第20話 教訓【下】

 ん……? あれ、今、変な言い方になってしまったような――と思ったときには、もう遅かった。帆波はかあっと顔を赤らめ、


「な……なんで……佐田さんがそんなこと考えるのよ!?」

「あ、いや……違う!」

「何が違うのよ!?」


 確かに。咄嗟に否定してしまったが。何も違くは無い……な。

 俺も実際、なんで佐田さんがここまで俺と帆波とのことに――かなり野暮な話題にまで――首を突っ込んでこようとするのか、甚だ疑問に思ってるところで。「だよな!?」と帆波に同意したい気持ちは山々だが、そんなことをしたら、まとまるものもまとまらなくなるのは火を見るより明らか。「はあ!?」と今度こそ、冷え切った目で睨みつけられて終わりだ。

 せっかく、帆波が……帆波が『話を聞く』とまで言って、弁解のチャンスをくれたんだ。ここは誠意を尽くして全てを話し、まずは事情を分かってもらうのが先決だよな。


「電車で……だな」ひとまず気を落ち着かせ、ぎこちなくなりつつも仕切り直す。「佐田さんと初デートの話になって、相談に乗ってもらったんだ」

「そう……だん?」

「そう――相談だ。初デートに良い場所が分からない、て話をしたら、いろいろとオススメのカフェとか教えてくれる、て言ってくれて……それで、連絡先を交換することになった。だから、LIMEのやり取りも、全部、お前との初デートのことだ。さっきのメッセージも、その流れで……多分、佐田さんなりに揶揄ってきたんだと思う」


 言いながら、スマホのロックを解除して、佐田さんとのトーク画面を表示する。「な?」とそれを――そこにずらりと並んだ、デート先候補のリンクを――帆波に見せると、帆波は茫然とした様子でそれを見つめた。

 さっきまでの轟々と燃え盛るようなオーラ……のようなものは、すっかり消えていた。その顔からは赤みも引いて、表情に険しさも無い。握り締めたその手からもするりと力が抜けるのが分かった。

 一瞬、納得してくれたんだろうか、と思いかけた……のだが、


「初デート……」ぽつりと言って、帆波は俯き、「今日、だと思ってた……」


 え――?


「今日って……?」


 訊き返そうとした瞬間、ばっと帆波は俺の手から自分の手を引っこ抜き、


「ほんっとに、もお――なに考えてんの!?」


 くわっと顔を上げるや、凄まじい剣幕でがなり立ててきた。

 思わず、「へ……」と身を引く俺に、帆波はきっと鋭い目つきで睨めつけてきて、


「ぜーんぶ、厭!」とびしっと俺のスマホを指差す。「どこも行きたく無い!」

「ど……どこも……!?」


 ま……マジか……!?

 相当な数のオススメを教えてもらったはずなんだが!? もうこの辺のデートスポットは網羅してそうなリストだぞ? そのどこも行きたく無いって……詰んでね!?


「もう……知らない」帆波は吐き捨てるように言って、ばっと立ち上がった。「帰る!」

「帰る!?」


 また!? 


「いや……ちょっと待て、帆波!」


 さっきと全く同じ流れだな――とループでもしている気分になりつつも、手を伸ば

したのだが、帆波はひらりと身を翻してそれを避け、


「今度こそ、本当に帰るの! もう――そこには座らないんだから!」


 真っ赤な顔で、なぜか、あたふたとして、帆波が指差してきたのは俺の股間で。

 は……? 座るって、なんで俺の股間を指差して……と一瞬考えてから、ハッと思い出す。座るって……さっきのか! そういえば、さっきも同じような流れで引き止めようとして、そのまま帆波は俺の脚の間に座ることになって……。


「いや、別に……また座らそうとはしてねぇよ!?」

「とにかく……もう帰る!」


 ふいっと顔を背け、帆波は――俺の前を通り過ぎるのでは無く――ぐるりとローテーブルを回るようにして、扉へと向かって行く。


「おい……帆波!?」


 待て……待て待て……!? なんなんだ、これ? どうなってんの? 誤解が解けた感じが全然無ぇんだけど!?

 ちゃんと事情は全部、話したはず……なのに、余計に怒らせた感じがするんだが!? なんで? なんでだ!? 言い方が悪かったのか? 結局、佐田さんとの仲を疑われてる? 『ただの相談』が嘘っぽかった!? それとも、まさか……デート先の候補がそこまで気に食わなかったのか? 全部厭だ、て言われたし――って、だからって、さすがにここまで怒らねぇよな!?

 とにかく、このままじゃまずい。

 慌てて俺も立ち上がり、


「どうしたんだ、帆波!? ――なんで、そんな怒ってんだよ!?」


 夢中でそう訊ねた瞬間、帆波はぴたりと扉の前で足を止めた。

 厭な……居心地の悪い沈黙があった。

 息苦しいような重々しい空気が漂い、帆波がすうっと息を吸うのが聞こえて、


「そんなことも分からないなら……また、佐田さんに相談でもすれば!?」


 ばっと振り返るなり、帆波は捨て台詞でも吐くようにぴしゃりとそう言い放ち、勢いよく部屋を飛び出して行った。


*ちょっと後味の悪い終わりになってしまいましたが、これにて三章が完結ということで次話から四章となります。

 雲行きが怪しくなってきましたが、ハッピーエンド確約ですので。痴話喧嘩を見守るような気持ちで暖かく、引き続きお読みいただければ嬉しく思います。

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