第21話 邪魔【上】

 鼻先まで布団に潜らせ、こっそり覗くように見つめる先で、幸祈の顔色が変わったような気がした。

 動揺が消え、覚悟が宿ったような……そんな表情で見つめられ、きゅうっと胸が締め付けられる。まるで、身体がようやく私の言葉を――私がなんの引き金を引いたのか――理解したかのように。


「お前な……」言いながら、幸祈は身を起こし、ギシリと私に覆いかぶさるように両手をベッドにつく。「マジで……分かってんだろうな」


 脅すようにも聞こえるその声には、緊張と真剣さが滲んで。私を見下ろすその眼差しは熱っぽくも不安げで。

 こんなときでも、やっぱり幸祈だな――と思う。

 

「分かってる、て言ってんでしょ。バカ」


 布団の中でいじけたようにボソッと言う。言いながら――緊張と愛おしさではち切れそうになる胸の膨らみを感じていた。


 不思議な高揚感がする。不安なようで……嬉しいような。戸惑いと歓喜が入り混じったような。


 しんと静まり返る部屋の中、激しく波打つ私の心臓の鼓動だけが鳴り響いているようだった。


 黙り込んで見つめ合い、やがて、すうっと幸祈が静かに息を吸うのが聞こえた。


 腹を括った……その瞬間を感じた気がした。


 おもむろにその手がぬっと伸びてきて、布団をそっと捲る。

 たちまち、身体に痺れるような緊張が駆け抜けて、金縛りにあったみたいに全身が硬直する。

 もう十年近く付き合わせてきた顔だっていうのに。布団を捲られ、曝け出されるその顔さえも、見られるのが恥ずかしくて。初めて見られるような感覚になっちゃって。かあっと耳まで熱くなるのを感じて、思わず、ふいっと顔を逸らしてしまった。

 その瞬間、そっと頬に触れるものがあった。優しく触れてきたそれは、でも、強引に顔をグイッと正面に向き直してきて、


「ん……」


 まるで夢みたいな――て、比喩でもなんでもなく。今朝、夢で見たみたいな……それは、ちょっと無理やりなキスで。

 わあ……!? と胸の中で悲鳴を上げる。

 そっか……そうよね!? こんなふうに始める……のか。って、もう始まってるわけ!? あれ? で……次は? 次は何を……? 私は何をすれば……!?

 『冷静』とはかけ離れた――焦りすら感じられる激しいキスに翻弄されながら、パニクる私をよそに、モゾっとお腹の辺りを弄ってくるものがあって、ビクンと身体が飛び跳ねる。

 わ……わ……わ……!? ちょ……ちょっと……待って!? て、言う隙も無く、唇を貪られ、あれよあれよという間に、それは寝巻きの中に潜ってきて、


「〜〜〜!!」


 文字通り、声にならない叫びを上げた、そのときだった。

 ゆっくりと……まるで焦らすように。優しく肌に添わせるようにして、鳩尾の辺りまで這い上ってきていたが、ピタリと止まり、キスも唐突に止んだ。

 あれ……と目を開ければ、ちょうど、彼が顔を離すところで。「あー……と」とどこか気まずそうに彼は苦笑して、


「それ……一旦、どけてくれるか?」

「そ……それ、て?」


 ちらりと幸祈の視線が私の胸元に落ちる。

 ん? と見やれば、そこにあったのは――、


「ハンペンマン……ちょっと邪魔、ていうか」

「邪魔……」


 言いづらそうに放ったその彼の言葉に、私はキョトンとしてから、プッと吹き出してしまっていた。


「え……なに? どうした?」


 雰囲気完全無視でクスクス笑い出した私に、幸祈は戸惑い気味に訊いてくる。

 

「んーん」言って、私は胸に抱き締めていた『奴』を離して、幸祈の胸に押し付けた。「私もずっとそう思ってた」

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