第14話 藤代くんのカノジョ【下】

「ちょっと……待ってて」


 後ろ髪を引かれる思い……ではあったが。不安げな帆波をベンチに残し、俺は慌ててその人たちのもとに――公園の入り口で佇む二人組に駆け寄った。

 俺と同じ制服姿。がっちりとした体躯の背の高い二人組だ。どちらもさっぱりとした短髪で、気の良さそうな顔立ちをしている。――実際、お人好しなくらいにかなり気の良い人たちだ。

 ――ハンドボール部の三年、部長の木内先輩と副部長の林先輩。

 何を隠そう、この公園に俺(とその他ハンド部の新入部員二人)を最初に連れてきてくれたのはこの人たちで。買い食いするのにいい場所があるよ、と『懇親会』もかねて案内してくれた張本人。そりゃあ、出くわす可能性も十分にあったよな。

 双子のようにきょとんとした顔を並べる二人を見比べるようにしてから、俺は「すみません、サボりました!」と頭を下げようとした……のだが、


「ごめん、藤代くん!」と俺が口を開くより先に、木内先輩が押し殺した声で言って、「覗き見するつもりなかったんだけど……ちょうど寄ってみたら、真っ最中で……」


 真っ最中――その言葉がぐさりと胸に突き刺さり、ぶわっと思い出したように顔が熱くなる。


「いや……あの……決して、こういうことをするつもりで、サボったわけじゃなくて、成り行きというか……」

「ああ、そうだよね。サボるのは、あまり良くないけど……俺も男だし、気持ちは分かるというか。恋は成り行き……みたいなところあるよね」

「そうそう」とすかさず、林先輩が隣から口を挟む。「高校生なんだし、こういう時間も大事だよね。大丈夫、大丈夫。俺らも気にしないから、藤代くんも気にしないで。だから……部活、辞めないでね!?」


 とにかく、どうしても部活を辞められたくない――という気持ちが、ひしひしと伝わってくる。部員不足で毎年、廃部ギリギリを彷徨い、部としての死線をいくつも越えてきた、という噂は本当なのだろう……。

 しかし……フォローされればフォローされるほど、恥の上塗りというか、ものすごく居た堪れなくなってくる。いっそのこと、怒鳴られたほうがマシだった気がする。


「はい。ありがとう……ございます」


 苦々しい思いになりながらも、頭を下げて言うと、


「あ、でも……藤代くんさ」と木内先輩が顔をぐっと寄せてきて、声を潜めて切り出した。「これは……先輩として言うんだけど。ここは学校にも近いし……やっぱり、場所は選んだほうがいいと思うよ」

「そうそう」と林先輩も円陣でも組まん勢いで顔を近づけてきて、「それに、もう暗いしさ。カノジョさん、まだ中学生でしょう? あんまり遅くまで連れ回すのはどうかと……」

「ああ、そう……ですよね」


 全くもってその通りだ――って、中学生!?


「いや……カノジョは中学生では無くて、同い年で……!」

「え、そうなの!?」


 ぎょっとして声を重ね、二人は顔を見合わせた。


「俺も中学生くらいかと……」

「遠目だったし、暗かったから……。あ――藤代くん、カノジョさんに言わないでね!?」

「それは……はい、もちろん」


 言ったら、『はあ!?』不可避だろう。

 まあ、でも……仕方ないとも思ってしまう。もともと、顔立ちは幼いし、小柄で、今日なんて『変質者』じみた格好してるし――って、そういえば、帆波はなんであんな格好してるんだ? と今さらな疑問を抱いた、そのときだった。先輩二人が「あ……」と声を合わせて言って、急に姿勢を正し、


