第11話 奴【上】

 葵と会った、て……いつの間に? どこで……?

 あまりに唐突な報告にきょとんとしていると、「さっき……」とまるで私の心でも読んだかのように幸祈は続けた。


「お前ん家出たとき、ちょうど出会したんだ。すっかり言いそびれてたわ」


 ウチを出たとき……?


「じゃあ、葵が……ウチに来てた、てこと?」

「ああ。お前に渡したいものがある、て……」

「渡したいもの?」


 訊き返すと、幸祈は一瞬渋い顔を浮かべて目を逸らした。心なしか、気まずそうにしてから、


「一応、俺が預かることになって……玄関に置いといたんだけど。その様子だと、気づかなかったんだな」


 なぜか珍しくもごもごと言う幸祈に小首を傾げつつ、玄関に――と考えてすぐにハッとする。

 その瞬間、頭に浮かんだのは、暗がりの中、ぬるりと紙袋から顔を覗かせたの姿で……。


「あっ……!?」と思わず、大声を上げていた。「あれ……幸祈が置いたの!?」

「『あれ』って……なんだ、気づいてたのか?」

「気づいたに決まってんでしょ!? なんで、何も言わないのよ!? 私、てっきり、奴が……」

「『奴が』……?」


 訝しげにジトリと見られ、咄嗟に口を噤む。

 

「奴って誰だ?」

「え……なに……が?」


 やば――!

 そろりと目を逸らし、誤魔化そうとするものの……突き刺さるような視線をはっきりと感じる。

 

「てっきり、奴が……なんなんだ?」


 な……なんなのよ? なんで、そこに食いつくわけ!? 聞き流してくれていいのに!

 奴のことなんか――ハンペンマンの人形に取り憑かれてる、なんて――言えるわけないでしょ!? 広幸さんにだって『幽霊の正体見たり枯れ尾花ってね』って言われて、結局本気にしてもらえなかったんだから……。まあ、玄関の人形に関しては、確かにそうだったみたいだけど。それにしても、なんで、葵はハンペンマンの人形なんて――て、今はそこはいいとして!


「なんでもないの!」


 パッと両手を挙げてパタパタと振る。


「なんでもないし、誰でもないから! 気にしないで!?」


 ははっと笑って見せても、幸祈の顔は曇ったまま。その疑いの眼差しは鋭さを増し、責めるようなそれにさえ見えた。

 なぜか、不穏な……ただならぬ雰囲気を感じて、思わず、後退る。


「な……なによ? ほんと、何も無い……」

「奴って――クラスのやつか? お前のスマホ壊したっていう……」

「へ……」


 クラスの……やつ? 私のスマホ壊した……? それって、尾田くんのこと……?


「なんで……? なんで急に、尾田くんの話……? てか、なんで、そのこと幸祈が知ってるの?」

「尾田っていうのか」ボソリと独りごちたかと思えば、幸祈はついと目を逸らし、「向井さんから聞いたんだ。俺が預かったやつ……そいつからのお詫びなんだろ」

「お詫び……? なに、それ――」


 言いかけ、ハッと思い出す。

 そういえば――!

 

 そうだ……尾田くん、言ってた。今朝、寝坊して……昼前に登校してたら、偶然、校門前で会って……そのとき、お詫びに渡したいものがある、て言われて……あまりに尾田くんが気にしてるみたいだったから、受け取る約束したんだ。

 まさか……尾田くんの『渡したいもの』て、あのハンペンマンの人形だったわけ!?


「なんで、尾田くんが、よりにもよってハンペンマン……」

「ハンペンマン?」


 げ……!


「あ、えっと……今のは……なんでもない! ほんと……気にしないで!」

「……」


 ダメだ……。なんでか分からないけど……誤魔化そうとすればするほど、幸祈の表情が険しくなっていく感じがする。

 思いっきり、気にしてる……。

 しばらく嫌な沈黙があってから、幸祈は神妙な面持ちでゆっくりと口を開き、


「その……尾田ってやつが、家に勝手に上がり込んだと思ったのか?」

「は……?」


 何、急に? 尾田くんが……なんて? ウチに上がり込んだ? 勝手に……!?


「な……なに言ってんの? バカじゃないの!? 尾田くんが……そんなことするわけないでしょ!?」

「じゃあ、誰なんだよ!? てっきり、誰が何したと思ったんだ!?」

「それは……だから――」


 ああ、もお……なんなの? なんで、そんなにそこに拘るわけ!?

 ハンペンマンの人形が怨念で大きくなって、勝手に玄関まで降りてきたと思った――なんて言えるわけないでしょ!


「別に、あんたに関係ないでしょ! 放っといてよ!」


 恥ずかしいやら、焦るやら。わあ、と勢いのままに言い放ってすぐ、しまった……と思った。

 ヒヤリと空気が凍りつくのを感じた。そして、幸祈の表情がガラリと変わるのがはっきりと見て取れた。


 今の……言っちゃいけない言葉だった――て直感した。


「ああ、そうか」と突き放すような冷たい声で言って、幸祈はふいっと身を翻した。「じゃあ、もう俺は寝るわ」

「え……あ……」


 待って――という一言さえ言う間もなく、幸祈は私を置き、さっさと脱衣所から出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る