第14話 失言【下】
「ちが……違うから!? 今のは、その……言葉の綾というか、売り言葉に買い言葉ってやつで……本気にしないでよね!?」
顔を真っ赤にして、帆波はあたふたと慌て出した。
今更、遅いっての――と、つい、にんまりと笑みがこぼれる。
もしかして、前なら……まだ、帆波の本心を知る前なら、真に受けてたのかもしれない。ああ、そうかよ、て不貞腐れて吐き捨てたかもしれない。
でも、今はそれが全部、ただの照れ隠しだ、て分かるから……。
「そうやって照れるところも可愛いわ」
「は……はあ!? な……何言ってんの!?」
「ムキになる顔も可愛い」
「ちょ……や……ば、ばかじゃないの!?」
「暴言でごまかそうとするのも可愛い」
「〜〜〜……っ!」
あわあわとして、声も出ない様子で狼狽えまくる帆波。湯気でも出そうなほどに顔を上気させ、今にも倒れるんじゃなかろうか、と不安にさえなった。
ちょっと……やりすぎだろうか?
いや、でも、もう付き合ってるんだし、何も隠すことも遠慮することも無いはず。『もっと言って』と言ったのは帆波だし。これくらいしてもいいよな?
「は……な……の……ほん……ば……」
「え……なんて? 言葉になってないのも可愛いんだけど」
「あん……もお――!」
悶えるような声を上げるや、帆波はばっと両耳を押さえ、そっぽを向いた。
「ぜんっぜん、聞こえ無い!」
「なんだよ、それ? ガキか」
「誰が、ガキよ!?」と帆波は勢いよく振り返る。
「聞こえてんじゃねぇか」
「聞こえないってば!」
いや、会話できてるだろ……と思いつつ、「そういうアホなところも可愛いけど」とほくそ笑んで付け加えれば、
「な……な……何を……」耳を塞ぎながら、はわわ、と帆波は真っ赤な顔を今にも泣きそうに歪め、「もう……帰る!」
「帰る!?」
ばっと立ち上がり、帆波は本当に歩き出した。
まさか……調子に乗りすぎた!? 『可愛い』も言い過ぎることあんの!?
「いや、マジで帰んの――」
咄嗟に、前を横切ろうする帆波の手首をガシッと掴み、引き止めようとして……つい、その手に力が入りすぎた――ようだった。
「ひゃん……!?」
ぐらりと帆波はバランスを崩して、よたついて、あ――と思ったときには尻餅ついていた。胡座をかいた俺の脚の間にすっぽりと収まるようにして……。
「は……」
一瞬、何が起こったのか、分からなかった。
ただ、ふわりと甘い香りが鼻元をくすぐるように漂ってきて――、やんわりと柔らかな重みとぬくもりを下半身に感じて――、
「あ……や……座っちゃっ……」
そんな弱々しい声で呟き、かあっと赤く染まる帆波のうなじが目の前にあって、ぞくりと背筋が震えた。
「ち……ちがう……から! その……わたし……あんたのこと、イスだなんて思ってないから!?」
すっかり我を無くした様子で、帆波はわあわあと俺の胡座の上でそんなことを叫んで騒ぎ出す。
何を言ってんだか――と思わず、苦笑が漏れた。
「すぐ立つから! ただ、ちょっと……今、力、入らなくて……」
「いいよ」
ああ、ダメだ、と観念するように身体から力が抜ける。
どれだけ抗おうとしても、腹の底で熱く疼き出すものはどうしようも無くて。帆波に触れたい、と今にも暴れ出しそうになる。卑しくてみっともなくて、嫌悪感すら覚えるけど……結局、それも俺の本心に違いないんだ、と認めざるを得なかった。
「いい、て……」
「厭なら言えよ」
「え――」
ほっそりとしたくびれに手を沿わせるようにして、帆波の身体の前へと腕を回し、ぎゅっと後ろから抱き締め、
「少し、ここでじっとしてろ」
耳元に囁きかけるようにそう言った。
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