「あの――」


 そんな遠慮がちな声がすぐ背後でした。

 ぎくりとして振り返れば、


「幸祈……藤代くんの学校の先輩、ですか?」


 いつのまにベンチを離れていたのか。外したキャップを身体の前で携え、帆波が立っていた。

 え……なんだ? 待ってて、て言ったはずだけど……。

 戸惑う俺に一瞥だけくれて、帆波は先輩たちのほうに視線を戻すと恭しく頭を下げた。


「ごめんなさい。お見苦しいところをお見せしました」


 いや……誰!? と思ってしまうようなへり下った態度に、俺も先輩たちと一緒に「え……!?」と頓狂な声を上げてしまった。


「そんな……カノジョさんが頭を下げるようなことでは……!」

「そうそう! 俺らが覗いてしまったのが悪いので……!」

「いえ……場所を弁えるべきでした」


 落ち着いた声で言って、帆波はゆっくりと顔を上げた。


「つい、周りが見えなくなってしまって……」


 視線を落とし、ほんのりと頰を染めて、恥ずかしそうにぽつりと言う様は……花も恥じらう――という言葉が実にしっくりくる可憐さだった。

 視界の端で、先輩二人も顔を赤らめて固まる様子が見える。


 そうだった――と思い出す。

 そういえば、こいつはこういう奴だったな。の男の前では……。


 俺には刺々しく毒ばかり吐きやがり、挨拶がわりに罵詈雑言を浴びせてくるような奴だったが。他の男の前では、毒舌どころか口数自体が少なくなり、一部の男には『物静か』なんて印象まで持たれていたらしい。

 そんな『物静か』な帆波は――要は、毒舌さえ無ければ――純真無垢な美少女そのもの。黙っている姿は物憂げにも見え、さながら儚い花の如く、見るもの全てに『俺が守ってやらないと』という気持ちを抱かせる……ようで。すれ違っただけで悪戯に庇護欲をかき乱され、その気になってしまった勘違い野郎も数知れず。しょっちゅう、名前も知らない奴に告白され……そのたび、俺はやきもきとさせられていたものだ。


 付き合っても、それは相変わらずか――て、当たり前……だよな。帆波は無自覚。別に『思わせぶり』な態度を取ってきたわけじゃない。勝手に惚れられてきただけで……。仕方ない、と思いつつも……やっぱり、ダメだな。こうして、他の男が帆波に見惚れるのを目の当たりにすると、どうしようもない苛立ちがこみ上げてくる。己の独占欲というものを思い知らされる。


「あー……と」しばらく茫然と帆波を見つめていた木内先輩が、ふいに気を取り直すように咳払いし、「全然……俺たちはいいんで。気にしてませんから。カノジョさんもお気になさらず。藤代くんにもそういった旨を話していたところで……」


 すると、帆波は見るからにホッとしたように表情を和らげ、「本当……ですか?」とまだ少し涙が残るキラキラとした瞳で木内先輩を見つめた。


「ぶわあ……!」と妙な声を上げるや、木内先輩は帆波から思いっきり顔を逸らし、「しかし……ですね、やはり、変な人も……いるので。さっきみたいなことを外でするのは、控えたほうがいいかと……思います。老婆心ですが……」

「あ……はい! それは……もちろんです!」


 木内先輩の忠告に、帆波はハッとして慌てたように早口で答え、


「続きは、これからちゃんと家でします!」


 はっきりと放たれたその言葉に、おそらく、木内先輩と林先輩以上に俺が驚愕して目を見開いた。

 しんと公園は再び、静まり返り……ややあってから、帆波の顔がぼっと赤く染まるのが分かった。


 自分がいったい、今、何を声高らかにしてしまったのか、気づいたのだろう――。


 さっきまでの落ち着きはどこへやら。「あ……今のは……違……」と見るからに帆波はたじたじになって視線を泳がせてから、きっと俺を睨めつけてきて、


「何を言わせるのよ、バカ!」

「俺!?」


 結局、そうなんのかよ……!?

 ぎょっとする俺をよそに、木内先輩と林先輩が「藤代くんだな」「藤代くんが悪い」と口々に呟く声が聞こえた。



*あと二話ほどで四章も終わります。ここまで、読み続けてくださっている皆様、ありがとうございます! 応援、レビューに励まされております〜。

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