっ!!」


「ナスターシャ様っ! 城の門を壊せる程の腕力を持つ者が居るそうです! ご注意くださいっ!!」


「了解したわ――――っ!!」


 敵兵一人につき、ターシャは三体の闇の兵を向かわせる。


「おおっ、流石はナスターシャ様っ! いくら敵が多くても我が方はこれで無尽蔵っ、しかも此方だけは混戦でも同士討ちの危険が無いっ!!」


「一人捉えたっ! お願いっ!!」


「ニカっ!」「心得ました」


「二人目追加っ!」


「こちらは我らが引き継ぎま――パースリィ殿下っ!」


「なんだっ!? ――――っ!? そういう事かっ!!」


 自害されない様に、兜をはぎ取られ剣の鞘を口に突っ込まれた敵兵二名。

 パースは敵を次々と屠ってゆくターシャに向かって叫ぶ、彼の考えが正しいのならば。


「祝福持ちは二名だっ!! 一人は怪力っ! もう一人は分身っ!! 顔を隠してるのはそれを悟らせない為だっ!!」


「――厄介なっ、でも怪力だけは本物という事ねっ!!」


 そう叫び返しながら、次々とターシャは闇兵と共になぎ倒して行く。

 敵の能力が判明したのは朗報だ、しかしそれだけで問題が解決する程甘くは無い。


(城を更地にして良いなら、手早く殲滅できるでしょうけれど……)


 それはパースにとっても最後の手段であろう、実行したら最後、被害が大きすぎるからだ。

 ならば、どうすればいい。


(分身使いとは、また面倒な相手を送ってくるわね)


 だが、同時に敵の底の浅さが。

 その意図が、知れるというものだ。

 

(バカじゃないかしら、王国兵の装備だなんて。帝国兵の装備を使えばわたし達に気づかれる事なく制圧する事だって可能だったでしょうに)


 そうしなかった理由など、ターシャにもパースにも明確に見えていた。


「あからさまだね、――僕達は舐められている。そして同時に、……こいつらは捨て駒か」


「王国兵が城を制圧出来たならば、それでよし。失敗しても時間稼ぎが出来る」


「その通りだよニカ、さぁて……どちらの公算が高いと踏んだのやら」


「次の策はっ!? 暢気に会話してる場合では無いでしょうっ!」


「――ナスターシャ様っ! 此方側に怪力持ちっ! う、うわああああああああああっ!!」


「ちっ、やはり背後から――――っ!! 貴方達歯を食いしばりなさいっ!!」


 突如として壁が吹き飛び、同じ格好をした敵兵が。

 その怪力持ちの敵兵は、瞬く間に警護隊を一人残らず投げ飛ばし。


「貴方邪魔なのよっ!!」


 瞬間、ターシャは怪力の主を蹴り貫いた。

 だが敵もさるもの、とっさに何人かが割って入り犠牲に。

 故に相手は生きているが、それでも向こう側の部屋の壁を突き破って奥へと飛ばされる。


「仕留め損ねたっ!! 貴方達は無事ねっ!!」


「問題ありませんナスターシャ様っ、助かりました!!」


 そう一瞬で駆けつけ一撃を加えると同時に、ターシャは投げ飛ばされた全員を闇の手で落下から守ったのだ。


(アイリスの保護はまだなのっ!? それさえ出来たなら城の一角を消し飛ばしてでも――)


 背に腹は代えられない、彼女が許可を取ろうとした瞬間であった。

 上の階から、護衛騎士の声が響いて。


「――――アイリス殿下救出成功っ!! 繰り返すアイリス殿下救出成功っ!! 避難も完了しましたっ!!」


 だが同時に、壊れた壁から続々と敵兵が飛び込んで来る。


(今が好機っ!!)


 ターシャは直感した、今こそ殲滅する時。

 彼女とは違い、敵は無尽蔵に分身出来ないだろう。

 こんな強力な力、普通は何かしらの制限があるものだ。


(本体の位置は遠くても城の外っ、そしてこんなに何人も倒される事は想定していないはずっ!!)


