#14

 夜一時半。部屋は深川君が勝手に電気を消して暗いまま。僕は深川君を描いてみたいと思った時のことを話す。少しだけ気恥ずかしい。

「僕たちが初めて会った時に」

「初めて会った時って?」

「初めて僕がプレハブの物置に入った日だよ」

「あぁ…」

 ごそごそと体勢を変えて深川君は溜息のような返事をした。

「あそこに人がいるなんて思ってなかったんだ。そもそもプレハブ自体そんなに意識したことなくて」

「うん」

「そういえば小屋があったんだったなぁ、あれ、人がいるなぁって」

 僕も少し座り方を変えた。小学生の時から使っているベッドが少し軋む。

「深川君の顔は見えなかったんだけど絵を描いてるってのはわかったんだ。君の姿勢が良くて僕もなんだかピーンとした気持ちになって、もし絵を描くなら絵を描いている人を描いてみたいって思ったんだ。不思議だよね。授業以外で絵描いたこともないのに。結局描いてないけどね」

「ふぅん…」

 そう感じただけで僕には珍しくて特別なことのように思えた。

「深川君はどうして絵を描くようになったの?」

「…最初は暇潰しだったけど褒められて気を良くした」

「嬉しいよね。わかるよ」

 僕も幼い時から歌うことが好きでいつも歌ってた。拙かったと思う。本当はうるさかったかもしれない。けれど周りの大人たちは褒めて今日まで伸ばしてくれた。

「でもなぁ。高校でこんな専門的に学ぶことになるとは思いもしなかった」

「そうなの?もしかして一般の学校に行く予定だった?」

「いや、美術科の高校はいくつか受けたんだけど…」

 彼の声はどんどん尻すぼみになった。そのままぽつぽつ呟くように言う。

「今でもこの学校に入れたのまぐれだと思ってるんだ」

「まぐれ?」

「すごい学校じゃん?普通科は五教科を真剣に本気で頑張れば俺でもどうにか入れるかなってレベルだけど、美術科と音楽科と体育科はただその科目が好きだからって理由だけじゃ入学できないよ」

「うん…」

「合格できて嬉しかった。ここも駄目かと思ってたから。入れたくらいの何かが俺にもあったんだって思えた。好きなものを好きなように表現できるんだって。でも、やっぱり、な?数ヶ月いればわかるよ。くじけずそれなりに頑張ってはいるけどさ」

「美術科にもライバルがたくさんいるんだね」

「ライバルか。そうね。色んな人がいる。音楽科も?」

「家族代々ここの卒業生で入学するのが運命だったみたいな人もいるようだし、音楽が大好きだから精一杯勉強して入学した人もここにいるよ。今も頑張ってる」

「そっかぁ」深川君は一度大きく息を吐いた。「音楽科って俺のイメージで一番きれいなんだよな」

「きれい?」

「体育科はやっぱ他科より何もかもが厳しそうじゃん?秩序って感じ。昔は体罰が普通にあって問題になったこともあるらしいし。それが正しいとはもちろん思わないけど」

 僕は初耳だった。それなりに歴史がある学校だし事件の一つや二つあってもおかしくないかもしれないけど少しショックだ。

「それに対して美術科は混沌かな。三年生が愛犬と一緒に一年の授業に交じってたことあったし廊下で散髪し始める人もいるし。あ、音楽科にもそういう人いる?」

「聞いたことないかな…」

「良かった。普通科は良くも悪くも普通」

 言いたいことはわかった。きっと共通認識だろう。傾向はあるんだと思う。

「多分、本当は俺、普通科が合ってると思うんだよね」

「えっ?」

「音楽科は特にお坊ちゃんお嬢さんが多いって聞くし校内でも領域が違う気がする。もちろん優雅なだけの世界じゃないってのは知ってる。だけど印象としてさ、一番きれいだよ」

「そ、そう?音楽科のことそんな風に考えたことなかったなぁ」

「そういうところなのかもしれないな」

 深川君は寝返りを打った。仰向けになり低い声で唸りながら手足を伸ばし息を吐く。

「俺、今も他の科の知り合いっていないからさ。音楽科と言ったらあなたなんですよ」

「深川君にとって僕は音楽科の代表ってこと?」

「そうだよ。だから描いてみたいと思ったわけよ」

「何で?どういうこと?」

「はい!終わり!俺はもう答えた。もう眠い。お前の絵は学校始まってからでも描けるよ」

「描いてくれる?」

「ちゃんとモデルやれる?」

「できるよ!じっとしてられる!」

「はいはい、いい子ですね」

 深川君は僕を小さい子のようにあしらって笑った。もう眠る気満々のようだ。大きなあくびが聞こえた。

 朝起きて約束がなくなっていたら嫌だ。僕はそう思いながらも目を閉じた。

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