第8話 勘違い【下】
なるほど。――それで、二股って言ったのか。
ようやく、分かってきた。帆波がここまで取り乱した理由。『最低の告白』だと言われたワケ。どヘンタイという称号がどこから来たのか。
そりゃ、怒って当然だよな。他に好きな人がいる(と思い込んでいる)奴が告ってきて、幸せにする、とか言ってきたら……何を寝ぼけてんだ、と思うわ。
どこをどう間違って、そう伝わってしまったのかは分からないが、
「俺じゃない」と念を押すようにもう一度はっきりと言う。「他に好きな人がいる、ていうのは兄貴だ。ウチに来るな、て言おうと思ったわけでもない。その逆……で」
両膝に顔を埋め、小さく丸くなってうずくまるその身体がぴくりと動き、
「逆……?」とくぐもった声が聞こえた。
「――そう、逆。これからは、俺に会いに来てほしいんだ。兄貴じゃなくて……」
さっきも言ったつもりだったけど……なんて言うのは、責任転嫁、てやつだよな。伝わってなかったんなら、俺の言い方が悪かったんだろう。長年、蓄積してきた想いを一気にぶちまけたんだ。緊張と興奮でワケ分からなくなっていたところもあったし、何か言い間違えていたとしてもおかしくない。
告白一つまともにできないのか、と自分が嫌になるが。苦笑しつつ、今度こそ――と俺は気を落ち着かせるように深く息を吸い、
「俺も同じだ。帆波のこと、独り占めしたいと思ってる。でも、それは……俺のは、お前と違って、『幼馴染として』じゃなくて、『男として』――なんだ。傍にいると抱きしめたくなるし、それ以上のこともしたくなる。そういう……下心はずっとあって、お前が兄貴のことを好きだ、て分かってからも消せなかった。これからも消せそうにない」
さっき、痛いほどに思い知った。はっきりと自覚できた。今の俺じゃ、泣いている帆波を前にしても何もできない。縋り付いてくる帆波を抱きしめてやることもできない。それが『下心』であるうちは、どうしても罪悪感が邪魔をして、身動きが取れなくなる。頭を撫でるので精一杯。堂々と帆波を慰めることもできない。それじゃ……ダメなんだ。『幼馴染』じゃ、ダメなんだ。
「お前のこと、諦められそうにないし、諦めたくないとも思う。だから、これからは本気で惚れさせる。兄貴にお前のことを任せるようなことはしない。帆波は俺が幸せにする。兄貴のことも忘れさせてみせる」
これが腹を括った……てやつなのか。不思議と落ち着いていて、緊張も興奮も、今は無かった。
まっすぐに見つめる先で、帆波はまだ、ちんまりと蹲ったまま。でも、その肩は僅かだけど震えている気がして……。
もしかして、また泣いてる――いや、泣かせた……んだろうか。
ただの幼馴染だと思ってたんだもんな。ずっと下心があった、とか言われたらやっぱショックか。帆波はきっと、俺を幼馴染として信用してて、だからこそ、無防備に抱きついてきたりもしたんだろう。それを、裏切った……んだよな。
鋭い目で睨みつけてきて、「はあ!?」て食いかかってくることもなく、いけしゃあしゃあと生意気ばかり言う憎まれ口もすっかり鳴りを潜め、うんともすんとも言わない。俺のよく知る帆波の姿はそこにはなくて……ゾッとするような不安に襲われた。
そういえば……とそのときになって、気づいた。
好きな人がいる、て話が俺のことだと思ってたんだとしたら、兄貴のこと……兄貴に好きな人がいる、てことは、知らなかった……てことか? つまり、今、俺がバラした――?
ガン、と岩でも頭に落ちてきたような衝撃があった。
しまった――どころじゃない。つい……で、済まされる問題じゃねぇよな。自分の軽率さに呆れる。
最低だ。ほんと……『最低の告白』だ。
「ごめんな。勝手なことばっか、言って……」
自己嫌悪に胸が押しつぶされるようだった。がくりと項垂れ、そう零すと、
「ほんと……困る」
聞き逃しそうなほどか細い声が聞こえた。
え、と顔を上げれば、
「幸祈に……そんなこと言われるなんて……思ってなかった」
「ああ……そう、だよな」
「もう……ムリ」と続けた声は震え、必死に何かを堪えているかのような……苦しげなそれに変わっていた。「今、幸祈の顔……見れない」
グサリと胸を一突きされたような痛みが走る――。
「ああ……」と納得したような声が漏れ、視線を逸らしていた。「分かった」
そりゃ、そうだ。当然だ。
信用を裏切って身勝手に告白して、ついでに『失恋』までさせたわけだから。俺の顔も見たくない……としても、当然だよな。
「じゃあ、俺……行くわ。鍵だけ、ちゃんとかけとけよ」
後ろ髪を引かれる思い……ではあったが、これ以上、俺がここにいても、帆波に余計なプレッシャーを与えるだけだろう。答えを急かすような真似はしたくない。
今の俺が帆波にできるのは――悔しいけど――傍を離れることだけなんだろう。
「すぐに答えが欲しいわけじゃない。落ち着いたらでいいから、考えてみてくれ。――俺はいくらでも待つから」
そう言い残し、おもむろに立ち上がる。相変わらず、蹲ったままの帆波を横目に、なんとも言えないもやっとしたものを鳩尾の奥に覚えながらリビングを出た。
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