第10話 城にて


 ターシャを連れての帰還は、帝都の民の大歓迎でパースとしても安堵した。

 だが謁見の間を前にして、彼は足踏みして。


「何時までそうしているのですか? 早く入りましょうパース」


「あー、もうちょっと、もうちょっとだけ待って、心の準備が居るんだ……」


「もう、さっきからそれの繰り返しですよ?」


「だけどさぁ……」


 そもそもの話、パースが今回の旅に出たのは死期を悟っての事。

 当然、親である皇帝や皇后、弟妹とはそれなりにしんみりした別れの挨拶をした後であり。


(いやまさか、半月もしないで返ってくる事になるとか予想しなかったじゃん?)


 気まずいと言う他ない、その上、帰ってきた理由が結婚だ。

 彼はそっと、隣に立つターシャを見て。


(一目惚れするなんて、予想外だったよ。まさか僕にそんな情熱が残ってるなんてね)


 元来、パースは第一皇子ではあるが皇帝になる気など無かった。

 親愛なる弟は英雄気質で、ターシャには負けるが強い祝福を持っている。

 可愛い妹もまた、祝福と才覚を持ち合わせており。


(どっちかが皇帝になってくれても良いのにね、何で僕なんかを推すんだか)


 嬉しい事ではあるが、人生をどう楽しむかという事しか頭にないパースより、よっぽど国民の為になると思うのだ。


(二人とも、ターシャにどんな反応するかなぁ……。いやそれよりも、お嫁さんにするなら生きないとって無理して犯人探しするのが目に見えてるよ)


 彼としては、彼の死の直後の方が敵の隙をつけ効率的だと。

 己の死すら、計算に入れていた訳ではあるが。

 その為の旅でもあったのだが。


(ま、帰って来ちゃったものは仕方ないか。最後にまた会えたって考えれ――――いや駄目だ、ターシャに命を諦めるなって言われたばかりだっけ)


 前向きに、隣に立つ運命の人が居るのなら不思議と何とかなる気もして。


(……………………本当に僕って幸運じゃない? ターシャ可愛過ぎじゃない? ずっと見ていられるんだけど??)


 現在のターシャは、用意させていた白いドレスに着替えずみ。

 褐色には白だろうという安直な発想であったが、彼の想像以上の可憐さ、清楚さが産まれ。


(ふっ、僕に理性が残ってて助かったぜ。何も考えずに抱きしめてドレスを皺だらけにする所だったからね!!)


 本当に、どうして王国はこの女性を無碍に扱っていたのだろうか。

 新月の夜の様に深い黒色の髪、ただでさえ美しいのに褐色が異国情緒を醸しだし。

 スタイルだって悪くない、男としては少し悔しいが背丈だってすらりと高く。


(あんなに強かったのは嬉しい誤算だけど……)


 パースはいつの間にか、デレデレしながらぼうっとターシャを見つめていて。


「――――埒が明きませんね、エスコートするので入りましょうか。お手をどうぞ」


「はっ!? いやいや僕にエスコートさせて、はい仲良く手を繋いでっ、からの――――開けてくれ」


 謁見の間を守る衛兵達は、苦笑しながら扉を開ける。

 そして中に入ると、大臣達は涙ぐみながら静かに歓迎し。


(あれがセレンディア皇帝ガーベル、隣に居るのがメリア皇妃……)


 ガーベル皇帝は髭を蓄えた美丈夫だった、眼光は鋭く、柔和そうであるが隙が無い。

 メリア皇妃は、彼の線の細さが良く似ていた。


(ふぅん、瞳の色は皇妃様譲りなのね。――ええ、成程、公爵が皇帝になれない訳よ)


 例えるならば獅子と猛犬、そもそもの器が違うのだ


(だから猛犬は獅子の子が子である内に狙った、そういう訳ね)


 生憎と、彼の弟である第二皇子と妹である第一皇女は不在であったが。

 第二皇子は遠征から帰還途中、第一皇女もまた留学先から、と事情は聞いている。


「――――ただ今戻りました父上」


「ふむ、よくぞ戻ったパースリィ。して、隣のが?」


「はい、僕が妃にと望む女性であります」


「顔を上げよ、名は」


「ナスターシャ・カミイラ・ノーゼンハインと申します皇帝陛下」


「ククク、――――王国の貴族か」


 瞬間、謁見の間に緊張が走った。

 王国の貴族、それも伯爵という皇子の妃としては微妙に不釣り合いな身分。

 大臣達もざわつき、そんな中で皇帝はターシャに近づき。


(何をするつもり? パースには相応しくないと殺される? それとも皇子と騙す罪人として牢屋へ?)


 ターシャはごくりと唾を飲む、それだけの威圧感が皇帝にはあった。

 隣のパースもそれを感じ取ったのか、彼女を庇う様な姿勢を見せ。

 次の瞬間。


「うおおおおおおおおおっ!! よくぞ帝国に参られたナスターシャよ!! これからはワシが貴様のパパじゃ!! 不肖の息子だが是非とも頼むっ!! 末永く頼む!!」


「はへっ?」「あ、やっぱり」


 皇帝はターシャの手を躊躇い無く両手で握り、満面の笑顔を浮かべる。

 すると彼の後ろから、皇妃が進み出て。


「ちょっとアナタ、狡いですよ私もターシャさんにご挨拶したいわ」


「おおっと、そうであったな我が美しき妃よ」


「パースが不満なら何時でも言ってね、どんな手を使ってでも矯正させるわ。それから私の事はママと呼んで、最近は誰も呼んでくれなくなって寂しかったの」


「ちょっと父さん母さん!?」


「こらパースリィ、一応は公の場だぞ。せめて世界一頼れて超絶カッコいい父上と呼べ」


「そうよパースリィ、せめて世界一美しいお母様と呼びなさい」


「僕はどっからツッコめば良いの? というか世界一美しいのはターシャに決まってるよ?」


「待って、待ちなさい、待ってくださいまし。ちょっと理解が追いつかないのですが?」


 何だろうか、このとてもフランクな歓迎ムードは。

 王国ではもっと堅苦しくて、国王はターシャを居ないものとして扱うし、王妃は親の仇の様に睨んでいた。


(国が違えば、ここまで違うものなのですか?)


 笑顔の仮面がずり落ちそうになる、そんな戸惑いの渦中にあるターシャの耳に。

 大臣達からの、思わぬ言葉が飛び込んでくる。


「陛下狡いですぞ! 我らも聖女ターシャ様にご挨拶をさせてください!!」


「そうですぞ陛下! 実は男色疑惑すらあったパースリィ皇子が妃にと望む女性ですぞ! 是非ともご挨拶させてください!!」


「ふおおおおおおおっ、この肌の色は正しく聖女!! 強い祝福を受けた神子という話は本当だったのですね!! こんな人材と手放した王国はバカですな! さ、さ! 陛下、我々正教会はナスターシャ様を聖女と認定しますぞ!」


「助けてくださいましパースっ!? ちょっと理解が追いつかないのですがっ!? 何でこんなに歓迎されてるのですか!?」


「みんな、ちょっと急ぎすぎじゃない? というかターシャは僕のだから離れてどうぞ?」


 目を白黒させて皇子の背中に隠れるターシャ、その姿に皇帝達は微笑ましそうな顔をして。


「(分かってますねアナタ、ターシャさんを逃してはいけませんよ。あの子が嫁にと望んだ初めての女性なんですからね)」


「(分かっておるわ、それに国の利益からしても手放せないわい)」


「(私の手の者によると、契約結婚という事です。――ここは外堀も内堀も埋めて既成事実を作らなければなりませんよアナタ)」


「(それも承知しておる)」


「(正教会からは、皇子の呪いに対抗するため是非とも聖女の座について欲しいのですが)」


「(軍からは、ナスターシャ様直属の大隊設立を要求します)」


「(宰相として、あの死の森を一部とはいえ切り開いた功績を評価し。勲章と報酬を与えるべきかと具申致します)」


「(全部わかっとるわいっ! 貴様等打ち合わせ通りにせよ!)」


 目の前で輪になってひそひそ話、ターシャもパースも流石に複雑そうな顔をして。


「……わたしはどういう反応すれば良いの?」


「ごめんね、ウチは結構独特でしょ」


「独特とは、また言葉を選びましたねパース……」


 どうやら本気で歓迎されてるらしい、それについては嬉しかったが。

 ターシャとしては、契約結婚なので後ろめたさがあって。

 その時だった、内緒話が終わり皇帝達はニヤニヤと二人を取り囲む。


「さて、ナスターシャ。いや我が新しき娘ターシャよ、パースリィとの出逢いをとくと聞きたい所ではあるが。――ひとつ確認せねばならない事がある」


「はい、何でもお聞きくださいまし陛下」


「先日の山より巨大な黒き騎士、そなたの神影と聞いたがそれは誠か? その手に乗って騎士達も乗せて運んだのも誠か?」


「はい、誠でございますれば」


「――――聞いたかメリア!! ワシらも巨人の手に乗って旅をしてみたいのうっ!!」


「ええ、それはとても良い考えですわね陛下!」


「父上母上?」


「うむ、貴様の言いたい事は分かるぞパース。ターシャにはその力と貴様の嫁としての拍付けとして正教会の聖女に認定する!! これは正教会からの申し出でもある!!」


「…………ありがたく存じ上げます?」


「いきなり過ぎだよ父上っ!?」


「そしてだ、編成はまだ先であるが直属の大隊を作る。好きに使うがよい」


「僕だって護衛騎士団だけなのにっ!? いや確かにターシャなら使いこなせるだろうけど!」


「皇帝の命である、編成されしだい死の森を調査せよ! 一家全員で遠足じゃ!!」


「…………あー、成程ねぇ」


 だから父上は怖いんだ、とパースは溜息を一つ。

 これはターシャの地位を固めると同時に、現状最も怪しい公爵への対抗措置だ。

 遠足の為の調査とは、公爵の領地を動き回るお題目だろう。


「喜んで拝命致しますわ陛下」


「うむ、聖女としてパースリィの嫁として。励むがよい」


「という訳で堅苦しい話が終わった事だし、二人には見せて欲しい事があるの」


「今の何処に堅苦しい話がありましたか母上?」


 どことなく嫌な予感がして、ターシャとパースは緊張の色を見せる。

 恐らく皇妃の欲する所こそ、――本命。


(わたしの力を見せて欲しい……ではありませんね)


