第19話 正直に【上】

 『つまり』……? 『つまり』、てどういうこと?


「ちょっと……待って? だから……別に、私、キスしようとしてたわけじゃ……」

「はいはい」

「『はいはい』……!?」


 雑っ……!


「お前がそうじゃない、て言うなら、それでいいよ。ただ、俺は確認しときたいだけで……」

「確認……?」

「だから……」と幸祈は心なしか頬を赤らめ、気恥ずかしそうに訊いてくる。「今からキスはしていいのか、て訊いてんの」

「へあ……!?」と素っ頓狂な声が出た。


 たちまち、かあっと顔が熱くなる。

 今から……キスしていいか? なんで? なんで、そんなこと訊いてくるの? そんなの――いいに決まってるでしょ!?


「は……はあ? ば……バッカじゃないの!? なによ、突然!? 改まって、そんなこと……」


 思わず、ふいっと顔を逸らしていた。

 無理……! 無理だから……!?

 なに? なんなの? どういう風の吹き回し!?

 公園ではそんな許可も取らずにいきなりキスしてきたくせに! なんで今さら、そんな確認してくるのよ!? 恥ずかしい……ていうか、なんて答えたらいいか、分かんないわよ! 『うん、いーよ♡』? 『好きなだけして』? そんなこと……面と向かって言えるわけないじゃない!?


「もう初めて……でもないんだし。わざわざ訊くことじゃない……でしょ。いきなり……困る」

「ああ、まあ……そう、か」とぎこちなく幸祈が言う声がして、「ただ、帰ってくるとき、『家でキスの続きをするつもりはこれっぽっちもない』て言ってたから。キスはいいのか微妙なところだな、て思って……」


 ――は!?


「なに、それ!? キスの続きをするつもりは無いなんて、私、一言も……」

 

 ばっと振り返って、言いかけた言葉がはたりと止まる。

 そんなこと言ってない――て言いたい気持ちは山々だけど。そう信じたいけど。なんだろう……身に覚えがあるような。言ってなくも無いような気がしなくも無いような。


「一言も……?」


 怪訝そうに訊かれ、ぼっと火でも点いたように顔が熱くなって、「な……なんでもないわよ!」と私は腕を組んでそっぽを向いた。


 どうしよう――。


 覚えてない。いったい、どんな話の流れでそんなことを言ってしまったのか……。今夜はいろいろありすぎて。落ち込んだり、パニクったり、浮かれたり……ずっと忙しかったから。よく思い出せない。特に、キスの辺りからの記憶がだいぶふわっとしてて……。

 ただ、なんとなく………だけど、言った覚えはあって。そして、その理由も――を吐いた理由も、見当はついてしまう。


 きっと、売り言葉に買い言葉。その場しのぎの言い逃れ。いつもの……強がりだったんだ。


 だって、本当は期待しまくってたもん。キスの続きをするつもりで、覚悟も決めて待ってたんだ。

 だから、あんな格好までして幸祈の前に出たわけで。それなのに、幸祈の頭の中はたこ焼きのことでいっぱいで。理性にヒビ一つ入った気配も無く、そもそも、はなから幸祈にその気は無かったことを悟って、泣く泣く着替えた。

 てっきり、幸祈が鈍感真面目健全バカだからか、と思ってた。昔から腹が立つくらいに理性的で、どんな私の誘惑もすっとぼけた顔でスルー。ちょっと(くらいじゃなかったけど!)大胆な格好したくらいじゃ、幸祈は邪な考えなんて抱かないのか、と……。


 でも……違ってた?

 もしかして、私の嘘を真に受けて……我慢してくれてた? 『家でキスの続きをするつもりはこれっぽっちもない』なんて私が言ったから、何もしてこなかった……だけ? 


 さすがに、自意識過剰かな。


 私に魅力がなかっただけ……の可能性も充分ある。ああいう格好が幸祈の好みじゃなかった、てことだってあり得る。


 ただ、もし……幸祈が気を遣ってくれていたのだとしたら――。あの嘘のせいで、我慢させちゃっていたんだとしたら――。


 ――ほんとバカだペン、ほなみちゃん。


 ふと、そんな小憎たらしい声が脳裏に響く。

 ずきりと胸が痛んだ。

 図星だ、と思ってしまった……。


 ――まったく……いい加減、こうきくんに正直に言えばいいペン。


 昨夜、夢に見た七頭身になった奴の……その言葉が頭の中に蘇ってきて。まるで、それに促されるようにして、「幸祈……」と私はおもむろに口を開いていた。

 ちらりと横目で見やれば、訝しげに眉根を寄せる彼が。私を見つめるその眼はいつも真摯で真っ直ぐで……そして、慈愛に満ちている。そうして見つめられるだけで、愛おしさに胸がきゅうっと締め付けられるから……。


「私、本当は強引なくらいにグイグイ来られるほうがいいの……」


 どこか寝言みたいに、そんな言葉が――夢で奴に言われた一言が――ぽろりと口から溢れ出ていた。

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