第10話 恋と事故【下】
「あ、いや…… 今から会うことは会うんだけど……」
なんだ、これ? なぜ、偶然、電車で同じ車両に乗り合わせ……そのまま、帆波とのことを話す流れに? いいの……か? 遊佐はまだしも――こういうのって、そんなベラベラ他人に話していいもんなの? しかも、相手はあの佐田さんだし……。
佐田さんにとっては、もはや貰い事故のような――佐田さんを巡る一連の帆波とのいざこざを思い出し、やはり、妙な罪悪感を覚えつつも……無視するわけにもいかず、とりあえず、「デートとかじゃない……かな」と必死に愛想笑いを取り繕って答える。
「会うけど、デートじゃ無い……んだ?」
「ただ、ウチで会うだけ……だから」
へえ、と何やら意味深に相槌打って、佐田さんはじっと観察でもするように俺を見つめてくる。
「さすが、幼馴染……とでもいえばいいのかな。お家デートなんて、最後にするものだと思ってたけど……藤代くんと坂北さんにとっては、もはやそんなことはデートにもならないのね。初デートはラブホとか言われても驚かないかも」
「ラブ……!?」
ぎょっとして、思わず、車両中に響き渡るような大声を上げていた。慌てて、辺りを見回し――他に見知った顔の奴がいないことを確認して――、「ちょっと、佐田さん!?」と声を潜める。
「電車の中でそんなこと……!? しかも、俺ら高校生だし、デートでラブホとか無いから!? まして、初デートで……」
「んー、でも藤代くんと坂北さんなら、もはや、それくらいが自然なのかな、なんて」
「自然って……」
思わず、言葉を失った。
まさか、佐田さんの口から『ラブホ』なんて言葉が出てくるなんて……。意外だ――て言うほど、まあ、大して話したことも無かったんだが。それでも、イメージと違いすぎて反応に困る。もっとお淑やかで、控えめな感じの人なのかと思ってた。こんな大胆なことを淡々と口にするタイプだったとは……。
てか、初デートでラブホに行くのが自然――て、そんなカップルいんの!? 分からねぇけど、とりあえず、俺と帆波は違う……はず。今までずっと一緒にいて、そんな雰囲気になったことはただの一度も無かったし。かろうじて、昨日、キスしそうになったくらいで……。恋人らしいことなんて、そんな空気すらずっと無かったんだ。それで、いきなり、『初デートはラブホ行こうぜ』とか言ったら、ドン引き確定だろ。その場でフラれてもおかしく無ぇわ。
実際――昨日、キスしかけたとき、土壇場で帆波は躊躇ってたし。『やっぱり待って』とか言われて……それなのに、つい、勢いで俺はそのままキスしようとして、帰り際は完璧、警戒されてた――気がする。部屋に誘っただけで、やたら動揺してたし、『落ち着けない』とかはっきり言われたし。
やっぱ、早すぎた……よな。俺らには――てか、帆波には、まだそういうのは早かったんだろう。
俺は帆波に男として意識してもらいたい、てずっと思ってきたけど、怯えさせたいわけじゃない。
だから――。
「無いから!」と気を取り直し、俺は佐田さんにびしっと言い切った。「俺と帆波はまだ、全然、そういう感じじゃないし……そういうのは、ちゃんと順を追ってゆっくり進めていきたい、と思ってるし……初デートは無難に多分、映画とか、カフェとか、その辺で……まだ、さっぱり分かんねぇけど……」
「さっぱり分からないんだ?」
「え……あ、いや……!?」
やべ。要らんことまで喋りすぎた……!?
「もしかして……だから?」
「だから、て何が!?」
「今朝から暗いっていうか……思いつめた顔してるなーて思ってたんだ。付き合いたての『彼氏くん』にしては浮かれてる感じが全然無いな、て不思議だったの。何か悩んでるのかな〜て気になってたんだけど……」
そこまで見られてたのか!?
距離を置いていることに気づかれてたのも驚いたけど……なんつー洞察力というか、観察眼というか。
図星です――と言わんばかりに口を噤む俺に、
「なるほど」と納得したように佐田さんは落ち着いた笑みを浮かべ、「そういうことなら、デートにオススメの可愛いカフェとか教えてあげようか?」
え――と胸がドキリと高鳴った。
可愛いカフェ……なんて『モスクワ』並みに俺には縁遠い単語で、全くもってどんなカフェなのか想像がつかないが。
思いつめた顔をしてたつもりはなかったけど、端から見ててもあからさまなほどに、朝からずっと悩んでいたという自覚はある。
ずっと、脈無しだと思ってたから。アプローチもせず、帆波の傍に居座ることだけに必死になって、その先を妄想する余裕も無かった。帆波とどこでどんなデートを――なんて頭の中で思い描いたことも無かったんだ。無論、帆波に直接、デートで行きたい場所とか訊いたこともなければ、探りを入れたことも無い。
だから、全くもって分からない。アイディア一つ浮かばない。
正直、佐田さんの申し出にホッとしていた。
自然と口許が緩み、
「それは……助かるわ」
そんな気の抜けた声が溢れていた。
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