第17話 確認【上】

「なんでって……」


 決まってるじゃない――。


「恥ずかしい……からよ」

「は……恥ずかしい……?」

「そうよ! 『あーん』してる顔なんて……見られるの恥ずかしいに決まってるでしょ!?」

「は!? いや……それ、俺のほうが恥ずかしいだろ!? 目を瞑って口開けるなんて……ただのアホ面晒すだけ――」

「いいのよ、幸祈は!」

「なんでだよ!?」

「とにかく、目瞑って口開けてればいいのよ! そしたら、たこ焼き、ちゃんと口に入れてあげるから!」


 ぐいっとさらにたこ焼きを顔に近づけるが、幸祈は口を開くどころかきゅっと固く閉ざして押し黙るのみ。

 なんだろう――。

 気のせい……かな。躊躇っている……というか、すごくなんだけど。

 そんなに……厭? 目を瞑るのが……? それとも……まさか、そもそも『あーん』が厭? そういうベタな感じの……幸祈って嫌いなタイプ!?


 ハッとして、私はたこ焼きを思わず引っ込めていた。


「べ、別に……厭ならいいけど! 私だって、こんなこと、したいわけじゃ……」


 咄嗟に言い繕おうとした言葉が詰まる。


 きゅうっと胸が締め付けられた。


 さすがに、言いたく無くて……。それはあまりに本心とかけ離れていて。嘘でも口にするのは……切なすぎて。

 だって、したくないわけないもん。ベタなことも、幸祈とたくさんしてみたい、て思っちゃう。

 居心地の悪い沈黙があった。

 黙り込む私を幸祈はしばらく見つめ……やがて、ふっとため息吐いて微笑んだ。それは、呆れと慈愛の混ざったような――いつもの笑みで。容赦無く、愛おしそうに見つめてくるから。くすぐったくなってくる。


「厭なわけねぇだろ」と噛み締めるように呟いて、幸祈は私に体を向けて座り直した。「俺はお前の彼氏だ。お前のためなら、いくらでも体を張るよ」


 私のために、いくらでも体を張る――なんて。そんなことをキリッと凛々しい顔つきで言われて、きゅんと胸をときめかせるべきところ……のはずなのに。


「な……なんで、体を張るなんて話に……?」


 ただ、『あーん』したいだけなんだけど。

 幸祈のその態度は、中学時代にやっていた剣道の試合に臨むそれに近いものがあって。ときめくより先に、物怖じしてしまった。


「あ……ちょっと待って」と幸祈は思い出したようにテーブルの上にあったコップを取るや、ぐいっと水を一気に飲み干し、私に体を向き直す。「じゃあ、目瞑るから。三秒前からカウント頼む」

「カウント!?」


 え……? あれ……?

 『あーん』ってカウントなんているものだっけ? そんなスポーツじみたものだったっけ?

 はい、あーん――て感じじゃなかったっけ?

 きょとんとする私をよそに、幸祈は深呼吸すると目を瞑り、


「三、二、一で口開けるな」

「え……う……うん……?」

「よし――いつでも来い!」

「……」


 行きづらい……。

 なに、その気合の入れよう? 『いざ、尋常に勝負!』的な気迫……いる?

 大丈夫……かな? 幸祈、何されるか、ちゃんと分かってる? もしかして、わんこ蕎麦みたいなの想像してんの? 口を閉じる暇もなく、どんどん、たこ焼き詰め込まれる……とか思ってないわよね?

 そこはかとない違和感を覚えながらも、疑るように幸祈をまじまじと見つめ――ふと、そういえば……と思った。


 こうして、目を瞑る幸祈を見るのって初めて……かも。


 そりゃあ、小さい頃は一緒に昼寝とかもしてた(らしい)し、きっと、見たことはあるんだろうけど。お昼寝なんて年少さんとかまでの話。さすがに記憶には無い。夜に一緒に寝るときは、部屋は真っ暗だったし……いつも、いつのまにか寝ちゃってて、幸祈の寝顔を見るタイミングも無かった。


 へえ、そっか……こんな感じなんだ。

 寝顔……にしては、険しい表情してるけど。眉間に皺刻んじゃってるけど。ちょっと、可愛い……かも。


 胸の奥がぽわんと暖かくなって、口許がむずむずとしてきて。

 なんだか――キスしたくなってくる。


 思えば、初めても二回目も幸祈からで。私からはまだしてない。

 恋人なんだし、もう自由にしてもいい……はずよね。幸祈だって、初めてのときは不意打ちでしてきたんだし。仕返し……のつもりじゃないけど。このまま、『あーん』の代わりにキスしちゃってもいい……んだよね? まさか、怒ったりしないよね? 『たこ焼きじゃ無いんかい!』なんて言われないよね?


 コクリと生唾を飲み込み、そうっと顔を近づける。


 ドクンドクンと早まる鼓動を胸の奥に感じながら、ゆっくりと距離を詰め、あと数センチ――まで来たところだった。


 私もそろそろ目を瞑ったほうがいいのかな……なんて思った、そのとき。

 ぱちっと目の前で目蓋が開いて、


「おい、カウントまだ……って、は!?」

「きゃあ……!?」

 

 至近距離で思いっきり目が合って、私は慌てて飛び退くように身を引いた。


「え……今……お前……?」


 きょとんとする幸祈。呆気に取られながらも、必死に状況を整理しようとするから……。

 かあっと顔が熱くなる。


「ち……違うから!? 今、たこ焼き入れようとしてただけなんだから!」


 ああ、もお……なんでいきなり、目開くのよ、バカ! ――そう心の中で叫びながら、「勘違いしないでよね!」と私は幸祈の口の中にたこ焼きを突っ込んでいた。


 次の瞬間、私は初めて、幸祈がカンフーの達人みたいな声を上げるのを聞いた。

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