第19話 迫る刻限
あれから二日、コンバ達が持ち帰った情報により皇帝は出兵を即日決定した。
そんな中、当事者であるターシャとパースはコンバ達より直接報告を聞いて。
「あの巨大な魔獣を寄せ付けない結界、わたしの母らしき人物、コールムバイン王の祝福、普通に攻めるなら苦戦しそうね」
「ああ……これは中々難しいね、さぁて、どう攻め入ろうか。総指揮官はヤーロウだけど、僕も出ない訳にはいかないな」
「パースも出陣するのですか? はっきりと申し上げても?」
「足手まといって? まぁ前線で戦うならそうだろうけどね、後方にいる分には問題無いと思うんだ」
「…………わたしなら」
ターシャの紫の瞳が冷徹に光る、その意図する所にパースは首を横に振って。
「それが効果的でも、現段階では採用出来ないね」
「理由を、協定なんて幾らでも言い訳がつくでしょう?」
「コンバ達の情報から推測すると、彼方の戦力は既に増えていると予想出来る。君だけなら問題無いだろうけど……手が足りないと思わないかい?」
「手が足りない? 有象無象が何人いようが問題では無いけれど?」
「砦ごと潰すから、かい? それじゃあ駄目だ、君の母上が助からない可能性がある」
「それ、本当にわたしの母でしょうか? そもそも産まれた後にすぐ出て行ったという話ですわ。顔も覚えていない、生死すらはっきりしない、母という事すら確定していない存在を考慮しなくても良いと思うのですが?」
パースを助ける手がかりが手に入ったのだ、これを期に有無を言わさず殲滅、皆殺しにする。
そんなターシャの威勢を、パースは諫めようとした。
だが、彼が口を開くより早く。
「お待ちくださいターシャ様っ!! それだけはなりませんっ、それだけは駄目なのですっ!!」
「ばあや? 何? 貴女まで……」
「ああ、ああ…………~~~~っ。お許しくださいませターシャ様、このばあや、ターシャ様に秘密にしていた事がございますっ!!」
「――――ばぁや?」
必死に制止し、泣き始めたばあやに彼女は困惑した。
こんなに取り乱したばあやは初めて見たし、それに秘密。
ターシャの背筋に、冷たい感覚が走って。
「何となく読めてきたけど、うん、僕から聞こう。――ターシャのお母上は旅に出た。でも違うんだね?」
「――――、その、通りでございます殿下……」
「ばあやっ!?」
そして、老メイドは語り始めた。
「…………最初、伯爵はターシャ様がお産まれになった事すら知りませんでした」
「どういう事だい?」
「あの方、フィローソウ様と伯爵様は賭場で出逢ったと聞いております。何でも、賭に負け借金を背負った伯爵様の借金を払う引き替えに一夜を共にしたとか」
「………………わたし、どんな顔でこれを聞けば良いの? 少しぐらいはロマンティックなアレコレがあったのかもって少しは期待していたのだけど?」
「フィローソウ様は賭博が得意だった様で、その後も何回か同じ様な事があったと聞いております」
「うーん、逞しい……って言えばいいのかな?」
突然壊れる母親像にターシャは困惑、パースもまた複雑そうな顔をした。
だが、ならばどうしてターシャは伯爵家で育ったのか。
「…………あれは、偶然でありました。フィローソウ様が赤子であるターシャ様を連れて王都を出ようとした際、偶々通りがかった伯爵様に見つかって」
「もしかして、伯爵は義母さんが好きだったとか?」
「違うと思いますわ、あのロクデナシの事ですもの。どうせ同じように借金を返して貰おうと思って引き留めたのでしょう」
「はい、ターシャ様のご想像の通りです」
「そして自分の子供がいる事が判明した、――でも王国なら子供を殺そうとしても不思議じゃないよね?」
「そこです、その時は丁度このばあやも一緒におりまして……」
そこで、老婆はターシャの方を見た。
彼女としては意味が分からず、首を傾げて。
「その時、赤子だったわたしが何かしたのかしら?」
「フィローソウ様は結界の祝福を持つお方、そして伯爵様のお力は封印、先に行動に出たのは伯爵様の方が早く……」
「母は捕まった、そういう事ですね?」
「それだけではありません、赤子の身ながら伯爵様の害意を感じ取ったのでしょう。ターシャ様はそのお力で叩きのめしてしまいまして」
「でも赤子故に長くは続かず、母子共々捕まった。――そしてターシャは伯爵家の為に奴隷同然で育てられ」
「…………あの時、伯爵様に問うたのです。フィローソウ様をどうするのかと、伯爵様は話せば分かると仰られて――――ですが心配になってその夜、様子を伺いに行くと、倒れたフィローソウ様が…………ううっ、申し訳ありません。今まで告げる事が出来なくて……っ!!」
「…………そういう、事だったのね」
ターシャは軽く嘆息した、この事を教える事が出来なかったのは恐らく伯爵の仕業。
(ばあやは確か貴族といっても一代限りの騎士爵の妻、伯爵に脅されたら逆らえる筈がない)
