第13話 へっ、面白いヤツだな


 今、城内は少し騒がしかった。

 しかしターシャに直接関係する事なく、今日も優雅にパースと庭園の東屋でティータイムである。


「いやぁ、聞いたよ。教師達が君の事を誉めてた、教えることが殆ど無いって」


「一応、それなりの教育は受けていますし。国際情勢も必要ではありましたから」


「……それ、任務の片手間で受けてたんだよね? 体とか壊さなかったの?」


「わたしが祝福を持っていなければ、途中で死んでいたでしょうね」


「さらっと言わないで欲しいなぁ、どうしようもないって分かってるけど悔しくなるから」


「心配してくれてありがとう、と言うべきでございましょうか?」


 平然と返すターシャに、パースは己の気持ちが伝わっているのか迷ったが。

 済んだ事、と返されるよりマシだと頷く。

 そんな時であった、ドスドスと足音が近づいてきて。


「兄貴いいいいいいいいいい!! アンタの大切な弟が帰ってきたぜえええええええええええ!!」


「あ、お帰りヤーロウ。僕が生きてる内にまた会えて嬉しいよっ!」


「そんな悲しい事を言わないでくれッ!! オレ達がどんなに心配したか……それなのにいきなり旅に出るとかさぁ!!」


「ははっ、ごめんごめん。反省はしてるんだ」


(この人が、第二皇子のヤーロウ殿下……。大きな人ね)


 皇帝が獅子とすると、ヤーロウは狼だろうか。

 その巨体でパースの周りとちょこまかと動く姿は、忠犬という印象も強かったが。


「――――で? コイツが兄貴の嫁か? 自己紹介が遅れたな、オレはヤーロウ。貴様の噂は聞いているぜ」


「初めましてヤーロウ殿下、この度パースの婚約者となったナスターシャ・カミイラ・ノーゼンハレンですわ」


「おうヨロシクだ義姉さん……――なんて言うと思ったか毒婦めがッ!!」


「あら?」


「ちょっとヤーロウっ!?」


「はんッ、止めるんじゃねぇ兄貴!! 母上も父上も、大臣連中や正教会の連中は誑かせてもなぁ……オレはそうはいかないぜッ!! 断固結婚を反対するッ!!」


「うーんヤーロウ? その心は?」


「なんで結婚するんだよ兄貴イイイイイイ!! ずっとオレだけの兄貴でいてくれよおおおおおおお!! 嫌だ嫌だ嫌だァ!! 兄貴はオレだけの兄貴じゃなけりゃ嫌なんだァ!!」


「……………………成程?」


 怒ったかと思えば泣く、喜怒哀楽の激しいヤーロウにターシャは困惑した。

 あまりに唐突な結婚話だ、誰かしら反対する者が出てくると思っていたが。


(これは予想外だったわね、いえ迂闊なのはわたしですわ。パースの弟だから同じ様な子だと詳しく聞き忘れていました…………)


「ごめんねターシャ、どうも僕の下二人は何というかさ……」


「ふふっ、パースは素敵なお方ですもの。少し兄弟愛が強いのですね」


「分かってんじゃねぇか義姉さんよォ!! でもそれぐらいでオレは負けねぇぞ! あ、好物だって用意したんだセンベイいるか?」


「喜んで頂戴いたしますわ」


「ほらね、良い子なんだよ。僕の事となると暴走しがちな所を除けば」


「つれねぇぜ兄貴ッ!! いいか義姉さんッ! オレはテメーに言いたい事があるッ!!」


「どうぞ御存分に言ってくださいまし」


 何を言い出すのか、結婚に反対な以上は恐らく勝負。

 現皇家で、このヤーロウが一番強い祝福を持つと聞いている。


(戦うというなら――容赦はしませんわ)


 そう意気込むターシャであったが。


「――――アンタ凄ェな!! 感心したぜ! あんな巨大な神影を持ってるなんて!! しかも闇、夜の神の力を使えるんだろう? それって世界の半分も同じじゃねぇか!!」


「ありがとうございます……?」


「折角だから握手してくれよ、義姉さんが男だったら抱きしめて部下に欲しかった所だが」


「いやそれ一応協定違反だからね? 貴族は立場上黙認されてるだけで」


「でもよ兄貴、何やったって王国よりマシだろ。あそこは酷ェからな」


 しみじみと語るヤーロウに、ターシャは苦笑して何も言えない。


(思ったより、良い子なのねヤーロウ殿下は。いえ、年がそんなに離れている訳でもないですし。良い子という表現は違う気もしますが)


