第14話 嘘【下】

 俺のこと、ずっと……好きだったから?

 え――?


「それは、つまり……」目をぱちくりさせながら、俺はおずおずと訊ねる。「幼馴染として、てこと……だよな?」

「違うわよ!」


 くわっと目を見開き、帆波は真っ赤な顔で、さらにぐいっと詰め寄って来て、


「私もあんたと同じ、てこと! ずっと、抱きしめて欲しい、て思ってたの! もっと近づいて欲しい、て思ってた。近づきたい、て思ってた。だから、幸祈に会いに来てたの。恥ずかしいのも我慢して、いつも、だらしない格好で通ってたの!」

 

 あんぐりと口を開け、俺は固まった。

 なんだって――!? てそんな言葉さえ、声にもならなかった。

 耳を疑った。というか、己の正気を疑った。

 それはあまりの『告白』で。妄想の中でしか、あり得ないような『真相』で。これは全部、俺が作り出した幻覚か何かなんじゃないか、と思った。

 思えば、最初から違和感があった。あの帆波が『おかえり』なんて優しく迎えてくれるわけもないし、こんなにも真っ直ぐに……まるで縋るような眼差しで俺を見つめてくるなんて――。


「あ……あり得ないだろ!」


 気づけば、そう叫んで、後退っていた。


「ええ!? あり得ない、て……なによ?」

「お前が俺を好きだった、とか……そんなわけねぇだろ!」

「なんでよ!?」

「お前……俺にだけ冷たかったじゃねぇか! 学校で俺の顔見ただけで、舌打ちする勢いで睨みつけてきただろ!」

「それは……あんたのこと好きだったからよ」

「俺が何か言うと、『はあ?』ってすぐムキになってつっかかってくるし!」

「それも、あんたのこと好きだから……」

「さっき、告ったときだって、『ムリ』ってはっきり言っただろ! 俺の顔も見れない、て目も合わせてくれなくて……」

「だから――」と帆波は苦しげな表情を浮かべ、泣き叫ぶように言い放った。「全部、幸祈のことが好きで……好き過ぎて、どうしたらいいか、分かんなかったの! もういい加減、気づいてよ、バカ!」


 気づいてよ、て……。

 ぶわあっと胸の奥から熱がこみ上げて来て、顔まで茹で上がるみたいに熱くなる。

  帆波も俺のことを好きだった? ずっと? 俺と同じ気持ちで、隣にいた? あんな冷たい態度取っておいて? 散々、俺を邪険にしといて? 本当は……抱きしめて欲しい、なんて思ってた!?


「き……気づけるか!」と心の底から叫んでいた。「ノーヒントじゃねぇか!」

「はあ!? 何よ、偉そうに! あんただって、ずっと興味無さそうにしてたじゃん! いつもそっけないし、会っても、全然嬉しそうじゃなかったし!」

「それは……」


 ぐっと言葉に詰まる。

 確かに……。

 俺も興味ないフリしてた。わざと気の無い態度を取っていた自覚はある。

 自信が無かったからだ――。

 いつからか、帆波は俺に冷たくなった。いつもツンとして、愛想のカケラもなくなって、毒ばかり吐いてくるようになって……どこかで諦めていた。帆波も俺を好きだなんて夢にも思ってなくて、高校に入って離れ離れになったら、もう疎遠になるんだろう、とまで覚悟していたくらいだった。だから、高校に入ってから、しょっちゅう、帆波がウチに上がり込んでくるようになって、ちょっと期待した。それだけで子供みたいに舞い上がって……そんな自分が恥ずかしくて、ある日、ごまかすように言ったんだ。『また、来てんのかよ』って。そしたら――。


「だから……嘘ついたの」急にしゅんとしおらしくなって、帆波は絞り出したような声で言った。「家に会いに来ても、幸祈は全然、私に興味無さそうで、ちっとも近づいてくる気配もなくて……『また、来てんのかよ』って鬱陶しそうに言うから、焦った。『幸祈に会いたいんだもん』って正直に答えるのが怖かった。『なんで?』って訊かれるのが怖かった。だから、私……焦って、『広幸さんに会いに来た』って咄嗟に嘘ついた」


 ああ、なるほど――て、思いながらも、すっきりしなかった。胸の奥でチクリと痛むものがあった。何か、棘のようなものがそこに突き刺さったまま、残っているような感じがして……。


「じゃあ、今日は……?」て無意識に、そんな問いが口から転がり出ていた。「今日は、なんで兄貴に会いに来たんだ? なんの『答え』をもらいに来たんだ?」


 訊いた途端、ガラリと帆波の表情が怯えるようなそれに変わって……そのときになって、何を訊いてるんだ!? と我に返った。

 なに、やってんだ? なんで、こんな尋問めいたことしてんの? 別にいいだろ。好きだ、て言われたんだ。その答えだけで満足してればいいだろ。


「いや、今のは、違くて……! 別に、お前を疑ってるとかじゃなくて……」


 あたふたとそう言う俺に、帆波はやっぱり、ムッとして睨みつけてくる――こともなく、「分かる」とぽつりと言って力無く微笑んだ。


「たった一つ、嘘つかれただけで……それだけで、全部、信じられなくなっちゃうよね。それまで、ちゃんと知ってるつもりだったことも自信がなくなる。好きな人のことさえ、急に分からなくなって怖くなる」


 落ち着いた口調で、どこか独り言のようにそう言ってから、帆波は視線を落とし、「だから」と声を落として続けた。


「だから、私も広幸さんに会いに来たの。大丈夫だよ、て言って欲しくて……」

「は……?」


 なんで……そこで兄貴? 大丈夫、て何が? 話が全く繋がらないんだが……。

 きょとんとしていると、帆波はすうっと息を吸い、「幸祈は――?」と緊張が滲む真剣な面持ちで俺を見上げてきた。


「幸祈は、なんで、佐田さんのこと、嘘つくの?」


 一瞬、意識が吹っ飛んだような、そんな感覚があった。無音の世界で何も感じなくなって……たぶん、数秒ほど経ってから、


「また、佐田さん!?」


 家中に響き渡るような大声で、俺は叫んでいた。

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