【番外編】モブは見た!

*まえがき*


 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます!

 完結まであと少し(のはず)のところで、本作も100話を迎えました。ここまで書き続けてこれたのも、お読みくださる皆様の応援あってです。この場を借りて御礼申し上げます。


 せっかくの100話ということで。ストーリーのタイミング的には中途半端な気もしましたが、番外編を書いてみました。

 中二の頃の二人をモブ視点で書いています。甘め……ではないです。コメディ色濃いめかな、と思います。

 あまりに本編の流れと関係が無さすぎるので、近況ノートにでも……とも思いましたが、思いの外長くなったので、こちらで公開させていただきます。

 のちのち、挟む場所を変えるか、近況ノートのほうに移そうかと思います。


 番外編は苦手だな、という方、このまま読み飛ばしていただいて大丈夫です!

 特に、本編を補完するような内容にはなっておりません。


*   *   *


「あ、ごめん!」


 授業が終わるや――席を立とうとしたのだろう――ガタン、と机に椅子がぶつかって、前の席のそのクラスメイトは慌てて振り返った。


「いや、大丈夫」


 はは、と笑ってやんわり応えつつ、つい、まじまじと見てしまう。

 同じクラスになって一週間。


 ああ、この人が――と見るたび、思う。


 この学校の『モブ・オブ・ザ・イヤー』を殿堂入りしそうな僕が、人様の外見をどうこう言えた義理ではないのだけど。失礼ながら、爽やかイケメン……といったタイプではない。華やかさとは縁遠い雰囲気で。地味……というか、真面目というか。謹厳実直、て感じだ。


 藤代幸祈――。


 小学校の時からずっと同じ学校だったが、今まで一度も接点無く生きて来た。それが、中二になって、初めて同じクラスになるとは。

 しかも、いきなり、前後の席。


 それが何を意味するのかを……僕は――彼と初対面とはいえ――知っていた。


 『藤代幸祈』の顔は知らなくても、その名前は知っているという生徒は、おそらくこの学校にわんさかいるだろう。僕もその一人。彼の名前は幾度となく聞いて来た。『坂北帆波』の幼馴染として……。


「幸祈――!」


 噂をすれば――いや、しなくても、だけど。

 もうすでに聞き慣れて来たその甲高い声が教室に響き、たちまち、クラスが色めき立つのを感じた。

 待ってました――とばかりに熱気が辺りに満ち、興奮高まる教室の中、ただ、一人……目の前の彼だけは、うんざりとした様子でため息をついた。


「またか……」


 やれやれ、とでも言いたげに独りごち、呆れ顔で振り返る藤代くん。そんな彼の前に颯爽と現れたのは、小柄な女の子だった。

 うちのクラスの子ではない。

 いつもこうしてやってきては、平然と彼の席までズカズカと入ってくる――同じ学年だが、下の階のクラスの子だ。

 ふわりとウェーブがかった、甘い香りがしそうな長い黒髪。頰はふっくらとして、唇は小ぶりながらもサクランボのようにぷるんと艶やかで。くりっとしたぱっちりお目目があざといくらいに愛らしい。

 『カノジョ』が無理なら『義妹』にしたいナンバーワンの呼び声高い――この学校のアイドル……というか、もはや天使的存在の坂北帆波、その人だ。

 紺のセーラー服に真っ赤なリボン。そんなオーソドックスな制服も、彼女が着ると……なんというか、マニアックな悩ましさがある。


 ああ、またこんな至近距離でその姿を拝めるなんて――と密かに感動に胸を震わせ、感謝の意を込めてちらりと藤代くんの背中を見やる。


 ラッキーだな、と思う。


 坂北さんホイホイの呼び声高い藤代くんと同じクラスになって、しかも、後ろの席になれたこと。僥倖と言わざるを得ない。こんなことでもなければ、僕はきっと坂北さんの視界に(たとえ薄ぼんやりとした背景の一部だとしても)入ることも叶わなかっただろう。


 全ては、藤代くんが坂北さんの幼馴染だから。そして、坂北さんが――なのだが……。


「今日は何の用だ? 何の教科書忘れたんだ?」


 ちょ……君――!? と思わず、大声でツッコミそうになる。

 毎度のことながら――といっても、まだ一週間だが――なんて素っ気ない!?

 すると、坂北さんは途端にムッと表情を強張らせ、ふいっとそっぽを向いた。


「バッカじゃないの!? 何も忘れてないし!」

 

 あー……と頭を抱えたくなってくる。

 やっぱり、こうなってしまうのか。

 この一週間、デジャブのように不毛なやりとりばかり見せられて、僕もそろそろもどかしさに胃もたれを起こしそうな勢いである。

 なんでだ? なんで、この人、全然分からないんだ?


 『何の用だ』じゃないんだよ、藤代くん――!?


 そろそろ、分かろうよ? かなり、あからさまだからね? 後ろの席からでもよく分かるよ!?

 いつも顔を赤らめながらやってきては、君の前でもじもじと身じろぎし、何か言いたそうに口許をむぐむぐとさせて。どう見ても……どこから誰がどんな色眼鏡で見ようとも……坂北さん、恋する乙女全開だから! 明らかに、君に会いたくて来てるから!?


