Gold can Stay #13
江ノ島からスーパーに寄って材料を買って帰った。三郷が昨日食べ損ねた肉野菜炒めを注文したからだ。
今日も三郷は野菜を切った。危なっかしさはあるけれどザクザクと音楽を奏でるようにそれはもう楽しそうに切る。後はひのでが肉と野菜を調理してささっと完成させた。山盛りの肉野菜炒めを食べ盛りな二人はすぐに平らげて満腹になった。風呂に入るとひのではそのまま寝てしまいたかった。
頬を叩いて作業部屋で課題と向き合った。明日には自宅へ帰るというのにひのでの課題はさほど進んでいなかった。
しかし完成までの過程が頭の中で想像できるまでになっていた。ずっと家にいたら何も浮かばずくすぶっていたかもしれない。そう考えるとほとんど遊びで過ごした三日間は無駄ではなかった。
しばらく作業をして、もうそろそろ寝ようと三郷の部屋へ戻ると彼は寝ながらベッドで読書していたようだった。ひのでが戻ってきたからだろうか読んでいた本を置いた。自分の家なのだから気を抜けばいいものをピシッと態勢を正した。
すでに敷かれている布団に入ってもう寝るかと三郷に確認を取りながらひのでは寝る準備に取り掛かった。ひのでが寝巻にしているよれよれのTシャツと色がとても似ていて、初日に二人が笑壺入った三郷家の来客用の布団の薄いブランケットを広げる。
「僕、深川君が絵を描いてるの見るの好きなんだ」しみじみと三郷は言い放った。「何か絵描いて」
「え?何?今から?」
「ヒツジの絵を描いてよ」
ひのでが読書感想文で選んだ『星の王子さま』に出てくる台詞だった。ふとベッドの上の先程まで三郷が読んでいた本に目が入る。『星の王子さま』だ。
「…本当に描くの?」
「描いて描いて!」
子供のようにねだるのでクロッキー帳を出して描いてやることにした。
授業で描くような絵ではない。デフォルメされた落書きだ。それでも三郷は大層機嫌がいいようでひのでを褒める。
そんな三郷にひのでは同じ生き物を描かせた。渋々と鉛筆を握りおっかなびっくり線を引く。
物をそっくりに描くことと頭の中のイメージをアウトプットすることは違う難しさがある。難しさが楽しく感じることがあるのでひのでは絵しりとりなどの遊びが好きだった。
「羊じゃなくなった…」
迷いながらもすぐに完成した。顔がある、もこもこしている、手足が生えている。そういう特徴は捉えている。三郷本人は不服そうな顔をする。
「お前が羊って言えば羊だよ」
納得できない表情が少しゆるむ。
「僕も絵の練習をしようかな」
調子がいいのか前向きか。そういうことならばとひのではトートバッグから小さいサイズのクロッキー帳を出した。落書き用に買ったはいいがなかなか使う機会がなかった。
「これあげる。気が向いた時に何か描くといいよ」
それを受け取ると三郷は嬉しそうに礼と今後の目標を述べる。
「ありがとう。僕きっと深川君のヒツジに負けず劣らずかわいい羊を描いて見せるよ」
「羊はもういいだろ」
「深川君はこういう絵を描いてみたい!っていうのないの?」
一瞬、ひのでは質問の返答を考えるふりをした。考えなくても答えは出ている。答えるかどうかを考えた。三郷と会ってからずっと頭の片隅に、この三日間は隅なんかに置いていられない時もあった。
ちらりと彼を見ると「どうしたの?」と見つめ返してくる。言ってしまおうか。伝えたいような、察してほしいような、知られたくない考え。こんなこと悩むようなことじゃないと思いつつも実際に気後れしてしまっている。重要なことなのだ。
静かに息を思い切り吸う。そのまま低い声で唸るようにひのでは言葉に出した。
「俺は暖の絵を描いてみたい」
「僕?」
聞き取りづらかっただろうひのでの声は三郷にきちんと届いた。
「絵になると思ってたよ。ずっと」
「…楽しそうだね」
その一言は自信のなかったひのでの背中を押すことになった。
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