 確信は無い、だが消耗は激しい筈だ。

 怪力の主さえ潰せば、後は闇で強引に捕縛しつつ進むのみ。

 だが、パースの出した答えは。


「――――壁だターシャっ!!」


「承知っ!!」


 己の考えとは違う上に、曖昧な指示。

 だが、ターシャは即座に従って壁を出現させる。

 一人だけが通れる狭さの出入り口を作り、――次の瞬間、ニカが気絶した怪力の主の首根っこを掴んで走り込んできた。


「何時の間に……凄いわねニカ」


「ええ、これが我らの作戦。そして帝国第一皇子の筆頭騎士の力でありますればっ!!」


「よし、ターシャ捕縛と封鎖」


「了解、次は?」


「ちょい待ち、――ニカ?」


「…………判明しました。ええ、幸運でしたな」


「そうか……じゃあ仕上げに行こう。ターシャ、このまま彼らが昇ってこない高さまで僕らを上げられるかい?」


「出来ますわ、でも理由を教えてくださいまし。わたしはてっきり、このまま分身の方に消耗戦を仕掛けつつ捜し当て殺すのかと」


「確かにそれも手だけど、くくっ、僕らを甘く見ちゃいけないなターシャ。――話し合えば案外と分かるモノだよ?」


 悪顔をするパースに、彼女は困惑しつつ闇の壁を立方体に。

 その上に、全員を移動させる。


「ではターシャ、この怪力君を磔に。ついでに起こしておいて」


「承知しましたわ……」


 怪力の主を叩いて起こしている間に、パースはニカと何かを話していて。


「…………うん、把握した。じゃあ始めようか。ターシャ、この怪力君を僕に合わせて動かしてくれ、下の敵に見えるように、だよ」


「ええ、お手並み拝見と致しますわ」


 何を言うのか、ターシャが興味深げに見守る中。

 パースは大きな声で、下に向かって叫ぶ。


「聞けっ!! もう勝敗は決した!! 抵抗せず大人しくしろ!! ――――ラウルス公爵領、エリーベ町で生まれ育ったダグ・イエルカ!! 貴様の相棒であり、この帝都のムナーベ孤児院出身のチャールズ・ジェフの生死は貴様次第と思えっ!!」


「…………は?」


「むーっ!? むーっ!? むううううううううっ!?」


「テメっ!? バカ皇子の癖にっ!? 俺らの事を知ってやがるのかっ!? ――っ!? 普段のお気楽ぶりは演技だな畜生めっ」


「はっはっはっ、ダグ・イエルカよっ! パースリィ殿下の噂に惑わされた様だなっ!! だが安心すると良い、その噂の半分は素でやっているぞ!!」


「残り半分は計算してるって事じゃねぇかっ!! つーか、どうなってるんだよっ!! なんで俺らの事がバレてるんだよっ!?」


 分身使い、ダグの困惑した叫びにターシャも頷いた。

 すると、ニカはターシャに向かって笑い。


「簡単に言いますと、私の祝福の力です。残念ながらそう便利なものではなく、膨大な資料を暗記してこその事ですが」


「…………話せば分かるって、こういう事なのね?」


「そうなんだよ、効果的でしょ? ――――言っておくが、僕らは君がマチルダという娼婦と結婚寸前である事もっ、グランベリー領にいる親の家、その財産まで把握しているっ!! この意味が分からないなら、惨めな死を迎えるがいいっ!!」