 それなのに、前の席のこの人は――。


「じゃあ、何しに来たんだよ?」


 呆れ気味にそんなことを訊いてしまうんだから……もう、後ろで見ている僕はたまったものではない。もはや、これが言葉責めか何かのプレイであってほしい、とすら祈ってしまう。


「べ……別に……あんたに会いに来たわけじゃないんだから!」


 ほら。坂北さん、拗ねちゃったよ。拗ねすぎて、ほぼ自白まがいのこと言っちゃってるよ。

 しかし、それでも、藤代くんはアンニュイな雰囲気かまして、


「んなこと言われなくても分かってるよ」


 いや、分かってないんだわ! 君、何も分かってないんだわ! と叫びたくなってくる。

 坂北さんも、ふにゅう〜、と悔しさいっぱい顔に滲ませ、いじけた子供みたいに膨れっ面。そんな顔も可愛かったりするのだが……坂北さんの心中を察すると、呑気に惚れ惚れもしていられない。


「で、なんなんだよ?」と凝りもせずに、藤代くんはぶっきらぼうに畳み掛け、「教科書じゃないならなんだ?」

「……!」


 思い出したように坂北さんの顔がかあっと染まる。

 何やら口をパクパク動かし、しばらく躊躇ってから……ついと視線を逸らしたかと思えば、


「今度の日曜……」


 その瞬間、おお!? とつい、腰を浮かしそうになってしまった。

 とうとう……とうとう、来たのか!?

 この一週間、延々と借り物競走かのごとく、藤代くんからあれやこれや借りては去っていくだけだった坂北さんが。ようやく、藤代くん自身を借りようと――!?

 もしかして、カップル成立の瞬間を拝めるんじゃないか!? くらいの期待を抱いて、固唾を呑んで――しかし、もちろん、あくまで興味なさげを装って――聞き耳を立てていると、


「今度の日曜……暇?」


 うわ……わ……わああああ!?

 来たー! という、歓喜と若干の絶望と嫉妬が混ざり合ったクラスメイトの心の声が聞こえてくるようだった。

 これはもう、今日の給食はお赤飯!? とガッツポーズしかけたのもつかの間、


「日曜? なんで……だよ?」


 君が『なんで』だよ!? ――とうっかり声を上げそうになった。

 なんなの? なんで、この人、中二のくせにそんな用心深いの? いったい、何をそんなに慎重になってんの!? 

 僕だったら、『今度の日曜……』と坂北さんに切り出された瞬間、『地獄の果てまでも!』て言うよ!?

 せっかく、坂北さん、誘う雰囲気あったのに……きっと、また借り物競走になってしまう――と思いきや。


「べ……別に……何も深い意味とか全然、ないけど……」と坂北さんは唇を尖らせながら、視線を泳がし、「この前……借りた蛍光ペン、私が使い切っちゃったから。だから、日曜、暇なら……文房具屋であんたの好きな蛍光ペン、買ってあげても……いいんだけど」

「ああ、なんだ……いいよ、そんな気遣わなくても。どうせ、お前が借りに来ると思って、予備に何本も持って来てるから」


 しっかりしすぎてんだわ、君ー!

 筆箱、どんだけ入るの!?

 ああ、今すぐ、藤代くんの予備の蛍光ペン、全て叩き折って差し上げたい。『いきなり蛍光ペン折った人』とこの先、同窓会の日まで呼ばれようが、それで坂北さんのお役に立てるなら僕は本望だ――と思う気持ちに嘘偽りはないけれど、まあ、当然、僕にそんな度胸も握力も無い。

 『モブ・オブ・ザ・イヤー』の僕はおとなしく座って、ことの成り行きをさりげなく見守るのみである。


「ああ……そう……予備……があるの……へえ……」


 赤々と染まった坂北さんの顔は見るからに引きつって、


「じゃあ、もう……勝手に予備使えば!? 別に……あんたなんかと文房具屋なんて行きたくなかったし!」


 わあっと息巻き、「幸祈のバカァ!」と見事なまでの捨て台詞を藤代くんに放って、坂北さんは逃げるように去って行った。

 教室は嵐の後のようにしんと静まりかえり……その場にいる全員の『あーあ……』という落胆の声と、一部、『よし……!』と意気込む声が聞こてくるようだった。

 しかし、当の……いきなり罵倒された藤代くんはと言えば、


「な……なんで、俺がバカって話に……?」


 全くもって状況がつかめていない様子で、坂北さんが去って行った教室の出口を茫然と見つめていた。


 いやはや、すごいな……と感心すら覚える。


 噂には聞いていたが、これほどまでとは……と毎度、その鈍感ぶりを目の当たりにして度肝を抜かれてきた。

 坂北さんが藤代くんを好きだ、というのは一目瞭然で。いつからか、当たり前のようにその噂は『周知の事実』として学校に根付いていた。しかし……それでもなお、坂北さんに捨て身同然のアタックをかます奴が後を絶たないのは、偏に、藤代くんのこの鈍感さゆえだろう。

 こうして、いつまでも藤代くんが煮え切らない態度を取り続けるから、そのスキに付け入るようにして、坂北さんを狙うよからぬ輩が湧いてくるのだ。

 

 しっかりしてほしいものだよな――と野次馬ながらに思う。

 後ろから見ていて、いつも坂北さんが居た堪れなくて、気が気じゃ無いよ。

 見た目通り――と言ったら、失礼なのかもしれないけど――頭は良いらしいのに。成績優秀で、テストの順位もいつも上位だとか……。そんな藤代くんが、なんで、こんな致命的な見落としをし続けるのか、甚だ疑問だけど。まあ、勉強と恋愛は違うもんな。恋愛には教科書なんてないし――なんて無駄に気取ったことを考えてほくそ笑んだ、そのときだった。


「ああったく……」と前の席でぼそっとぼやくのが聞こえて、「一瞬、デートにでも誘われるのかと思ったわ」


 大正解だよ。幸祈のバカァ! ――と思わず、その後頭部に叫びそうになった。

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