第7話 勘違い【上】
「なんでって……」
あ、しまった。つい、熱くなって……自爆した。
――そういえば、幸祈は『好きな人がいる』とは言ったけど、それが佐田さんだとは言ってないんだ。
「か……勘よ」
ふいっとそっぽを向いてぼそっと言う。苦しすぎ! と我ながら思いつつ……。
「勘……?」と、やはり怪しむ幸祈の声がした。
かあっと燃えるような焦りがこみ上げてくる。
まずい。バレる……? 十日前のこと……広幸さんとの会話を盗み聞きしてた、てこと、気づかれる? 厭だ。知られたくない。そんなの、幸祈に知られたくない。これ以上、惨めな思いをするのは耐えられない。
「あ……あんたに好きな人がいるっていったら、佐田さんくらいしかいないでしょ」と必死に平静を装って、吐き捨てるように言う。「だって、ほら……同中だし、今、同じクラスだし。頭良いし、美人だし、落ち着いてるし、スタイルいいし、素直そう……だし、幸祈とよく気が合いそうだし……」
ダメだ――。
いくら虚勢を張ろうとしても、声が震える。視界が歪んでいく。胸が苦しくなって、息ができなくなる。これ以上は言いたくない、て身体が拒んでいるみたい。
なに……してるんだ。結局、惨めなだけじゃん。
「お前ってさ……」
居心地の悪い間があってから、幸祈がぽつりと切り出した。
「俺の話、ちゃんと聞かないよな」
「――はあ!?」
いきなり、なによ、それ!? 改まって、今、言うようなこと!? こっちが、どんな思いで、『二股宣言』を聞いていたと思ってんのよ!?
カチンときて思いっきり睨みつければ、幸祈と目が合った。呆れたような笑みを浮かべながらも、たっぷりと慈愛を込めた眼差しで私を見つめる幸祈と――。
胸がきゅうっと締め付けられて、言葉が出なくなる。文句さえ、ふわっとどこかへ行ってしまう。
何も言われてもいないのに、丸め込まれてしまうような。見つめられるだけで、苛立ちも不満も、全部、うやむやにされてしまう。
ほんと、ずるい。不利だ。
「ちゃんと、はっきり言ったつもりだったんだけど……」言って、幸祈はぎこちなく頭を掻いた。「俺が好きなのは――俺にだけ態度悪くて、わがままで、強がりで、素直……とは正反対で、放っとけない奴だよ」
「は……?」
惚けた声が漏れていた。
しばらくぽかんとして、幸祈を見上げていた。
幸祈にだけ態度悪くて、わがままで、強がりで、素直とは正反対……? 嘘……でしょ。そんなの、信じられない。
「佐田さんって、そんな子だったの!?」
「佐田さんはそんな子じゃねぇよ!?」くわっと言って、幸祈は今度は苛立たしげに私を睨みつけてきた。「ってか、佐田さんがどんな子かも、正直、俺はよく知らねぇよ! なんで、佐田さんが出てくるんだ!? 佐田さんから離れろ!」
「離れろ、て……でも……」
「何をどう勘違いしたのか、よく分からねぇけど――お前だよ。そんな子は、お前以外にいないだろ」と幸祈はため息交じりに言って、やんわりと微笑む。「俺が好きなのは、帆波だけだ。帆波以外に興味を持ったこともねぇよ」
ドクン、て心臓が飛び跳ねる。たちまち、熱いものがぶわって全身を駆け巡る。
なによ、それ。好きなのは私だけ――なんて。なんで、急にそんなこと言うの? やめてよ、今更。本気にしちゃうよ。浮かれちゃうよ。たとえ、嘘だとしても……喜んじゃうよ。
「ひどいよ、幸祈!」て、涙声になって叫んでいた。「手口が立派な不倫男だよ!」
「手口……!?」
「私が『三人は厭だ』って言ったから!? だから、急にそんなこと言い出したの!?」
「ま……全く違うぞ!?」
「今更、私だけ好きだ、なんて言われても信じられるわけないじゃん! もう遅いよ! 他に好きな人がいる、て聞いちゃったもん!」
「な……!? 誰から聞いた!?」
「幸祈でしょ! さっき、自分でそう言ったじゃん! 好きな人がいるから、もうウチには来るな、て言いに来たんでしょ!? 嘘吐くなら、せめて最初から騙してよ、バカ! 中途半端が一番、残酷だよ!」
すると、幸祈は目をまん丸にして、固まってしまった。
一気に言い切って、身体が空っぽになったみたいだった。――いや、実際、空っぽだ。朝から何も食べてないし……ずっと胸の奥で大事に閉まっていたものも、全部、吐き捨てちゃった。
こんなつもりじゃ、なかったのに。
騙してよ――なんて、言いたくなかった。せめて、ちゃんと告白したかったな。
もう足に力も入らなくて。ふらりと目眩すら覚えて。崩れ落ちるように、その場にしゃがみこんでいた。
ああ……この感覚、覚えがある。
まるで、自分が人形でもなってしまったみたいな。身体の中を全部、抉り抜かれてしまったような。途方もない虚しさ。
あのときと一緒だ。夢の中で、佐田さんとリビングを出て行く幸祈の背中を見つめていたあのときと一緒――。
なによ。悪夢じゃなくて、正夢だったんじゃない。
両膝に顔を埋め、ふっと自嘲を漏らした、そのときだった。
「帆波」
相変わらず、腹立たしいほどに優しくそう呼ぶ声がして、すぐ傍で幸祈がしゃがみこむ気配がした。
「それ――好きな人がいる、て兄貴の話だ」
ん……? あにき……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます