第20話 俺の部屋【下】

 帆波は「へ……」と頓狂な声を漏らしたかと思えば、急に血相変えてぴょんと飛び退いた。


「へや……!? 部屋って、なんで!?」 


 『なんで』!?


「いや、なんでって……その方が、お前も落ち着けるかと――」

「お……落ち着けるわけないでしょ、バカ!」

「んな……!?」


 な……なんだって……!? 俺の部屋だと……落ち着けない!?

 予想だにしていなかった反応に、愕然として言葉に詰まった。

 てっきり、『それもそうね』ってあっさり乗ってくるかと思ったのに……。

 そりゃ、年頃ってやつになってからは、俺の部屋で遊ぶこともなくなって、いつもリビングでダラダラしてたけど……もう付き合うんだし――兄貴の言いなりになるようで少し癪だが――もっとプライバシーのある空間のほうがいいんじゃないのか? 実際、ついさっき、兄貴に(未遂とはいえ)見られたばかりだ。リビングじゃ、今度はいつ誰に何を見られるか分かったもんじゃない。さっきの場面を、万が一にも、親に見られたりしていたら――なんて想像しただけでゾッとする。俺の部屋なら、一応、皆、入ってくる前にノックくらいはする。安心して、キスだってなんだってできるはず――と、そのときだった。不意にハッと気がつく。


 もしかして、、か?

 、落ち着けない……てことか? まさか、そういうことをされるのを警戒してる?


 うわあ、と胸の奥から焼けるような熱がこみ上げてきた。

 やっぱ……早すぎた!? 告ってすぐキスしようとするなんて……まずかった? そういえば、最後の最後、帆波は『待って』って言ってたような気が……。それなのに、俺、つい気が高ぶって、そのまま、無理やりキスしようと――。

 ああああ……なにやってんだ!? 思い返してみれば、最低じゃねぇか! 思いっきり、暴走してた!? その上、いきなり部屋に来い、て言われたら……そりゃ、帆波も警戒するよな!? 目当てとか思われても仕方ないくらいで……。


「そ……そうだな、悪い!」咄嗟に顔を引き締め、気を取り直すように言って、「じゃあ、また、いつも通り、リビングでってことで……」

「別に、嫌とは言ってないけど!」

「え……?」


 な……なんて……?

 ぎょっとして見つめる先で、帆波は真っ赤な顔で俯き、合わせた両手の指先を何やらモジモジと動かしていた。


「幸祈が、どうしても、て言うなら……部屋で待っててあげてもいい……けど」


 つい、きょとんとして目を瞬かせていた。

 『どうしても』? 『どうしても』って……なんだ? どうしても部屋に来てくれ、と言わんばかりに……俺は必死に見えているのか!? そんなにも、ヤりたそうに見えている!?


「いや――そこまでしなくていい!」

「なんでよ!?」


 くわっと目を見開き、睨みつけてきたかと思えば、帆波はばっと俺の手から鍵を奪い取った。


「まあ……せいぜい、部屋を綺麗に片付けておくことね! 明日、部屋、行くから!」


 まるで、悪者の捨て台詞のごとく。怒涛の勢いでそんなことを言い放ち、帆波はばっと身を翻し、あっという間に玄関から出て行った。



*これにて二章が終わりとなります。ここまでお読みいただき、ありがとうございます! 諸事情ありまして、途中から更新ペースが遅くなり、失速した感がありますが……その間も応援やレビューをいただき、大変励まされておりました。この場を借りて御礼申し上げます。

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