(ううっ、変な所を突いてきそうな気がするよ……)


 すると彼女は艶やかに微笑み、ターシャの手を取って。


「パースリィとの結婚するという事は、ターシャさんはパースリィの想いを受け入れたという事でしょう?」


「は、はい。そういう事になりますわ」


「なら、――――キスしてみせて欲しいの。一回でいいから見せてくれないかしら? ほら、この子ったら今まで一つも浮いた話も無いし、折角こうして見つけてきても寿命がアレでしょう?」


「僕の寿命が凄く軽く扱われてる気がする……?」


「ワシらも全力を尽くしているがな、どうなるかは分からん。だからせめて後悔しないために、そなたらが愛し合う姿を見せて欲しいのだ」


「…………父さん、母さん」


「これは……、断れませんわねパース」


 少し涙ぐむパース、しんみりとした空気の中。

 ターシャには、義両親となる者の願いを無碍にする事なんてできない。

 しかして、問題があるとすれば。


(わたし、……口づけをするなんて初めてなのですけれど)


 旅の道中、おでこや頬にパースが一方的にキスした事はあれど。

 ターシャからは一度も無いし、唇になんてましてや。

 なお、彼女の中で宿屋での噛みつき騒動はノーカンである。


「――――うん、それじゃあキスしようかターシャ」


「ええ、貴男の妻になるのですもの。それぐらいは簡単ですわ」


 皇帝達に見守られる中、二人は向かい合う。

 パースの左手がターシャの腰に、顔が少しづつ近づいて。


(し、心臓が痛いぐらいに高鳴ってるっ!?)


 何故だろうか、彼の青い瞳に吸い込まれそうな感じは。

 その目の中にターシャの顔が写る、きっとターシャの瞳にはパースが写って。

 お互いの吐息がかかるぐらいに、唇が近づいて。

 その瞬間。


「――――ご、ごめんなさいっ!!」


「ターシャっ!?」


「ううっ、ううううう……、ご、ごめんなさい凄く恥ずかしくて…………」


「うわっ、僕の奥さん可愛すぎない? いやキス出来なくて凄く残念ではあるんだけど」


 ターシャは耳どころか全身を朱に染めて、顔を覆って座り込んだ。

 そのぷるぷる震える姿に、パースのみならず全員が庇護欲をそそられて。


「――――うむ、初々しくて結構!! しかし不甲斐ないぞパースリィ! 我が息子なら有無を言わさず甘美で情緒感溢れる口づけをせんか!!」


「ちょっと理不尽だけど言い返せないっ!?」


「ふふっ、意地悪を言ったみたいでごめんなさいねターシャさん。さぁさぁ、気を取り直してお茶にでもしましょうか。皇家の嫁としての心構えを伝えさせて頂戴な」


「いや僕もターシャも帰ってきたばかりで疲れてるし、せめて明日にしてどうぞ?」


「この年になって聞き分けの無い子供みたいな事を言うものではありませんよパースリィ、私はただ可愛いお嫁さんを可愛がりたいだけなのです」


「どっちが子供なのさっ!?」


 わいわいと騒ぐパース達に、ターシャは座り込んだまま。


(な、なんでこんなに恥ずかしいのですかっ!? ただ唇と唇が合わさるだけだっていうのにっ!!)


 もしそうなったらと思うと、余計に思考が混乱してきて。

 あの綺麗な顔に、外見の線の細さとは裏腹に実は逞しい腕で腰を抱かれて、キスされるのだと思うと。


(胸……、心臓が凄いドキドキしてるわ…………)


 微笑ましそうな視線に気づかず、ターシャは謁見の間からパースの手を引かれ退出し。

 結局の所、寝るまでずっと茹だったままであった。

 そして数日後。


「え? 何があったのでしょうかこれは……?」


 王宮にて与えられた部屋はパースの隣、扉ひとつで繋がり勿論寝室は一緒。


(な、何が目的なのですか?)


 だが問題はそこではない。

 城に来た翌日は、珍しい事があるものだと。

 その次の日は、物好きも居るのだと。

 しかし、こうも続くと――――。


「見てくださいナスターシャ様、贈り物がまた届きましたわ!」


「これはあの子爵家からで、こちらは……ああ、宰相様ですね、法務大臣や他にも――」


(何でこんなに贈り物が来るのですか!? まさか罠っ!? これは何かの罠!?)


 部屋にうず高く積まれた贈り物の山、山、山。

 その光景に、ターシャは困惑するのであった。


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