第18話 呪い【下】

 じ……じんじゃ……? じんじゃ、て言った?


「じ……JINJYAって、カフェでもあんの?」

「は? なにそれ?」


 思い出し笑いだろうか――なぜか、一人でフフフと怪しく笑っていた帆波は、我に返ったようにハッとして、


「なんで、そんな奇妙な発音なの? 神社は神社よ?」

「じんじゃは神社なのか……!?」


 マジで? マジか……!? マジで神社なの? なんで? なんで、神社に行きたいんだ? そんな信心深い奴だっけ? 巫女姿は似合いそうだけど――って、全然関係無ぇ!


「何、変な顔しての?」

「変な顔してる!?」


 げ――と思って、慌てて顔を引き締める……が、時すでに遅しだったようで。帆波はすっかり訝しむように顔をしかめていた。


「そういえば、なんで急に、そんなこと訊いてきたの? 行きたいとこ、なんて……」

「え!?」と上げた声は不自然に裏返る。「な……なんでも無ぇよ!? ただ、なんとなく聞いてみたかっただけで……」

「ふぅん……?」


 いやいやいや……すっげぇ怪しまれてるわ。


「じゃあ、俺……着替えてくるわ。それで、水……だったよな」


 はは、と我ながらぎこちなく笑ってごまかし、さっと帆波に背を向ける。「あ、幸祈――」と帆波が何やら言いたげな声を上げるのが聞こえたが、無視してそそくさと部屋を出た。

 後ろ手に扉を閉め、緊張に強張った顔をようやく緩めてため息を吐く。


 焦った――!


 バレるかと思った。

 、帆波が行きたいところを探って、初デートの参考にしよう、と思ったんだが……あからさますぎたか。やっぱ、慣れねぇな、こういうの。カレシ業とでも言えばいいのか……まるで諜報活動だ。向いてねぇわ。遊佐と遊ぶのだって、適当にその辺をぶらぶら、て感じだもんな。集合場所だけ決めて、あとはその場のノリ。前もってリサーチして、綿密なプランを立てて外出――なんて修学旅行以来なもんだよ。

 とりあえず、帆波が生モノを好きになった……てことだけは分かったな。とはいえ、初デートで回転寿司ってのもどうなんだ? もはや、それが一般的にアリなのかどうかも、俺には分かん無ぇ。


 ただ、まあ……神社は無ぇよな!?


 二人で神社行って何すんの? お参りして帰んの? 初詣ならまだしも。神様もびっくりしねぇ? なんかあった!? みたいな……。

 まあ、でも……帆波がお祈りしているところを見てみたいという気持ちもある。両手を合わせて、静かに目を瞑る姿なんて、想像しただけでいじらしくて、たまらなく唆られるものが――って、罰当たり甚だしいこと考えるな、俺!? ダメだ……。もう煩悩しか無いわ。鳥居を清らかな気持ちでくぐれる自信が無くなってきた。いきなり雷でも落ちてきて、追い返されそうだよ。


 つまり……振り出しだな。


 佐田さんからのリストをもう一度見直して、何か考えよう。

 よし――と歩き出しつつ、ポケットからスマホを取り出そうとして、


「ん……?」


 ハッとして、足を止める。

 スマホが無い――。

 さっきまで持ってたはずなのに。ブレザーから出して、帆波からのメッセージを見て……そのあと、どうしたっけ? 帆波の様子がおかしくて……確か、いったん、テーブルに置いて――そのまま、置いてきた!?


 いや、慌て過ぎか……。


 そういえば、着替えも持って来てねぇし……と気づいて、苦笑が漏れる。

 着替え忘れたわ――なんて戻ったら、「はあ? 何やってんの?」て帆波にますます不審がられそうだが。背に腹は変えられないというか。戻るしかねぇよな。

 さあ、なんと言われるのやら……ともはや怖いもの見たさで、踵を返して扉を開け、


「着替え、忘れたわ」


 あっけらかんと言い放った――のだが。

 帆波から罵声が飛んでくるわけでも無く。それどころか、帆波は振り返りもせず、じっと黙り込んで見つめていた。その手に握り締めた、スマホを……。


 え、なんで……? と息を呑む。


 なんで、俺のスマホ見てんの? いや、まあ……それは別にいいけど。なんだ、その顔? なんで、そんな……青ざめた顔で見てんの? 変なロック画面にしてたっけ?

 明らかに不穏な空気が漂っていて。声をかけるのも躊躇うほどだった。

 ただ……このまま、黙って見つめているわけにもいかない。嫌な予感というやつか……ぞっと背筋に悪寒を感じつつ、「帆波?」とそうっと歩み寄る。


「それ、俺のスマホ……」


 おずおずと声をかけると、ようやく俺に気づいたかのように、帆波はハッとして振り返り、


「ご、ごめん!」と血相変えて、俺にスマホを差し出してきた。「見るつもりじゃ……なかったんだけど、急に震えてびっくりして、つい、見ちゃって……その、メッセージ、画面に出てて……読んじゃって……」

「なに……? 大丈夫か?」


 震えた声で、つっかえつっかえで……うまく聞き取れなかった。とりあえず、スマホを勝手に見たことを謝ってる――んだよな?

 珍しい……というか、ない。帆波のこんな取り乱し方、初めて見る。たとえ自分に非があろうと、偉そうに「だからなに!?」と踏ん反り返るような奴なのに。素直に謝るし……しかも、まるで怯えたように視線を泳がせ、目を合わせようともしない。

 変だ。

 怪訝に思いつつ、「スマホ見たくらい、いいよ」と慰めるように言って帆波の手からスマホを受け取る。


「別に、見られてまずいもんは無いし……」


 遊佐からエロ画像でも送られてきたんでもなければ……なんて胸の中で苦笑しながら、スマホをちらりと見て――ぎょっと目を見開く。


「え……」と思わず惚けた声が漏れていた。


 ロック画面には一通のメッセージが表示されていた。遊佐から……ではなく、佐田さんからで。


『念の為に、近くのラブホも調べておくよ。コスプレ好き?(笑)』


 見られてまずいもんしか無ぇ――と、思わず叫びそうになった。

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