第23話 約束【上】

「んー……」


 ああ、懐かしい匂いがする。この温もりも懐かしくて……落ち着く。

 帰ってきた――て感じがする。私の家でもないのに。不思議だ。不思議なくらい……しっくりくる。

 でも、触れるその身体はやっぱり昔とはちょっと違くて。そっと身を寄せてみれば、すっかり逞しくなった胸元はモフモフとして柔らかく、羊毛のよう――。


「って、羊毛……!?」


 ハッとして目を開けば、


『やっとお目覚めだぺん?』

「ひやあああ!?」


 な……なに? なんで……!?

 ベッドの上で、幸祈と身を寄せ合ってイチャイチャしていた……はずなのに。絶叫して飛び起きた私の横に寝そべるのは――。


『昔を思い出すペンね』

「いつ!? いつを思い出すってのよ!? こんな状況、記憶に無いから!」


 ビシッと指差す先には、ベッドに寝そべるハンペンマンが。しかも、すっかり大人サイズに成長した立派な体躯で。


『何を言ってるペン。昔はこうしてこうきくんと川の字になって一緒に寝ていたペン』

「もはや川の字になってないから! どんだけデカくなってんのよ!? もうただの全身タイツの変態じゃない!」

『失敬だペン。誰のお陰でこうきくんのベッドに潜り込めたと思ってるペン』

「は……ちょ……い、言い方! 潜り込めたとか言うな! てか、あんたは邪魔してただけでしょ!?」


 今も邪魔だし! なんで、わざわざ幸祈と私の間に入ってきてんのよ!?

 ちらりと視線を向けた先――ハンペンマンを挟んだ向こうでは、幸祈がこんな状況にも関わらず、すやすや寝こけている。隣に三角形の輪郭をした、全身タイツの変態が寝そべっていることなど、全く気づいている様子もなく……。

 いや……気づくわけもないか。だって、どうせ、これも――。


「ま、結局、これもでしょ。ムキになるだけ無駄なのよね」


 腕を組み、ふっと鼻で笑ってそっぽを向く。

 そう。これだけ何度も繰り返されたら、もうハッと目を覚まして『夢か……』なんて愚は犯さないってものよ。


『少しは成長したペンね、ほなみちゃん』と憎らしくしみじみ言って、ハンペンマンがむくりと起き上がる気配がした。『もうボクもお役御免だペン』

「ん……?」


 お役御免……?

 え――と見やれば、そこにいたのは……。


『ここまでお膳立てはしてあげれば充分だペンね。ちゃんと約束は守ったペンよ』

「や……約束?」


 目の前でぽわんと宙に浮かぶソイツは、見慣れた姿形に――三頭身の愛らしいサイズに戻っていて、


『久々に会ってみたら、性根がねじ曲がりまくっていてびっくらこいたペン。思春期を拗らせすぎだペン。これからはちゃんと素直になるペンよ』


 約束って……。


「なに……約束って、なんのこと……?」

『それは自分のCカップの胸に聞くペン』

「Cカッ……」


 なんで知ってるのよ――じゃない!


『あとはほなみちゃん次第だペン。――これからは抱いて寝る相手を間違えるなペンよ』


 マントを靡かせ、くるりと宙で身を翻すハンペンマンに咄嗟に私は手を伸ばし、


「ちょ……待って! どこ行く気!? まだ……こっちの気は済んでないんだから! 散々、やりたい放題しといて、勝手に行かないでよね!?」


 聞く耳持たずで、ふわりと飛び去らんとするその後ろ姿に、たちまち、かあっと込み上げてくるものがあった。


 焦燥感――。


 置いていかれる、という……もう懐かしい感覚。

 その瞬間、蘇ってくる光景があった。小さい頃、嫌というほど見送った両親の背中。いってらっしゃい、て言いながら、行かないで、て心の中で祈った。寂しい、て言葉を何度も何度も胸の奥に押し込んだ。

 それで……。


 ああ、思い出した。


 そんな日々を送っているとき。お迎えを待ちながら、私……布団の中でハンペンマンを抱きしめながら、お願いしてたんだ。


 『ひとりにしないで』――て。

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