第4話 契約結婚
「却下で」
ターシャは即断即決した、契約結婚と言いながら愛する者への純粋なプロポーズに聞こえたが。
ともあれ、今は権力に関わる気分でもないし。
だらだら考えて、魔獣に襲われたら面倒だからだ。
「ちょっと決断早くないっ!? 少しも考えてくれてないよねっ!?」
「申し訳ありませんがパース殿下」
「君にはパースとだけ呼んで欲しいな」
「ではパース、わたしの事を知っているという事は多少の想像が出来ている筈です。――今、この場に居る意味を。それにここは危険地帯、わたしならともかく、貴男が生存するには不向きな場所でしょう?」
「成程、結婚を申し込まれても冷静さを失わず。しかも僕の事まで心配してくれていると。……ますます惚れちゃうね」
「お戯れを、――契約と言いましたか? 歩きながらで良いのなら話だけでも聞きましょう」
ターシャは譲歩の姿勢を見せた、だがこれは偽り。
最初から話など聞く気はない、ここに留まる時間を僅かでも減らし。
契約内容を、断る口実にする為なのだ。
「分かった、移動が優先だね。なら……良しあった、地図と方位磁石は僕が」
「わたしは貴男の護衛と、道を切り開く事にしましょう」
「道を切り開く?」
「ええ、――こうやって」
瞬間、ターシャの頭上には巨大な黒い剣が現れる。
闇を、一時的に物質化したのだ。
「なんとなく予想は付くけど、それどうするの?」
「先ずは薙払い――それから上から、こうっ!!」
バキバキバキと豪快な音を立てて木々が吹っ飛び、扇形の広間が出来る。
次にドズンと地面が押しつぶされ、小さな町の大通り程の道が出来た。
「ふおおおおおおおおおっ!? す、凄いよターシャ!? 君はこんな事も出来るのかいっ!? 普通ならあの大きさまで祝福の力を出せないっていうのに、しかも物質化してるねっ!? そうだろう!?」
「……パースは気持ち悪いとか思いませんの?」
「え、何処が? 純粋に凄いよね、祝福の強さもそうだけどさ、それを使いこなせてるって所が。ウチも強い人が沢山居ると思ってたけど、全員集めても君には勝てなさそうだ!!」
子供のように目を輝かせる皇子に、ターシャは戸惑いを覚えた。
初めてだったのだ、この力を褒めて貰ったのは。
(少し、胸が暖かい……? いえ気のせいね)
後はこれを繰り返しながら、安心して進めば良いだけだ。
木々が無くなった事で、魔獣の奇襲の可能性は大幅に減り。
そもそも魔獣も元は獣、ここまでの轟音、力の差を見れば逃げ出すというものだ。
二人は歩き出して。
「契約に必要だからっていうのもあるけど、聞いていいかい?」
「何でも聞いてくださいまし、けれど王国の機密情報なら金銭を要求します」
「……君の魂胆はなんとなく理解できるし、支払っても良いんだけど」
「あら、もしかして殆ど筒抜けですか? わたしがイキシアでした事もご存じでしたし」
「一応は友好国とはいえ、隣の国だし、王国の上層部は腐ってるから。備えはいつも万端さ」
「…………貴方の様な方が王国に居れば、もっと過ごしやすかったかもしれませんね」
「ありがとうターシャ、おべっかだって分かってても君の口から出たなら嬉しいね」
「パースのわたしへの好感度の高さは何なのです?」
「え、言わなかった? 一目惚れだよ?」
「え?」
「え?」
ターシャは思わず足を止めて彼の顔をまじまじと見てしまう、パースも首を傾げながら彼女を見て。
「成程、わたしにおべっかを使っているのですね。それとも婚約者に死刑を言い渡された事への慰めですか?」
「はぁっ!? あのバカ王子ってばそんな事したのっ!? てっきり婚約破棄でもされたから逃げてきたのかと思ったよっ!?」
「――ああ、やはりこの事は知りませんでしたか」
「やるねターシャ、ウチが何処まで掴んでるかカマかけしたんだね?」
「ええ、でも言ったことは本当ですわ。私はこの死の森への追放刑を受けました」
笑顔を崩さないターシャ、パースといえば実に不思議そうな表情をして。
「…………僕は本気で王国が理解できないよ、どうして君みたいな有能で有用な人材を死刑にしたんだい? しかも救国の英雄じゃないか」
「わたしも理解しがたいのですが、ええ、彼らはとても愚かだった様で」
「報告通り、王も王子も自分の信じたい事しか信じない愚か者か。その癖、陰謀は一流。――君が居なくなった事で尻尾を出せば良いんだけど……」
考え事を始めたパースは黙って足を動かす、ターシャとしても進むことに異存は無く道を作り進み。
そうして、目的地まで半分の距離に来た時だった。
彼は、おもむろに口を開いて。
「うん、纏まったよ。――君への口説き文句が!」
「王国への対処を考えていたのでは?」
「それも含めてさ、じゃあ契約結婚の事だけど……」
「わたしは高いですよ?」
「僕としても安く買い叩くつもりは無いさ、だから契約結婚して僕の目的が達成されたら……僕の持つ全てを君に譲ろう。地位も財産も権力も、子飼いの部下だってつけちゃう!!」
「はい?」
ぴたっとターシャは足を止めた、この皇子は何と言ったのか。
(え? 全部を譲る? 皇子としての権力も財産も領地も!? どういう事ですっ!?)