家族の命、それだけではない赤子であったターシャの命すら脅迫の中に含まれていたに違いない。
(でも、何故……。何故ばあやは)
疑問が一つ、老メイドを罪に問うなどあり得ないが。
これだけは、聞かなければならない。
ターシャは、俯くばあやに優しい笑顔を向けて。
「顔をお上げなさい、ばあや。貴女のお陰で今のわたしが在る。そしてその時のばあやには選択肢がなかった、そうよね? それは良いの、――けれど、聞きたいことが一つあるわ」
「ターシャ様、ありがとうございます……。何なりとお聞きくださいませ」
「王国ではわたしは不吉の象徴の様な扱いだったわ、それは王国民であるばあやも同じ感覚だった筈。――――何故、わたしを愛して育ててくれたの?」
その言葉に、ばあやは頷いて。
「色が不吉であると、しかし赤子に何の罪があるでしょうか。それに、わたくしは王国でも辺境の出身、そこに教会の教えは伝わっておりませんでしたので」
「ありがとう、貴女の正しさにわたしは救われていたのね……」
「ううっ、勿体なきお言葉でございます……っ!!」
ターシャは、ばあやに近づきそっと抱きしめた。
優しく、柔らかく、感謝を伝えるように。
(――でも、これで判明したわ。コンバが目撃した者はわたしの母、そして母は生きている)
祝福は生きていなければ使えない、そして王都から去ろうとしていた母が陰謀に荷担するとは思えない。
だから無理矢理、父に封印されたのだ。
「…………お父様、絶対に許さない」
「ターシャ様……、その事についてはばあやは何も申しません。ご存分になさってくださいまし……」
「気持ちは分かるけどターシャ? 僕としては帝都に生かして連れてきて裁判にかけたいから。せめてその後でね?」
「…………分かりましたわ、そこは譲りましょう」
ならば、気軽に自分の力のみで砦を攻略する事は出来ない。
ヤーロウ率いる軍と、そしてパースの手助けが必要だ。
だが、彼女には不安に思っている事があって。
「――――それでは、ばあや。エリーとマリアと協力してわたしの準備をお願いするわ」
「畏まりました」「直ちに」「取りかかりますっ!」
そして侍女三人は部屋から出ていき、ターシャとパースが残される。
ならば遠慮はいらないと、彼女は彼に体を向け。
「ねぇパース? さっきから動いていないけれど、大丈夫かしら?」
「――――ああ、見抜かれてたか」
「大切な貴方の事ですもの、…………右手、いや右肩からかしら? 動かない、そうでしょう」
「少しハズレ、ベッドに倒れたいぐらい痛んでる。『腐食』の祝福とはよく言ったものだね、体の内側から腐ってる気がするよ……」
そう言った途端、パースは辛そうに息を荒げ顔を青く。
ターシャは側へ行き、彼を支えながら椅子に誘導した。
「そんな体で行くつもりですか? 砦までたどり着けずに倒れるのが目に見えていますわ」
「…………はぁ、はぁ、……そ、それでもさ。これは僕の問題でもあるんだ、君を一人で戦わせたくない――いや違う、どんな時でも君と一緒に居たいんだ」
「気持ちは嬉しいですけれど、足手まといは迷惑ですわ」
「じ、じゃあ言うけど、……はぁ、……はぁ、――ターシャってさ、結構力任せだよね? そして絡め手には弱い。君以外が狙われた時に、……と、取れる選択肢が少ないんだ」
「…………だから、頭脳役として着いていくと?」
「駄目、かな……?」
懇願する様な口調、しかしその瞳は決意で固まっていて。
「駄目って言っても、黙って着いてくる目ですわね」
「はは、分かるかい?」
「――――わたしの闇で動きを補佐します、けっして側から離れないでくださいまし」
「ああ、君の力に守られているなら安全さっ! ――げほっ、げほげほげほっ!!」
「パースっ! そんな大声を出すから血が……っ!」
「~~~~っ、はぁ、はぁ、はぁ。……ごめん、き、気をつける」
パースの体調は大きな不安要素だ、連れて行きたくないが。
この状態では、置いておく方が不安が大きい。
(何としてでも、パースは守りきるわ)
ターシャが、決意を新たにした瞬間であった。
けたたましい鐘の音と共に、城内が騒がしくなって。
「伝令伝令――――っ! 帝都目前に敵軍襲来っ!! 旗はラウルス公爵家及びコールムバイン王国っ!!」
「先手を取られたっ!?」「ちっ、行動が早いよ叔父さんっ!!」
急ぎ部屋を出ようとした二人の下に、ニカも合流して。
「ご無事ですかパースリィ殿下っ!! 敵襲でございます!!」
「聞こえてるわニカっ、帝都に敵が迫ってきてるんでしょう?」
「違いますっ! いえそれもあるのですが――――城内に侵入者っ! 祝福持ちが暴れている様です!!」
帝都の外に、そして城の中に。
帝国は今、窮地にあったのであった。
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