 その言葉に、ダグもチャールズも急激に顔を青くする。

 然もあらん。

 襲撃した相手に、しかも帝国の第一皇子に、自分たちの事が全て把握されているのだ。

 更に悪いことに、捨て身でかかっても手も足も出ないような強者が傍らに居て。


「――――あら」


 襲撃者ダグの判断は素早かった、彼は地に額をつけ平服して叫ぶ。


「降参しますっ!! 命も差し上げますっ! だから両親とマチルダだけはっ! どうかご勘弁をっ!!」


「って言ってるけど? 君はどうだいチャールズ?」


 口の拘束が解かれた彼も、涙目になって懇願した。


「アッシも降参しますっ!! だから娘の命だけはっ!! 娘だけは罪に問わないでくだせぇっ!! やっと言葉を喋れるようになった幼子なんですっ!!」


「貴様等……帝国を何だと思っているのだっ!! 慈悲深きパースリィ殿下を何だと心得るっ!!」


「君たち……気持ちは分かるけどねニカの言う通りだ。むしろ――逆だよ逆」


「逆……」「でございますか?」


 怖々と問いかける二人に、パースは笑顔を向けて。


「――――帝国に仕えよ。……分かってるだろう? 王国とラウルス公爵は君たちを捨て駒としか扱っていない。成功しても殺されるのがオチだね」


「そ、それは……」「アッシらを許すんですかいっ!?」


「勿論罪は償って貰う、……だが二人とも殺すには惜しい力の持ち主だ。全ての罪は今後の働き次第さ、ああ勿論、報酬は出るし身分は正規兵だ」


「命をとしてお仕え致しますパースリィ殿下~~~~っ!!」


「アッシもっ、アッシもお仕えしますだ殿下~~~~っ!!」


 そう言いながら、パースはターシャに目配せした。

 彼女はその意図を読みとり、全員を地上に降ろす。

 ――襲撃は解決したのだ。


「(……ねぇニカ、貴方達はパースへの忠誠が他の者達より特に高いと思うのだけれど)」


 警備班が二人を拘束する中、ターシャはこっそりとニカに問いかける。


「(ご明察です。私は違いますが、この様にして配下になった者が何人もおりますので)」


「(彼らは問題を起こさないの?)」


「(本来死罪でも不思議では無いのに、配下になる前より高待遇で。有能さを示せば昇進もあり得るのにですか?)」


「(…………清濁併せ呑む皇帝の資質、という事ですわね?)」


「(まぁ、これで問題を起こすなら即座に処刑ですし。重罪人である事が発覚しても処刑ですから……遺族や被害者に対する専門の対応部署がございますし)」


「(つまり、今回の被害次第でも処刑される可能性がある、と)」


「(殿下はお優しいですからな、此方に死人がなければ)」


 ターシャの見立てでは、城の人的被害は最小限か皆無、大きくても重傷者が数名といった所。

 あくまで、今回対応に当たった兵が第七警備班と同じ練度だと仮定しての話ではあるが。


「――――いえ、今回の事後処理を気にするのは後ね」


「そうだねターシャ、僕らの戦いはまだ終わっていない」


 二人が連れて行かれるのを横目に、パースは彼女に近づいて。

 問題は、これからの対応である。


「頭が痛いわね、帝都の外、そして死の森。……明らかに時間稼ぎに来ているわ」


「そこで、さ。――僕に提案があるんだ」


「聞きましょう」


「帝都の外に迫る軍勢はヤーロウと父上に任す、僕らは死の森の砦に奇襲をかける」


「手遅れになる前に、今日中に片を付ける。……そういう事ね?」


「――――殿下っ!? ナスターシャ様っ!? それでは今から……っ!?」


 目を丸くし驚くニカに、パースは命じた。


「ターシャの直属部隊と、僕の護衛騎士団を全員訓練場に集めろっ!! これからターシャの力で運んで貰って一気に攻め落とすっ!!」


「はっ! 直ちにっ!!」


 ニカは猛烈な早さで走り出して、ターシャとパースは訓練場へと歩き出す。

 その時だった、アイリスが駆け寄ってきて。


「――――お兄さまっ!! お姉さまっ!! ご無事ですか~~~~っ!!」


「やぁ、アイリス。君こそ無事だったかい?」


「はいっ、お兄さま達のお陰でメイド達にも傷一つ無く! いえそれより……これから向かうのでしょう?」


「聞こえていたのね」


「丁度良い時に来ることが出来ましたわ、――……お二人に、いえお兄さまに。お伝えしたい事があるのです」


 アイリスの真剣な顔に、パースは直感した。

 これは彼女の祝福が発動したのだ、そしてそれは良いものではなく。


「未来が見えたのかっ! ……何が見えた」


「――――永遠の夜が、永久に明けぬ夜。木々は枯れ川や地面は凍り付き人々は息絶える、そんな未来が見えました」


「どういう、こと……っ!?」


 ターシャは戦慄した、それは恐らく彼女自身の仕業だ。

 でも何があって、そうなったと言うのだろう。


「詳しくは分かりません、でも同時に、晴れやかな空も重なって見えて…………」


「…………これは簡単に行かなさそうだね。気をつけることはあるかい?」


「…………――――諦めないでください、お兄さまさえ諦めなければ、最後のその時まで諦めなければ、或いは……ごめんなさい、それだけしか分からないのです」


「ははっ、十分さ」


「ええ、パースの命は絶対に守るわ。――朗報を期待しててくださいまし」


「…………御武運を」


 アイリスに別れを告げ、二人は再び歩き出して。

 そうして直ぐに、雲の上の人となったのだ。


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