第19話 俺の部屋【上】
なんで……なんで、トンカツ!? 『お弁当』とか『ランチ』とか、もっと可愛らしい言い方いくらでもあったじゃん!? ガッツリすぎるよ。こってりすぎるよ。トンカツ、大好きだけど!
あ〜、もうせっかく両思いになれたのに。『可愛い』って言ってもらえたのに。
まるで逃げるように大慌てで玄関で靴を履いていたとき――ふと、動きが止まった。
さっきまでのことが、脳裏をばあっと駆け巡る。幸祈に言われた言葉がぽわんぽわんって胸の奥から浮かんでくる。苦しいくらいに強く私の背中を抱き締めたその腕の感触が――、しっかりと私の肩を掴むその手の感触が――、全身に感じた幸祈の硬い身体の感触が――、蘇ってくる。
うわあ、て今ごろになって実感が湧いてくるようだった。
胸がきゅうっと苦しくなって、身体中が火照り出す。
私、もう少しで……幸祈とキスするところだったんだ。広幸さんが来なかったら、あのまま――。
どんな感じだったんだろう? なんて想像して、惜しむようにそっと指先が唇に触れていた。
もしかして……次に会うときは、あの続き、するのかな。だって、もう両思いなんだし……広幸さんの言う通り、何してもいいわけで。何があってもおかしくないわけで。今までしなかったこと、いろいろ、していくんだよね。キスとか、他にも……。
「帆波!」
「ひにゃあ!?」
「『ひにゃあ』!?」
「な……なによ、突然!? いきなり、呼ばないでよ!」
心臓弾け飛ぶかと思った!
思わず、胸を押さえ、飛び跳ねるように振り返れば、
「あ、いや……悪い」とリビングから出てきた幸祈が、頭を掻いて向かってくるところだった。「言い忘れたこと、あって……」
「言い忘れたこと……?」
「あの、さ……」
なにやら躊躇うように歯切れ悪く言いながら、幸祈は玄関まで来て立ち止まり、土間で佇む私を見下ろした。どこか緊張が残る強張った顔で……。
なん……だろう? 言い忘れたことって……何? わざわざ、追いかけてきてまで何を――て、じっと見つめる先で、幸祈は意を決したように息を吸い込み、
「俺たち、これから……付き合うってことでいいんだよな?」
「は……はあ!?」
かあって一気に顔が焼けるように熱くなって、裏返った声が飛び出していた。
「な……何をど真面目な顔で訊いてくんのよ!?」
「いや……そういや、付き合うかどうか、て話まではしてなかったな、と思って……」
「別に、そんなこと、わざわざ確認するようなことじゃないでしょ! お互い、好きなんだから、当然、付き合うもんでしょ!」
って、私もどさくさ紛れに何言っちゃってんのー!? お互い、好きなんだから、当然、付き合う……!?
恥ずかしさに身が焼かれるようで。きゃあ〜、て心の中で絶叫する私をよそに、幸祈はホッとしたように「そう……か」と微笑み、
「じゃあ、これ……今度こそ、ちゃんと返すから」
落ち着いた声で言って、幸祈がポケットから取り出したのは――鍵だった。
キラリと鈍い光を放つそれを見た瞬間、きゅんと胸が締め付けられた。
一度は、失くしたと思った鍵。二度と、この手には戻ってこないと思った鍵。
『渡す前に言わなきゃいけないことがある』って幸祈が言うから、てっきり、『諦めろ』って言われるんだと思って……『もういらない』とまで言った。
その鍵が、今、目の前に差し出されている。
じんと熱いものがこみ上げてきて、溢れ出しそうなものを堪えるようにきゅっと唇を引き結んだ。
なんだろう。その鍵を失くしてから、ほんの十日間だったっていうのに。ああ、長かったな……なんて、感慨深いものが湧いてくる。
自然と口許が緩んで、少し照れ臭くなりながらも、「ありがと」ってそれを受け取ろうとしたとき、
「これからは、俺の部屋で待っててくれ」
鍵へと伸ばしかけた手がぴたりと止まる。
へ……? おれの……へや?
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