怪しい、怪しすぎる、好条件過ぎて危険がありますと言っている様なものだ。
「…………随分と好条件ですが、本当にそれが可能なんですか?」
「うん、父上にも大臣達にも通用するとっておきの切り札があるんだ。もっとも、前提条件として君が妻になってくれないと駄目だけどね」
「では単刀直入にお聞きしますが、――敵は?」
そう、敵だ。
ターシャの素性を知ってなお、契約結婚を持ちかけるその意図。
そもそも契約結婚が必要という事は、結婚を偽装するという厄介な状況が前もって発生しており。
ならば、倒すべき敵が居るという事なのだ。
「ひゅう、話が早いや! さっすが僕のターシャ!」
「まだ殿下の妻ではありませんわ」
「あれ? もしかして好感度下がってる?」
「死の森の魔獣の次は、帝国の敵を殺せという事でしょう? 汚れ仕事なら王国に居たときと変わりありませんもの」
「いやいや誤解しないで欲しい、必ずしも敵を倒す必要は無いんだ。――そもそも敵が何処の誰かも確定してないのだから」
「つまり検討はついていても、証拠が無いと?」
「そういう事。一定期間が経過したら、大手を振って倒せる理由が出来る筈だから。もし君の出番があるなら、そこだね」
随分とふわふわとした話だ、それにこれなら結婚する意味がターシャには薄い。
皇子の持つ全てなんて、手に余るのは目に見えている。
「ならば、その一定期間とやらが過ぎてから。あらためてわたしに暗殺を依頼してくだされば良いでしょう。――報酬はお金で宜しいですのよ?」
「それじゃあ駄目なんだ、僕は契約結婚しなきゃいけない」
「殿下ならば、契約結婚といえど選び放題でしょう?」
「そうだね、でも君に出逢ってしまったから」
「……わたしの強さが目当てですか」
「一目惚れしたって言っても信じなさそうだね、それに間違ってはいない。ターシャの強さこそ、目的達成に必要なんだ」
「では、目的とは」
そろそろ森の出口が見えてきた、ターシャは話を断るために最後の質問をする。
彼女のまっすぐな瞳に、パースは微笑んで答えた。
「僕の復讐をして欲しい、君も噂ぐらいは知っていると思うんだけど。僕は皇族なのに祝福を持っていないんだ。だから――」
「わたしなら、それが可能であると」
「そうだ、敵は強かで狡賢い。対抗するには普通の人間じゃ駄目だ。妻として僕を側で守って欲しい、代わりに僕は全てを差しだそう」
泥だらけの酷い姿で出された言葉は、皇族としての役目を果たそうとする意志。
そして青い瞳には、…………悲しみが浮かんで。
(卑怯だわ、そんな顔をするなんて)
彼の姿は、かつて王子に求めていた姿でもあった。
その献身は、かつて父に欲していた姿でもあった。
(これは罠かもしれない、身よりのないわたしを犠牲にする陰謀かもしれない)
でも、思ってしまったのだ。
(――――もっと、この人の事が知りたいわ)
だから。
ターシャは深呼吸を一つ、即断即決ではない未だ判断に迷って。
けれど、ここで彼を見捨てたら
(わたしは、わたしを捨てたあの人達と同じになってしまう)
目を伏せ、そして開く。
そこには、静かに佇みターシャを見つめるパースの姿が。
「――その契約、受けましたわ。ナスターシャ・カミイラ・ノーゼンハレン、貴方の全てと引き替えに復讐を果たしましょう」
「ありがとう、ターシャ」
彼は右手を差しだし、彼女もそれに答えて。
「…………男のヒトって、手が大きいのね」
「もしかして、異性と手を繋ぐのは初めてかい?」
「そうね、考えてみれば貴方が初めてかもしれない」
「本当!? いやぁ、僕は幸せ者だなぁ。君みたいな綺麗なヒトと――――」
その瞬間であった。
森の外が俄に騒がしくなり、ガシャンガシャンとけたたましい金属音。
「殿下ああああああああああ!! パース殿下あああああああああああああああ! よくぞご無事でええええええええええええええええええ!!」
「殿下!」「探したぞバカ皇子様!!」「我らが皇子が居たぞ!!」「囲め囲め」「胴上げだ!」「というか隣の美人さんは誰だ?」「このやろうコッチが心配してる間だに口説いてたなっ!?」
「やぁやぁ、みんなご苦労さま!! 心配かけてごめんね、それからコッチは僕の――――って、うわあああああああああっ!? なんで胴上げするのさっ!? ちょっ、助けてターシャっ!?」
「ちょっと着いていけないので、お暇を貰っても?」
「今説明するから待ってよターシャっ!?」
胴上げされながら、慌てふためくパース皇子。
彼女はその時、己が久しぶりに笑っている事に気がついて。
(復讐……そういえば詳しい事を聞きそびれたわね)
だがそう遠くないうちに、聞くことになるだろうと。
ターシャは揉みくちゃにされる彼を、微笑ましそうに眺めたのだった。
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