第13話 論より証拠【上】

 た……確かに!? 分かるわけないわよね?

 ぱっと見、なんの変哲もないただの人形だし……。

 

 あまりにも――。あまりにも幸祈がぐいぐい突っ込んでくるものだから、すっかり取り乱してしまった。なんで、幸祈もあんなにムキになって食いかかってきたんだろう?

 ただ、ちょっと口を滑らせただけ。『てっきり、奴が……』って言いかけただけ。それなのに、幸祈には珍しいくらいにしつこく執拗に問い詰めてきて……私も慌てた。

 だって、幸祈には知られたくなかったし。人形に呪われてるかも、なんて……彼氏に言うようなことじゃないと思ったし。そんなこと言われたって幸祈も困るだけだろうし。

 だから、とにかく話を変えたかった。話を変えて――結局、また逃げようとしたんだ。

 その結果……また幸祈を遠ざけちゃった。


 せっかく、恋人になれたのに。ようやく、思いが通じ合ったのに。


 これじゃダメだ、て思って……私は一人、家に帰った。おじちゃんたちには『おやすみなさい』と挨拶して寝るふりして。こっそり真っ暗の家に帰って……奴と対峙したんだ。

 なんのことはない。私の部屋のクローゼットの奥に奴はいた――。

 私が押し込んだままの姿で、動いた形跡も無く。ただの人形の姿でそこにいた。当然といえば当然……だけど。呪いなんて馬鹿らしい――て我ながら思うけど。やっぱりホッとしている自分がいた。

 とりあえず、それを手に舞い戻ってきて、おじちゃんたちにバレないように二階に上がり、幸祈の部屋に入り込んだわけだけど。物音一つしない部屋にそうっと入ってみれば、もう幸祈はベッドで寝ていて……でも、このまま明日まで持ち越す気にもならなくて。

 勢いのままに幸祈のベッドに飛び乗って、ハンペンマンの人形をその顔に突きつけていた。また、後先考えずに――。


「いろいろと訊きたいことはあるが……とりあえず、それが『奴』ってどういうことだ?」


 後ろに手をつき、幸祈はのそりと起き上がり――当然ながら――訊いてくる。寝起きも合間ってか、その顔は心底困惑気味だ。


「どういうことって、だから……」


 焦りに身を任せるようにして、ハンペンマンを手に寝床にまで押しかけちゃったわけだけど。そういえば、どう説明すればいいんだろう?

 ハンペンマンをぎゅっと両手で握り締めながら視線を落とす。


「その……実は……」

  

 幸祈も広幸さんと同じく、オカルトの類には無縁のはず。幸祈の口からそんな話が出るのを一度も聞いたことはない。私がホラー映画を観ている横で、平然と数学の課題をこなしてしまうような奴だし。きっと、幽霊その他諸々の存在を微塵も信じていない。そんな奴にどう打ち開ければいいのやら……。


「の……のろいが……この人形に怨念が……多分、だけど、溜まってて。それで……夜な夜な現れては悪夢を……」

「……は? 悪い。なんて……?」


 やっぱり――!? そうよね? 『は?』ってなるよね!?

 私も改めて口にしてみて……『は?』って思うわよ。何言ってんの、バッカじゃないの!? て自分で言いたくなるわよ。

 どうしよう……なんて説明したらいい? どうしたら信じてもらえる――て、私も半信半疑なわけだけど。本当に呪われてる、て確証があるわけじゃない。証拠を出せと言われても何もない。まあ、それが心霊現象というものなんだろうけど……。

 えっと……と視線を彷徨わせ、困り果てた挙句、つい、体に染み付いた癖だろうか、ハンペンマンを胸に抱き締め、ハッとする。


 そうだ……!


「幸祈――」と私は身を乗り出し、幸祈を真っ向から見つめ、「幸祈が……厭じゃなければ、なんだけど……」

「え……? な……なに……」

「――今夜、朝までずっと抱いててほしいの」


 真剣な面持ちでそう言うと、幸祈は暗がりでもはっきりと分かるほどにポカンとしてから――、


「はあ……!?」


 眼を見開き、さっきの広幸さんのそれによく似た素っ頓狂な声を辺りに響かせた。

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