 だが契約が終わるまでは、彼は義弟なのだ。

 多少は弟扱いしても問題あるまい、と彼女は笑った。


「仲良くしてくださいましね、ヤーロウ殿下。わたし、弟が出来るのは初めてなので嬉しいわ」


「奇遇だな、オレも姉さんが出来るは初めてだぜッ! ――じゃねぇよ! テメェと慣れ合う気はないッ!!」


「強情だねぇ、もう少し兄離れしたらどうだい?」


「そんな事は言わないでくれよ兄貴!! 兄貴はオレの方が皇帝に向いてるって言うがさァ、オレもアイリスも兄貴に皇帝になって欲しいんだって何度も言ってるだろ?」


「アイリス? ――ああ、妹がいるという話でしたわね」


「うん、もうボチボチ帰ってくる頃らしいから。仲良くしてやってよターシャ」


 義妹の情報は、後で忘れずにマリアに聞いておかないといけない。

 センベイをばりぼりと食べながら思案していると、ヤーロウが己を睨んでいる事に気づき。


「ヤーロウ殿下も食べますか? 美味しいですわよ?」


「違ェよ!! 分かれよ勝負を挑んでるんだよッ!! 兄貴が結婚なんて認めねぇ! 呪いをかけたヤローをぶっ殺したら、なんかこう良い感じの綺麗な女性を探すんだよ!!」


「いやでもヤーロウ、ターシャ以上に綺麗な女性がこの国に居るの?」


「…………居ないな、宰相ん所のテッセン嬢も評判だが綺麗というより可憐だし、何より兄貴好みの乳のデカさが足りねぇ」


「ちょっとそれ今言うっ!? いや誤解だからねターシャっ!? 胸を隠して距離を取らないでお願い悲しくて死んじゃうっ!?」


「エリー、明日から胸の線を隠すような服をお願い」


「申し訳ありませんナスターシャ様、今ある物は全てパースリィ殿下の好みでして少々お時間がかかります」


「………………今日から別の部屋で寝ませんか殿下?」


「僕が何したって言うんだいっ!? もうすぐ死んじゃうんだよっ!? 愛する女性に好みの衣装を着て貰っても良いじゃんか!!」


 自らの死すら願望を押し通す理由にする、その強さにターシャは感心と呆れ混じりの視線を送ったが。


「でも兄貴、呪いが無かったら?」


「そんなの、理由を付けて絶対に着て貰うけど?」


「ニカ? 申し訳ありませんがマントを貸してくださるかしら?」


「ぬおおおおおおおおおおおっ!? しまった!? 誤解じゃないけど誤解だよターシャっ!?」


「…………闇よ」


 身の危険を感じて、ターシャは闇で鎧を着込む。

 今日までの節々で、パースが男としての欲望にも素直な事は承知していた。

 そして、己がそれに弱い事も。


(ふふっ、顔も体も覆ってしまえば恥ずかしくありませんわっ!)


 その姿に、パースはがっくりと項垂れる。


「は? テメェ兄貴を傷つけるてんじゃねェぞ? やるか? やってやんぞ?」


「それ僕に追撃してない?」


「良く考えてくださいましヤーロウ殿下、この姿であればパースは色に惑わされる事はないと思うのです」


「なら許す」


「ああもうっ!! こんなの耐えられるかっ!! 僕にだって考えがあるぞっ!! ターシャは露出が気持ち多めの方が魅力的に見えるんだっ!! 受け入れられない場合、仕事しないで君を朝まで誉めたたえるぞ!!」


「どんな脅迫ですかっ!? 止めてくださいましヤーロウ殿下っ!?」


「ふっ、勉強になるぜ兄貴……。オレもソフィラにそうやって口説くわ。そうだ義姉さんにも後日紹介するぜ、オレの婚約者なんだ!」


「くっ、この兄にして弟ありという事ですねっ!? エリー、マリア、ニカ、助けてくださいましっ!!」


「私は殿下の護衛ですので……」「慣れてくださいナスターシャ様」「エリーの言う通り、少しは耐性を付けるべきですわ」


「味方が居ないっ!?」


 残念ながら、コンバ達は早速任務でラウルス公爵領へ出かけている。


(万事休すという訳ですねっ!? ううっ、闇で覆っても言葉までは……物質化しますと空気が無くなりま――ああ、耳だけ塞げば良いのでは?)


「ターシャ? 僕も妥協するからマジな対応は止めよう? そうなると朝までキスしなきゃいけなくなるから」


「ううっ、狡いですわよパース…………」


「まぁまぁ、良く考えてよ。僕を君好みの服で飾るっていうのも楽しいと思わない? 自分で言っちゃうけど僕は美しいでしょう。君が希望するなら裸に首輪一つで奉仕でも、喜んでする!!」


「…………殿方を、わたしが着飾らせる? え、ええ……? それってアリなのですか?」


 思わぬ申し出に、ターシャは困惑した。

 確かにそれは対等な条件だ、だが何かしら裏を感じられて。


(どういう魂胆でしょうか、……そういえば、一般的な夫婦はそういう事をするとかしないとか聞いた事が――――はっ、まさかわたしに夫婦としての意識を芽生えさせる為にっ!?)


