第2話 坂北さんのカレシ【下】
「いいか、藤代。――落ち着いて、聞け」
登校し、席に着くなり、神妙な面持ちで向かって来たのは、同中で同じクラスの
さらりとした黒髪に、きりっとした切れ長の目。怜悧そうな顔立ちで、口笛代わりに円周率を延々と口ずさんでいそうな雰囲気を醸し出している……のだが。中一からの付き合いの俺はよく知っている。そんなインテリっぽい見た目に反して、こいつの頭の中は真っピンクに染まり、四六時中考えていることは如何わしいことばかりだということを……。
また、どうせロクでもない用件だろう、とすでに呆れつつ、「なんだよ、遊佐?」と溜息交じりに訊ねる。
すると、
「帆波たんがな――」
「『帆波たん』!?」
いや、ちょっと待て、その出だし!? ロクでもなさすぎるわ!
「何、勝手にそんな呼び方してんだ!?」
思わず、くわっと遊佐をねめつけ、大声出していた。
刹那、ほとんど席も埋まって賑わう朝の教室で、ばっと視線が集まるのを感じて、あ……と俺は口を噤み、ごまかすように咳払い。
「お前……そもそも、帆波とそんな接点無かっただろ。勝手に変なあだ名で呼んでんなよ」
気を取り直し、ぼそっと声を潜めて続けると、遊佐はなぜか「うっ……」と嗚咽のようなものを漏らして口元を押さえた。
「彼氏ヅラ乙……!」
「は!? なんだよ、彼氏ヅラって……」
俺、彼氏だよ――という言葉が、思わず、口から飛び出しそうになって、ハッとする。たちまち、ぐわっと鳩尾が押し上げられるような感覚に襲われ、身体が焼けるように熱くなる。
彼氏って……そっか。帆波の彼氏なのか、俺――!?
今更ながらに……しかも、こんな場面で、その実感が込み上げて来て、一気に顔が赤らむのが分かった。
咄嗟に遊佐から顔を隠すようにそっぽを向き、「とにかく」と吐き捨てるように言う。
「『帆波たん』はやめろよ」
「分かった、分かった」と妙にすんなりと――気味悪いほどに殊勝に――了解して、遊佐は俺の肩をぽんぽんと叩いてきた。「元非公式暫定彼氏の遺言だと思って、その願いは聞き届けてやろう」
「元……非公式暫定彼氏……?」
なんだ、それ? 眉を顰め、再び、遊佐を見上げると、
「同中だった有村を覚えているか?」
ぱっと見は切れ者のようなその顔を凛々しくし、遊佐は重々しい口調でそう切り出した。
「アリムラって……お前と同じサッカー部だった奴? あんま話したことはなかったけど……」
「実は、有村は坂北さんと同じ高校なんだ」
帆波と……? って、まあ、帆波は地元の高校に進んだし、同中の奴はウチの高校よりも多いだろう。有村が同じ高校だと聞いたところで、「へえ……」という気の無い相槌しか出てこない。正直、『だから、何?』という心境だが……。
訝しげに見つめていると、遊佐は何やら躊躇うような間を置いて、
「その有村から、さっき連絡が来たんだが……どうやら、坂北さんに彼氏ができたらしい」
ん……? 帆波に……彼氏?
「あの天使のような童顔っぷりで、坂北さんは高校でもすっかり注目の的のようでな。入学当初から校内屈指のイケメン共に告られては、顔色一つ変えずに断っていたらしいんだが……とうとう、そんな坂北さんに彼氏ができた、と噂が流れ始め、『あの坂北さんが、いったい誰と!?』と今、騒ぎになっているみたいだ」
「遊佐、それ……」
「言うな、藤代!」と遊佐は苦悶に満ちた顔で言って、俺の両肩を掴んできた。「大丈夫だ! 安心しろ。俺も童貞だ!」
「いや、全然聞いてねぇよ!?」
「ほんのちょっと、『幼馴染だからって余裕ブッこいてるからだぞ、愚か者』と思っているところもあるが、『そりゃないよ、帆波たん』という想いが大半だ! これからは一緒に坂北さんの彼氏を妬みつつ、それをバネに高校生活を楽しんでいこうぜ!」
ぐっと親指を立てて見せ、元気付けるようにニッと微笑みかけてくる遊佐。
いや、行こうぜ……て言われてもだな。
「ああ……」と曖昧に相槌打って、俺はついと視線を逸らす。「それ、俺……」
「は?」
――やっぱ、凄まじいな。
そのたった一言が、照れ臭くてたまらない。口にしようとするだけで、じわじわと顔が熱くなって、むず痒くなってくる。ちょっとでも気を抜けば、ニヤケてしまいそうで、
「帆波の彼氏、俺……」
必死に顔を引き締めつつ、俺はぽつりとそう言った。
*しばらく、更新が止まって申し訳ありません! 更新を再開します。今後とも宜しくお願いいたします。
以下、宣伝です。
更新停止中、短編のほうを書いておりました。イチャイチャがっつりのラブコメになっています。もし、良ければ、そちらものぞいていただければ光栄です。(ただ、R15となっていますので、ご了承ください)
『遠距離の年下カノジョと久々に会ったらどエロくなってるんだけど、NTRじゃないよね!?』
https://kakuyomu.jp/works/16816700426982103420
*そして、一部、過剰表現だったかな、と思ったところがあったため、改稿しました。物語の本筋に変更はありません。(2021年9月11日)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます