第13話 藤代くんのカノジョ【上】
――嘘。
キスもこんな簡単にしてくれるんだ。こんな……『はい、オッケー』みたいな感じで? 注文つけても、ワガママだな、くらいの文句であっさり応えてくれるの?
すごい……な。これが……『カノジョ』なんだ――!
いいの? 本当にいいの? 待遇良すぎない!? こんな何でもありでいいの!?
手も繋いでもらえるし、キスもおかわり自由で延長し放題。甘えても全然引かれないし、それどころか、なんだか……幸祈も……ノリノリっていうか……グイグイっていうか……。
さっきのキスと全然違う――。
さっきは、ただただ優しくそっと触れるだけ……だった。味わっている暇もなくて、気づいたときには唇には物寂しい余韻だけ。たった一瞬の出来事だった。でも、今度は……今のこれは違う。じっくりと、その感触を教え込まれているかのよう。何度も唇を重ねてきて……段々と激しくなっていくその勢いに、私は結局、何もできずに翻弄されていた。
確かに、『ゆっくり』ってお願いしたけど。実際、ちゃんと時間をかけてくれてる……けど。なんだろう。少し、荒々しくて……幸祈らしくないというか。焦ってる感じすらして――。
「ん……」
あ、やだ。変な声出た……。
なに? なんなの、今の声? どこから出たの……!?
おかしい。変……だ。身体、熱い。のぼせたみたいに頭がぽわんとしてきた。緊張の糸――とでも言えばいいのか、全身に張り巡らされていたそれがするりと解かれてしまったよう。体の力がふにゃりと抜ける。
怖いくらい、私、今、無防備だ……。
そんなとき、まるで図ったかのようなタイミングで、幸祈の腕が背中に回ってきてぐっと抱き寄せられた。
ひやあああ……!? て声にならない悲鳴が上がる。
ぴたりと身体まで密着して、幸祈の体温までじわじわと伝わってくるようで。ここ、どこだっけ? もうどこでもいいや――なんて気分になってくる。どうでもいいから……。
「こう……き」て、わずかに空いたキスの隙間に、甘ったるい声が漏れる。「もっと――」
自分でも何を言いかけたのか、分からない。分からない……けど、その懇願するような言葉は途中で遮られた。
「ふ……藤代くぅん!?」
そんな裏返った声によって……。
ハッとして、私も幸祈も同時にばっと離れた。ばちりと目が合うなり、急に恥ずかしさが思い出したようにこみ上げてきて、慌てて顔を伏せた。
何……今の!?
今、何が……起きかけたの? あんな……媚びるような声出して。私……いったいどんな『ワガママ』言おうとしてたの? 『もっと』って……なに!?
しゅーっと全身から湯気でものぼるかと思った。
違う……! 違うから……!? て誰にともなく必死にごまかしていた。私、別に……そんな……こんなところで……変なお願いしようとしたわけじゃ……。
あまりにも幸祈が……激しいから。――そう! もっと……『もっと落ち着いて』って言おうとしたのよ。そうに決まってる。別に、私は別に……。
――まったく……いい加減、こうきくんに正直に言えばいいペン。私、本当は強引なくらいにグイグイ来られるほうがいいの――て。
まるですぐ傍から囁きかけてくるように。奴の声がはっきりと聞こえた気がした。
きゅうん、て胸が締め付けられて、はわわわ……と頭の中が沸騰でもするようだった。
「――帆波」
ぽん、と肩に手を置かれ、それだけで全身に電流でも走ったような衝撃が駆け抜ける。ビクンと大げさなほどに反応しちゃって、
「か……勘違いしないでよね!?」
思わず、そう甲高い声を張り上げ、弾かれたように顔を上げると、
「いや……勘違いも何も」と強張った幸祈の顔は、すっかり青ざめたものに変わっていた。「――間違いなく、先輩……」
「は?」
せん……ぱい?
「ご、ごめんね! 俺……変な声、出ちゃった!」
「馬鹿野郎、お前……馬鹿野郎!」
「びっくりしちゃったんだよ。びっくりするでしょ、今のは。林くん、びっくりしたよね?」
わいわいと……慌てふためく声が、二人きりだったはずの公園に響き渡る。
あ――と思い出す。そうだ。さっき、誰かの声がして……。そういえば、『藤代くん』って……。
「ちょっと……待ってて」
まずい……て心の声が聞こえそうなほどにげんなりとした表情で言って、幸祈は立ち上がった。
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