(なんて事を考えてるんだろうなぁ、純粋に好きだし愛してるって言っても、まだ簡単には信じてくれなさそうだし。恋人とそういう事をしたいって概念も気持ちも、ターシャにはまだだろうし)


 闇の鎧を解いて、ターシャはパースをまじまじと見る。

 彼は微笑んで、しっかりと視線を合わせて。


(…………あー、これマジなヤツだな兄貴。本気で義姉さんに惚れてるんだな)


 二人の様子を、ヤーロウは珍しそうにして。

 父と母達が認めた以上、彼女が毒婦である可能性は低いと踏んでいた。

 だが感情が追いつかず。


(あの兄貴がなぁ、国中の美姫に言い寄られても軽くあしらって追い返してた兄貴が。一時はニカとできてるんじゃねェかって噂されてた兄貴がなぁ)


 事前に聞かされていた通り、本当に一目惚れして連れて帰ってきたのだろう。

 己の死を前に、後悔の無いよう旅だった兄が。

 それを止めてまで連れ帰った女性。


(――――世界の半分を司る夜の神、神にも魔王にもなれる力を持つ女、か)


 祝福を持つ者なら、あの神影を見て力の差を理解できない筈が無い。

 兄の死は未だ変わらないと聞く、しかし義姉なら或いは。


「――――はっ、面白いヤツだな姉貴は」


「ヤーロウ?」「ヤーロウ殿下?」


「おっし、決めた! 兄貴が決めたのならオレはとやかく言わねぇ! アンタなら任せられる! これからはヤーロウとだけ呼んでくれ!」


「ええっと……ではよろしくヤーロウ」


「そうだ姉貴、兄貴はベタベタするのが好きだって前に聞いた。だからくっついて耳元で囁いたら止められると思うぜ! 頑張りな!」


「それは良いことを聞いたわっ! …………でも出来るかしら?」


「だからバラさないでくれるっ!? いや嬉しいけどさっ!?」


 こうしてターシャは、義弟ヤーロウに認められたのだった。



 ○



 珍しい事にその日の深夜、皇帝の隠し部屋には明かりが灯り。

 中に居るのは皇帝、パース、ヤーロウの三人。

 彼らは真剣な表情で、地図を睨んで。


「って事は、その三人を叔父さんの所へ? 信頼出来るのかソイツらは」


「コンバ達は信頼出来る、僕達がターシャを害さない限りはね」


「一歩間違えば爆弾だが、その判断には誉めようぞパース。お陰で王国の詳しい内情と、密通者の事が判明したからな」


「これで証拠が出れば、堂々と攻められるってもんだがよォ」


 ラウルス公爵はそう簡単に尻尾を出さないだろう、だが公爵はともかく王国はどうだろうか。

 王国の杜撰さは周知の事実であり、ならば。


「王国の間抜けさを祈るだけなんて、歯痒いなぁ」


「そう嘆くなパースよ、もう一つ手は打ってある」


「それって姉貴の聖女認定か? 披露式の直後の夜会が勝負だな」


「ターシャの話では、叔父さんの祝福が公表されているのとは違う可能性があるって話だけど」


「そうなると、あやつは随分と前から王国と通じていたという事だな。――思ったより我が帝国は、王国に浸食されているかもしれん。……双方とも気を引き締めてかかれ、ワシは我が子が死ぬまで悠長に待つ気は無い」


 ギロリと眼光を鋭くする父の姿に、ヤーロウは力強く頷き。

 パースは苦笑したが、その瞳は鋭く。


「嗚呼、僕としては叔父さんの名誉の為にも。民の混乱を防ぐ為にも、秘密裏に終わらせたかったんだけど。まぁ仕方ないか」


「兄貴は優しく見えて、案外おっかないよなぁ……でも自分の身はもう少し考えてくれよ。あの旅だって、土壇場まで証拠集めて叔父さんと相打ちになる覚悟だったんだろ?」


「ふむ、そういう意味でもナスターシャには感謝せんといかんな。我らはパースと二度と会えない所であったわ」


「そうそう、言わなくても分かると思うけどさ。ターシャを戦力に組み込まないでよね。協定の事もあるけど、彼女には軽々しく戦争に荷担して欲しくないんだ」


「言われずとも、最初から計算に入れてねぇよ兄貴。本気で惚れてるんだなァ」


「後は呪いを解いて、孫が出来るのを待つだけじゃな!」


 カカカ、と皇帝は笑い、ヤーロウとパースも笑った。

 帝国は、戦の準備を秘密裏に始めたのであった。


「あ、そうだ兄貴。さっきアイリスから手紙が着たんだけどな?」


「もう直ぐ帝都に着くって?」


「それもあるんだが、どうも姉貴に協力して欲しい事があるから。話を通しておいてくれって」


「アイリスに協力……もしかしてアレ? アレなんだね?」


「アレか……かの者には苦労をかけるのぉ。父親として諦めろと言えん所が悲しい所でもあるが」


「たぶん、アレだろうなぁ。姉貴の事は兄貴がどうにかしろよ、アイリスのアレはオレが押さえておくから」


 三人は顔を見合わせて。


「「「アレかぁ……」」」


 と盛大に嘆いたのであった。


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